#02-11「わたしにできること」
作戦はいたってシンプルだ。
コーベ・マフィアたちは本番前の控室でみちるにマカロンを食べさせ、魔法力を得させようとするのだという。そこでカレンがアイドル・春日野みちるに変装し、みちるのかわりにマカロンを喰わされる。直前でトイレに行き、待機していたほんもののみちると入れ替わり、みちる本人が舞台へ。《
問題はカレンだ。彼女は頰をぴくぴく引きつらせながら山盛りのマカロンを見つめた。あんな大量のマカロンをマフィアに喰わされると聞いて、いまにも泡を吹いて倒れそうな顔だ。
「わ……わたし、コーベ・マフィアに無理やりお口に入れられちゃう、ってこと……? やだぁ、梅田のエセ探偵鬼畜マン、上級淫魔大王!」人聞きの悪いこと言うな! ……まあ、そのとおりなんだけどそれにしても上級淫魔大王ってなんだよ。
当のみちるはステージで本番のリハーサル中だ。このリハが終われば、あとは本番を迎えるだけになる。
「とにかく、本番は一回きりだ。みちるさんのためにも、失敗はできない」
そんなこと言わなくても、彼女たちは重々わかっているだろう。自分たちの応援してきたアイドルの引退コンサートだ。なんとしてでも成功させて、有終の美を飾ってあげたいはずだ。
「……カレン?」
ふと僕は、いまだにマカロンを見つめて立ち尽くしているカレンに声をかけた。甘いものが苦手なのはわかるけど、そんな切羽詰まった表情をするほどなんだろうか。
「ちるちる、アイドルやめちゃうんだね」
カレンが言う。「サインもらえなくなっちゃうのかな」
カレンの妹、西宮アリスちゃんが欲しがってるという、春日野みちるのサイン。彼女がきょうのコンサートで引退すれば、アリスちゃんが彼女を応援することは、もうできない。
「まあ、それはそうだけど……きみがそんなに気に病む必要はないんじゃないか?」
僕がそう言うと、カレンはその表情にきざした影を深めてつぶやく。
「あの子のためにわたしにできること、なんにもないんだなって」
「え? どういう意味——」
そのとき、三十重と花熊が戻ってきて僕たちに声をかけた。
「カレン、梅田。春日野みちるのリハーサルが終わったのだ。まもなく開場となる。彼女は交代ポイントでスタンバイしてる」
「お祭りがはじまるであります! みちる殿のためにがんばりましょうっ!」
「ぼくたちは舞台裏で待機する。きみたちも準備したまえ、ぼーっとしてるひまはないのだ」
「……そうだね、おミソ、おハナ」
いつの間にか、カレンの顔から影が消え、いつもの自信に充ち満ちた怪盗・カレイドガールの表情になった。その落差の大きさのぶん、僕の心には大きなわだかまりが残った。いったいどうしたんだろう。カレンは妹に対して、どんな思いを抱えているんだ?
「梅田。なにぼーっとしてるの。はやく準備するの」
「……うん」
カレンに急かされて、僕は疑念を振り払った。とにかくいまはコンサートに集中するんだ。失敗することはできない、僕が自分でそう言ったんじゃないか。みちるさんのためにも、このコンサートに全力で当たらなければならない。
カレンがチョコレートをくわえ、オレンジ色の光に包まれたときから、僕たちのショータイムははじまったんだ。
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