memorandum

遊月奈喩多

季節は夏、宿泊先にて

「へぇ、やつが言ってたホラー企画ってこれなのね……!」

 私はパソコン画面の前で思わず独り言を言っていた。幼い頃から治らない……というよりも直す気も特にない癖である。ついでに口調も。

 もちろん、これから語る思い出においてこの部分は蛇足なので、この癖についてはもう言及はしない。

 私がこの【カクヨム異聞選集】という企画を知ったのは、「やつ」――だと言い方が悪いから便宜上……「親しくしている物書き仲間」にしておく――と話をしているときのことがきっかけだ。

 そのことについては、これ以上話すと文量を食いそうだし、さすがにプライベートな部分について語るのは恥ずかしく相手にも申し訳ないので、割愛させてほしい。


 閑話休題。


 私は、パソコンの前で考える。

「実体験か……。まぁ、あるかな?」

 あまり人と関わらないタイプの私がこの手の話を語るとすれば、それはもう家族から聞いた話だったり私自身が体験したことだったりしかないわけだけど、少し黙考して、私自身の体験でも語ってみようかと思い至った。


 これから語るのは、私が体験した、私の知る範囲の不思議な出来事だ。夏になるとテレビでよくやるホラー番組のような衝撃度もなければ、テレビで人気を博している語り部たちのような技巧もない。

 私の心にとげのように刺さって抜けることのない、ただの夏の思い出だ。


  * * * * * *


 たぶん初めてそういう体験をしたのは、もう10年くらい前のこと。

 夏の家族旅行で訪れた、山間部のホテル。決して裕福とは言えない我が家の財政状態でも手の届く値段のわりに高級感の漂う場所とあって、私たち家族はチェックインした瞬間から大満足だった。

 浴場だったりゲームセンターだったりを満喫してから、部屋で一休み。世界遺産にも登録されている観光名所をいくつか回った後だったので、感想の言い合いに花が咲いていた。

「そろそろご飯食べよう」

 そんな父の誘いに従って、私たちは一旦話を切り上げてホテル内のレストランに向かった。

 さすがに細かい内容までは覚えていないけれど、山菜料理に舌鼓を打った私たちは、一旦部屋に戻る。そして部屋に備え付けられていたテレビで当時人気を博していた芸能人が司会を務める、いわゆる「おバカブーム」の先駆けとなっただろうクイズ番組を見て、まったりとしていた。

 そんなときに父が言ったのだ。

「せっかくだし、ちょっと外歩こっか」

「え~? もういいじゃん、ゆっくりしようよ」

 すかさず反論したのは、もちろん私である。

 まったりとクイズ番組を見ていたのに、どうして外に出なくてはいけないのか。それに何より、わざわざ夜(確か20時を少し回った頃だろうか)に外に出る意味がわからなかったのだ。


 お化けとか、出るかも知れないのに。


 当時までの私は直接お化けとか幽霊とか、そういうオカルティックな存在を見たことはなかったけれど、そういう特番だったり本だったりに幼少期から触れていたので、非科学的な存在というものをかなり信じていたし、そして恐れてもいた。


 というのも、幼少期に見た映画がとても怖かったから。

 あまりの怖さに目と耳を塞ぎながら、時々「大丈夫かな?」とチラチラ覗き見るということをしでかしてしまうくらいだったのだ。

 それ以来、心霊系の話が好きになった一方で「実際に出たら怖い」というイメージをすっかり植えつけられてしまった私にとって、夜に知らない場所(そこは私の自宅から遠く離れた場所である)を出歩くなんて考えられないことだった。


 もちろん、いち中学生の私がちょっとの抵抗をしたところで全体の雰囲気には大した影響などあるわけもなく。また、私自身が家族の和を大事にする性格であったため。

 結局、ホテルの外を歩くことになったのだが。


 そこはホテルから程近い石橋の上。

 当然のことながら辺りは暗く、視界は父が持参していた懐中電灯に頼るしかない状況。人気ひとけもなく、ひどく静かな夜道を歩く私は必死に懐中電灯の照らす丸い明かりを見つめ、外側に広がる夜闇を見ないように努めていた。

 それでも、夜道への恐怖は尽きない。

 何とか気を逸らしていると、丸い光の中を何かが通り抜けた。


「あっ、父さん!」

「ん?」

 私は当時(もちろん今に至るまで)かなり目が悪く、数メートル離れてしまうと物がはっきりとは見えない状態だ。具体的に言うと、数メートル先にある看板の文字などは、色の違いや塊になった模様?の形から推測しているような感じである。

 そんな私なので、もちろん光の中を通り抜けた物がよく見えなかったのである。


 だから、何の他意もなく尋ねたのである。

「今、ボクたちの前を横切ったのって何だったか見えた?」

「え?」

 瞬間、父から返ってきたのは疑問の声だった。

 それから、「奈喩多、別にそんな冗談とか言わなくていいよ。何も通ってなかったよ」と笑いながら返されたのである。

「え~、父さん見逃したんじゃないの? ちゃんと通ってたし」

「いや通ってないよ。あ、もしかして何か見たのか?」

 しまいにはそんな風に冗談めかして言われてしまう始末で……。


「ここって、何か処刑された人の晒し場とか近くにあったみたいだし」

 そんな情報は、求めてない!

 思わずそう思ったのは、今でも覚えている。


 冗談ではない。そんなことを言われてしまったら、ただでさえ怖い夜道がもっと怖くなるではないか……!

「う~ん、じゃあ見間違いだったのかなぁ」

 納得できないことがありながらも、そう言うことでどうにか自分の中で芽生え始めていた恐怖と決着をつけようとしていたときだった。


「あれ?」

「ん?」

「今、明らかに後ろに誰かいたから、邪魔かと思って振り返ったら誰もいなかった……」


 母が、さも当たり前の口調でそんなことを言ってのけたのは……。


 その夜眠ることができず、部屋の掛け軸に怯えきってしまったのは言うまでもない……。

 そして、10年経った今でも、もちろん私が見たものの正体はわかっていない。


 * * * * * *


「さて、と」

 ということで、とうとう迎えた8月。

 参加予定の【カクヨム異聞選集】の投稿期間が始まったわけである。PCの前で伸びをしながら、私は投稿するために準備を始める。

「こういう話をしてると、変なの呼ぶって言うけど……」

 バラエティ番組の喧騒をBGMに、私はふと不吉な予感に震えた。

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