#04-13「彼女はそれを望んでいるのかな」

 ぱち、ぱちぱち、と葉巻マフィアが拍手をした。彼は極上の愉悦に口をゆがめている。

「けっこうけっこう。じつに、じつに愉快だ。まさか西宮カレンがわれわれマフィアのスポンサーだとは。それを知った怪盗団はかってに仲間割れして、ヒョーゴ警察も失望している。このうえないほど愉快な茶番だ」

 葉巻はぱちぱちと手を鳴らしながら踵を返す。彼にうながされる形で、カレンともこも後ろを振り向いた。

「それではわれわれは辞去させていただく。あとはきさまらで勝手にやっていてくれ」

「どこへ行く気だ」

「華式綿花糖開発の最終仕上げが残っているのでね。きさまらと遊んでいるひまはないんだよ」

「カレンは関係ないだろ」

「彼女はわれわれのVIPなのだよ。丁重におもてなしさせていただこう」

「カレンは僕たちの団長だ。返してくれ」

「彼女はそれを望んでいるのかな」

 僕は思わずカレンの後ろ姿を見つめた。彼女はずっと黙ったままだ。

「カレンっ」

 駆け寄ろうとする僕の足許に、ぱん、とするどく火花が散った。数人のマフィアが空気銃をかまえ、そのうちのひとつの銃口から煙が出ている。

「あまり騒がないでいただこう。コーベ・マフィアはスマートなやり方を好むのだよ」

「なにがスマートだ、ゲス野郎どもめっ」

「……ほう、なかなかイキがいいじゃないか、探偵ぇ」

 葉巻の口許がふたたびゆがめられた。

「西宮カレンの飼い犬らしく、しつけがなっていないなあ。いっちょまえにわんわん吠えたてて、そのくせなんの能力ももたない探偵風情が。飼い主の怪盗がわれわれマフィアの手に落ちた、その意味がわかっていないようだな」

「うるさい、黙れ!」

 僕は必死で叫んだ。まともに言い返すことなんてできなかった。僕はただ、マフィアの口から語られる鋭利な言葉が、これ以上放たれないことを願うことしかできない。

「三十重、花熊っ、きみたちもなにか言ってくれよ」

 僕は怪盗団の《魔糖少女ドルチアリア》たちに振り向いた。しかし彼女たちはうつむいたまま、なにかをあきらめたように押し黙っている。彼女たちにはもう、《魔糖菓子マナドルチェ》を取り出す士気もないようだった。自分たちの団長が裏切り者だとわかって、なんのために闘うのかなんてだれにもわからなかった。

「夙川警部っ」

 きりっと唇を引き結んで、夙川警部はなにも言わない。

「……カレン」

 そして、われらが団長の名前を呼んだはずの僕の声は、その名前の主にまで届くことはなく、どっぷりと帝都を覆ううす暗い宵闇に融け出してしまった。

「威勢がいいのはよぉくわかった。裏切られたのを受け入れられず吼えたてる、負け犬の哀れな姿よ。今宵のパーティの余興にはちょうどいい。でもなあァ、探偵」

 葉巻が言った。「きさまになにができる」

「——くそおおおおお」

 なりふり構わずつかみかかろうとする。マフィアたちがふたたび空気銃の銃口を僕たちに向ける。「やめるのだ梅田っ」「行っちゃだめでありますっ」三十重と花熊が僕を必死で押さえつけようとする。あきらめたくなかった。けれど、ほんとうに、僕にできることなんてなにひとつなかった。

「連れて行け」

 葉巻が言い放つ。十数人ものマフィアたちに空気銃を突きつけられながら羽交い締めにされて、僕たちは連行されていった。葉巻は「はーッはッはッ!」と不快な高笑いを響かせながら、ふたりの《ドルチアリア》を従えて去って行ってしまう。僕はカレンの後ろ姿を見つめた。

「カレンっ」

 彼女はふとこちらを振り向きかける。

 しかし、僕たちの視線が重なることは、二度となかった。

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