第7話

「魔法?」

「そうね、そういう顔になるよねぇ」

彼女は腰に手をあて、ひとつうなづいた。

「世界は魔力に満ちている。それを使えるのが魔法使い。男なら魔人、女なら魔女ね」

「魔力」

「そう、魔力。残り少ない、と言ったのは人が使えるような魔力はもうちょっとなのよね」

こんどはこまったような顔をする。ずるいくらいにかわいい。もしかして、これも魔法なんだろうか。これが魔法なんだろうか。

「こんなにばんばん説明するようなモノではないのだけれど、なんとなく、国枝君にはしゃべっちゃいたいんだよね。まだ興奮しているみたい、あたし」

僕は彼女の眼を見た。魔法があるかもしれないと思ったから。

「……立てる?」

彼女の右手が出される。このシチュエーションは!

「手伝ってもらえば何とかね」

「よかった」

僕は彼女の手を握る。冷たい。あんなに殴ったのに傷がなかった。そして冷たい。

立ち上がると、足から痛みが昇って来た。どこが痛いなんてわからないくらい、痛い。

「じゃあ、これ」

彼女にスクールバッグを手渡す。

「おお、そうだった。ありがとう」

「魔法があるんだ、この世界に」

「おっ、まだその話するか」

彼女がそのスクールバッグを顔の高さに持ってきた。真ん中に大きく向かい合わせの三日月が書かれている。

「雄山羊のツノを組み合わせた紋章。もー、かわいくない。ブロッケンなんて学校名がかわいくないのに手の施しようがないよ!」

三日月ではなかった。

「かわいさが必要なの?」

僕はスクバを置くと、制服を叩いてせめて土汚れだけでも落とす。

「あったりまえじゃん! そりゃ生徒減るよってなもんですよ、これは」

「界立ってなんなの?」

スクバひとつで学校をディスっていた彼女が奇妙な姿勢で固まると、僕を見た。

「よく覚えてるね、1回いっただけなのに」

「そりゃあ、もう」

女の子の言葉は1回で記憶しますよ。ナイス思春期力。

「魔法界立、世界立。魔女候補は世界中からやってくる。いまのところ、日本人は2人ね」

「カワイイは世界共通なんだ」

「あったりまえ!」

そう彼女は僕を力強く指さした。よくわからないジェスチャーなんだけど、ワールドワイドな学校に通っているからだろう。なんでもいい方に理解するのは円滑な会話の第一歩だ。僕もワールドワイドだな。

「でもねー、スクバが魔力を持ってるから、手放すわけにもいかなくってねー」

「なるほど」

彼女の顔が急に曇った。薄い目で僕をにらんでくる。ああ、ラインでいちばん嫌われる返信だよね「なるほど」は。でも、僕にしてみればそうとしか言葉がなかった。

「……まぁ、そういう理由と事情だったの。今日は助けてくれてありがとう。そして巻き込んでごめんなさい」

彼女が頭を下げると、それを追って髪が流れた。本当に、それがきれいだと目にするたびに感じる。薄く残った夕日があたりに広がる中で、その髪の照り返しがまた僕の目を奪う。それだけで彼女がやっぱり魔女なんだと納得できてしまう。

「あのフル男、じゃないや破壊魔も魔法関係なの?」

「そうね……」

むつかしい顔をする。

「正しいデータの会は?」

「ああ、それは魔法じゃないよ。君たち、私たちにも関係がある」

「僕に?」

「君一人じゃないよ。この世界全体だよ。魔法界もふくんだ世界全部」

なにかと話題がワールドワイドだ。

「今世界中で、同意なく集められているデータ。毎日、毎日、誰かが集めてる、いろんなデータ。勝手にね。今日みたいな小さなコンビニでも、動画データ、入店記録、購入履歴、ATM。いろんなデータが集められていく。でも、それってほんとに集めていいのかな?」

「よりよいサービスのためには必要なんじゃない?」

「みんなそう言って、納得したふりをする。そのデータが悪用されないって信じてる。でも、そんなことはないよね」

「ああー、そうだね」

ちょっとパブリックデータベースの基礎の基礎をかじった程度の僕でも想像はつく。集められたいろんなデータ。いろんな業者のデータ。それだけなら問題は小さい。だが、それが繋げられると、また、国が管理しているようながっちがちの個人情報と紐づけられると、もはや、それは暴力に近い。人が覚えてないような行動でも、データベースは絶対に忘れない。

「それと戦っているのが正しいデータの会」

「正しいと名乗るだけのことはあるなぁ」

なんだか賛同してしまいそうだ。しかし、彼女は歯を食いしばったような厳しい顔をして、僕を見返した。

「そこに魔女がいる。だから止めるしかないんだ」

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