#01-17「せーのっ」
夙川警部のくしゃみを合図のようにして、御影さんが操縦席から腕を伸ばした。僕たちの乗る飛空船へ向けられたその手には空気銃が握られている。
パン、パン、パンッ!と銃声が響き渡った。僕たちは甲板の上で身をかがめたが、こちらに被害はないようだ。
「威嚇射撃です」御影さんが言う。「西宮カレン怪盗団、すぐにコーべ空港へ引き返しなさい」
そう言われて「はいそうですか」と引き下がるような西宮カレン怪盗団ではない。カレンは僕の肩を揺らして叫ぶ。
「ミサイル撃ってよ、梅田!」
「民間機だ、できるわけないだろ!」
「じゃあ爆弾!」
「ねぇよ!」
なにかに気づいたように、花熊がぱあっと顔を輝かせた。彼女がこういう顔をするときはたいていろくなことが起こらないんだが、見ると彼女は自分の荷物をがさごそと漁りはじめている。そういえばなにが入ってんだあの荷物。
「なにしてんだ花熊っ」
「これはお祭りでありますか!」
「はあ?」
「ぴったりのものを持ってきたであります!」
謎にぱんぱんに膨らんだ荷物から彼女が取り出したるは、色とりどりの花火セットだった。
「スーパーデラックスエクスプロージョンデリシャス打ち上げ花火セット!」花熊は得意気な顔で花火セットをかかげる。「めっちゃ入ってるやつをいっぱい持ってきたであります!」
僕たちは呆気にとられた。
「花熊……どうしてそんなものを……」
「夙川警部たちといっしょにやりましょう!」
「いや、でも冬だし……」
「それもまたオツであります!」
パン、パン、パンッ!とふたたび銃声が耳をつんざく。僕はふとあることを思いついて、花熊の花火セットの袋を片っ端から開封した。
「梅田っ、花熊のおふざけに付き合ってるひまはないのだっ」
「そうだよ、けーぶたちをなんとかしなきゃなの」
焦る三十重とカレンに、ありったけの手持ち打ち上げ花火を渡す。僕はでかい筒みたいな打ち上げ花火を両腕に抱えた。これは手に持って遊んじゃいけないやつだ……だが、これは遊びでもなんでもない。西宮カレン怪盗団の命運を賭けた、夙川警部たちとの死闘である。
「構えっ」
僕の号令にならって、カレンと三十重は手許の花火を警部たちの乗る航空艇に向けた。僕が持つ打ち上げ花火の筒の方向もおなじだ。花火が向かう先にいる夙川警部は、僕たちの構えを見て顔を青ざめさせている。
「花熊、用意っ」
「よしきた!」
花熊がマッチに火をつけて、僕たちの花火に順番に点火した。
「撃てっ!」
しゅばっ、しゅばばっ、しゅばばばっ! 僕たちの花火は勢いよく飛び出し、コーベ上空の宵闇をかき分けて航空艇へと襲いかかった。
「ひいいいい」
警部が頭を抱えてうずくまる。「よくもやりましたわね、許しませんわッ」
僕は歯噛みした。打ち上げ花火では有効射程も充分ではないし、弾道も安定しない。御影さんへの対抗として威嚇に使うのならいいが、ただ向けて撃つだけでは決定打にはならない。
そこへ、夙川警部も空気銃を取り出して構える。
「い、いかくしゃげき、ですわ〜!」
震える手で引き金を引く。
パンッ! ドスッ。プシュウゥゥ〜……。
「当たってんじゃねえか!」
夙川警部の威嚇射撃はくじらの脇腹あたりに命中し、空気の漏れ出る音がすすり泣く声のように聞こえはじめた。甲板がわずかに揺らいだ。飛空船が下降(というか墜落)をはじめたのだ。
「あ、わ、わざとじゃありませんの」
「けーぶ、どうせだったら梅田の眉間に当ててよ!」僕死んじゃうだろ!
僕は打ち上げ花火の最後の一本を取り上げ、ふたたび航空艇に狙いを定めた。マッチの火をかざし、点火する。しゅぽっと飛び出た打ち上げ花火は、僕の思い描いたとおりの弾道を描き、航空艇の片方のエンジンに命中した。
「おお、梅田、さすがなの!」
「ナイスコントロールなのだ!」
エンジンは火を吹き、航空艇は傾いた。しかし、夙川警部たちはあわてるそぶりを見せない。
「ヒョーゴ警察の優秀な航空艇を見くびっていただいては困りますわ。サブエンジン始動、ですわッ!」
そう言って警部は、足許をがさごそと探りはじめる。くそう、予備のエンジンがあったのか。もう打ち上げ花火はなくなってしまった。こちらから対抗する手段はもうない。
「……あれ?」
警部が冷や汗を垂らしながら言った。
「始動レバーが折れていますわ〜ッ!」
「あ」
ウェディングドレスの事件のときに拝借した航空艇って、警部のだったのか。僕が尻で踏んづけて折っちゃったやつだ。ごめん警部。
「お、おたすけ〜〜」
夙川警部の叫び声とともに、小型航空艇は黒煙をあげながらしずかに退場していった。
「カレン、こっちも墜落するっ」
三十重が言う。「積載物を捨てて機体を軽くするのだ」
「でも、花火もあらかた使い切ったし、もう捨てられるものなんて……」
「梅田が飛び降りるであります!」
「うるせえよ!」
僕はぴんときて、それがあるところまで駆け寄った。倉庫から引っ張り出しながら言う。
「カレン、これしかない」
「え、でも……」
カレンがためらいを見せる。それも当然だ。これを船から捨ててしまったら、僕たち西宮カレン怪盗団が今日まで起こしてきた行動はすべて水の泡となってしまう。そんなの百も承知だ。けれど、この飛空船が墜落して僕たち全員が死んでしまっては、元も子もないのだ。
「はやく!」
カレンは唇を噛み締めた。そして、僕といっしょにそれらを倉庫から運び出しはじめる。残り惜しそうな表情をしながらも、三十重と花熊も手伝ってくれる。すべてを甲板に出し終えた僕たちは、コーベの夜空へ向かって、それをぶちまけた。
「せーのっ」
僕たちの掛け声とともに、チョコレートはコーベの街へばらまかれていく。月明かりと街灯りを受けて、宙に舞うチョコはきらきらと瞬いているように見えた。まるで甘いあまい夜空の星たちが、お菓子に形を変えて街へ降りてきているみたいだ。それはそれは、綺麗な光景だった。
二月十四日。聖バレンタインデー。
その日の帝都コーベには、たくさんの宝石入りチョコレートが、きらめく夜空から降り注いだ。
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