#04-08『ピンポンパンポーン』
「ほんとうかいっ?」
彼女たちもゴンドラの窓に駆け寄り、下界に目を凝らした。その間も僕の目はコーベ・マフィアを捉えている。しかし、窓にへばりつくカレンはうめくように言った。
「……どこ? よく見えないの」
「梅田、きみの視力じゃないと捕捉できないようだ」
三十重も歯噛みする。「やつらはっ、やつらはなにをしているっ?」
僕は『観察眼』をいっそう凝らしてマフィアをにらみつけた。
「……綿飴を売ってる」
「なにっ!」
「うそっ?」
《ドルチアリア》たちは目を見開いて身構えた。
「華式綿花糖でありますかっ?」
花熊が訊ねた。マフィアが遊園地で綿飴を売っていると聞けば、華式綿花糖であると思うことは想像にかたくないだろう。しかし、僕はちいさく首を振る。
「ちがう。ふつうの綿飴だ」
「え……」
「……なんだと?」
彼女たちはにわかには信じられないというような声を出した。それもそうだろう。実際、彼の動向を凝視している僕自身も、自分の目を疑った。
マフィアが売っているのは、華式綿花糖ではなかった。どこにでも売っている、いままさにもこが食べているような、ふつうの綿飴だったのだ。ワゴンの目の前で、おおきな白い綿飴を、ひとりの子どもに手渡している。深い緑色のニットカーディガンにマフラーや帽子をかぶった、もことおなじくらいの年ごろの女の子だ。
あのワゴンは、さっき僕たちも綿飴を買った場所。おなじ綿飴をいまもこも食べている。あれは華式綿花糖ではない。
どうして。僕の頭には無数の疑問が湧き上がった。どうしてふつうの綿飴なんだ。あんなものを売ってなにになるんだ。ただの小遣い稼ぎか? そんなはずはない。まもなく華式綿花糖の開発が終わり、量産体制が整うというときに、やつらがそんなアルバイトみたいなことを悠長にやっているはずがない。でも、じゃあどうして……。
女の子がマフィアから綿飴を受け取ると、彼女はおじぎをした。そして、なにごともなかったように、ふたりは離れていってしまう。
「梅田。きみの『観察眼』だけが頼りなのだ。できるかぎり見失わないでくれたまえ」
「あ、ああ」
しかし、僕たちを乗せた観覧車のゴンドラは、もうすでに降下をはじめていた。みるみるうちに遊園地の景色が目の前に迫り、園内に植えられた木々の緑が視界を端から侵していく。そしてついに、マフィアの姿は木々の影に隠れて見えなくなってしまった。
「くそっ、もう見えない。降りたらすぐに急行するぞ」
「もこにゃん、走るよ。いい?」
「ん」
「ううう〜、はやく着きたまえ〜」
「本気の追いかけっこであります!」
ゴンドラがようやくいちばん下まで着くと、扉が開放されるやいなや僕たちは飛び出した。大急ぎでマフィアのいた綿飴のワゴンへ向かう。しかし、ハロウィンのにぎわいが災いして、多くの人ごみが僕たちの行く手をはばみ、思うように進めない。僕たちがワゴンに到着したときには、もうそこにマフィアの姿はなかった。
「くそ……逃がした……」
僕は思わず歯噛みする。やつらの目的がわからないまま、やっと見つけたひとりを見失ってしまった。
でも、コーベ・マフィアは確実にこの遊園地にいる。ようやくしっぽをつかみかけたんだ。僕たちはたしかに、真実に近づいているはずだった。
「探そう」
僕はそう告げる。カレン、三十重、花熊も、腹をくくったようにうなずいた。もこはまだ、ひたすら綿飴をもふもふほおばっていた。
そこへふたたび、僕たちをほの暗い闇へと突き落とす、あの音が鳴った。
『ピンポンパンポーン』
僕は息を飲む。
園内放送だ。
多すぎる、なんてレベルではなかった。得体の知れないどす黒い不安が足許に横たわって、僕たちの両脚を、両腕を、そして首をゆっくりとからめ取っていく。
『迷子のお呼び出しを申し上げます』
意識は自然と放送の音声に吸い寄せられる。もう僕たちのうちのだれも、放送の音声をさえぎる言葉を吐くものはいない。
『——モスグリーンのニットカーディガンを羽織り、ニットキャップ、マフラーをつけた、一〇歳くらいの女の子——』
「……なんなんだよ、これ」
僕はぼつりとつぶやいた。なんなんだ。どうなってんだよ。いったいこの遊園地になにが起こってるんだ。僕たちの足許に横たわる闇の正体は、なんだっていうんだ。
「梅田、どうしたの」
カレンが心配そうに訊ねる。三十重も花熊も不安そうに僕を見つめている。そんな彼女たちに、僕は言った。
「……いまの放送の迷子、マフィアから綿飴を買ってた子だ」
「……っ」
彼女たちの目が驚愕に見開かれた。
「じゃあ少女は誘拐されたのかいっ」
三十重の言葉に、しかし僕は首をかしげる。あのときたしかに、あのニットカーディガンの女の子は、綿飴を買ってマフィアから離れた。そう、なにも起こらなかったのだ。マフィアは少女になにもしていない。あのときに誘拐されたのではないのだ。マフィアは綿飴を売っただけ。少女は綿飴を買っただけ。ただそれだけだった。
じゃあ、どうやって——。
「なあ、梅田」
考え込む僕に、三十重が話しかけてくる。
「なんだよ、どうした」
「その……考えすぎだといいんだが、」
彼女は僕に、さも言いづらそうに、しかし意を決したように言った。
「これまでの迷子って……女の子ばかりじゃないかい?」
「……」
気づいたときには、もう遅かった。
最初に違和感を感じた時点で、今回の事件との関わりを疑うべきだったんだ。この遊園地には魔がひそんでいる。そしてその魔は、いままさにゆっくりと、僕たちの足許から這い上がり、僕たちの身体を蝕もうとしていた。
やつらの手口もわからない。僕たちが取れる方法もわからない。でも、これは認めなければならない。そして一刻もはやく、なんとかしなければならない。
「《
僕は言った。「やつら、遊園地じゅうの子どもの《ドルチアリア》を、人質に取ろうとしてるんだ」
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