僕はコンビニに入れない。

まつだ

第1話

学校帰りにコンビニに入った。レジと棚の前にしゃがんでいる店員が、アシストグラス越しのまなざしを向けたのが判る。

アシストグラスは顔半分を覆う眼鏡のような販売業務支援ツールだ。僕からみると透明な眼鏡だが、店員側からみると様々な情報が表示される。これは数年前の東京オリンピックのころから主に大手コンビニチェーン店で採用されはじめた。前提はお客様へのよりよいサービスのため、店員の安全のために導入された。安全性をうたうため、顔を半分覆うデザインはサバイバルゲームで使用するアイゴーグルを大きくしたものに近い。そこに光学的半透明モニタを使用者側面に使用している。コンビニチェーンのデータベース、人工知能、ほか様々なデータベースと連携し、店内カメラ、そしてアシストゴーグル前面の入力情報、つまり店員の視界情報をキーとしてそのモニタ側にデータが表示される。

つまり、僕は5年前の万引きがいまだにデータとして登録されており、顔情報からそのモニタに「万引き歴あり」と注意人物として表示される。そのため、それを店員が視線をこちらに向けたわけだ。

5年前の中2の夏に、特に理由もなく、なんとなくスナック菓子を万引きしようとして捕まった。その後はよくある面倒が続いたのだが、もっとも長く続いた面倒が、しばらくコンビニに入れなくなったことだ。僕の顔情報が登録されたため店の自動ドアが開かなくなった。おそらく同時に顔情報が入力されたであろう親と一緒なら入れるのだが、友達同士で入ろうとすると店員がやってきて、やんわりと外に出された。その万引きをしたチェーン店だけでなく、すべての大手チェーンで同じだった。危険人物データは共有されるのだろう。


それが解除されたのが高校入学したころだった。進学した先のコンビニの前を通った時偶然に自動扉があいたのだ。

その時の驚きは忘れられない。入らなかったが。また、店員が僕を見たが。

こうして、僕はコンビニに許されたと知った。今では時々利用している。店員の視線が痛いが。

僕はこの程度だったが、「強め」のクレームをつけた人、酔ってる人、飲酒運転の前科あり、万引きをした大人にはまず自動扉は開かない。行動予測で強盗を意図していると人工知能が見做した人にも扉は開かない。これは即座に通報される。

削除訴訟も何度か起こされたが、原告側に原因があり、また1私企業が運用している業務用データベースに司法が削除を命令する法的根拠もとぼしく、成功した判例はない。


ただ、こうしてコンビニを中心として治安と品格が浄化されていった側面は確かにあった。コンビニが利用できない生活はそうとう不便であるし、また、そのデータは他の小売業、サービス業にも反映されていくからだ。「儲からない客」とみなされた人たちは、どのように暮らしているのかは想像しにくい。街中で暮らしながら飢えていくのだろうか。


僕はお茶を求めて飲み物棚へと向かう。入れるからと言って長いしたい気持にもなれない。

彼女に会ったのは、そんな日だった。

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