#04-10「ね、カレンおねえちゃん」

 僕たちのあいだの空気が張りつめた。僕はすでに放たれてしまった言葉の向かう先を見つめた。

「ほえ? カレン殿、華式綿花糖のありかを知っているでありますかっ? それなら心強いであります、いっしょに探しに行きましょう! ……あれ? でもでもどうして、カレン殿が知っているでありますか……?」

 花熊が不思議そうに首をかしげた。カレンはそれを見て、ふと口許を緩める。

「……そうなの。どうしてわたしが知ってるの? おミソ、まったくへんなことを言うの」

「ほんとうに知らないのかい」

「あたりまえなの。どうしてそう思うの」

「ならいいのだ」

 そう言いながら三十重はうつむいた。彼女の足許の影はその色を濃くし、長く伸びている。

「いやあ、カレン、へんなことを言ってすまない。忘れてくれたまえ。ただ——」

 三十重が言葉をつないだ。「——これまでのぼくたちの戦利品が消えた、そのゆくえが気になってね」

「……っ」

 カレンはぴくりと肩を震わせる。彼女は目の前にいる仲間の《ドルチアリア》には眼を合わせず、ぎゅっと両手に力をこめた。

「ネットオークションに、春日野みちるのサインが競売にかけられていたらしいのだ。高値で取引されたうえ、その利益がマフィアに流れていた可能性がある」

「……なにが言いたいの」

「闇献金なのだ」

 僕は唇を噛み締めた。大秋祭のときに三十重の言っていた「だいじな話」。そんなことありえない、と僕は思っていた。けれど、消えた戦利品のゆくえが気になっていた僕は、その三十重の「だいじな話」を聞いてからすこし調査をしてみた。三十重の話が事実ではないことの裏付けを探すつもりだったんだ。そしたら、オークションにかけられているサインを見つけてしまった。

 カレンがそれをおこなったかどうかはわからない。けれど、三十重の言うように戦利品のゆくえが見えない以上、完全に否定する術もなかった。

「ぼくだって、きみのことを信じたいのだ。だって、これまでずっといっしょの時間をすごしてきた仲間だから。きみはぼくたちの団長だから。カレン、だから教えてほしいのだ。きみは……戦利品をどこにやったのだ?」

「それは——」

 カレンの表情に暗い影が降りた。それは夕陽のせいだけではないように見えた。僕たちを蝕みはじめたオレンジ色の夕闇に、カレンの声がしずかに融けだした。

「——ごめん。まだ言えないの」

 僕は天を仰いだ。三十重も息を詰まらせる。

「……っ、この期におよんで、きみは、」

「ま……まあまあ、ふたりとも、むずかしい話はやめるでありますよっ」

 花熊が必死で制止する。三十重は唇を噛んでカレンをにらみつけている。カレンは目を細めて視線をそらした。僕は紫に染まりかけた空を見上げ、拳を握りしめた。

 そんな僕たちの張りつめた空気を震わせるように、凛と澄んだ声が聞こえた。

「けんかはやめて」

 僕たちがいっせいに振り返ると、彼女は綿飴をくわえながら僕たちを見据えていた。夕陽に照らされた綿飴がきらきらとオレンジ色に光っている。

「……もこにゃん」

 もこはゆっくりと歩みを進め、カレンの目の前に立った。「ん」と言いながら、彼女はカレンに綿飴を差し出す。

「もってて」

 カレンは戸惑いながらも綿飴を受け取る。もこはそのまま歩き出し、僕たちのあいだをすり抜けていく。僕たちはみな、もこのそのようすをじっと見つめている。

「しってるよ」

 もこが言う。「もこ、しってる」

「なにを知ってるんだい?」

 三十重が訊ねる。すると、彼女は驚くべき言葉を口にする。

「かしきめんかとう、があるばしょ。もこ、しってるよ」

「……っ!」

 僕たちは驚愕に身を固めた。もこが華式綿花糖のありかを知っている?

「ほんとうかっ? どこに、でもどうしてきみが、」

 僕がそう問いかけても、彼女は答えない。代わりに、まるで微笑むように目を細めて、こんなことを言うのだった。

「ね、カレンおねえちゃん」

 しかし、もこのその言葉に、カレンは返事をしなかった。深まりつつある秋の夕暮れの冷たい風が、もこの通ったあとを通り抜けていった。しずかに、しかし確実にぼくたちに忍び寄る夕闇の気配に、僕はぞっとした。どうしようもない不安に駆られてカレンを振り向く。でも、そのときにはもう、なにもかも手遅れだったんだ。

 そこにカレンの姿はなかった。

「……カレン?」

 僕のつぶやきは、彼女には届かない。

「カレン殿……?」

「……どういうことだい」

 三十重が言う。「カレンは、どこに行ったんだい。こんなだいじなときに、うちの怪盗団の団長は、いったいなにをやってるんだいっ!」

 僕は視線を戻した。もこの微笑みはいつのまにか消え、彼女はいつもの無表情に戻っていた。

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