ひとくち勇者
めそ
勇者
濡れた骨のように白い床は、すでに見る影もないほど無残に破壊しつくされていた。埃と脂に塗れた瓦礫の下で、少年は呻き声を上げる。
「一体……なにが……」
その言葉に返ってきたのは、笑い声だった。
「面白い奴がいたものだな。まさか生きているとは、よほど運が良かったのか?」
瓦礫の上で声の主は愉快そうに笑う。それにつられるように瓦礫の上で沢山の笑い声が湧いた。瓦礫の上にどれだけの人がいるのか、少年は想像できずに戸惑う。
いや、なんでもいい、誰でもいいから、瓦礫の中から出してくれ。少年は瓦礫の下から声を張り上げる。
「そう慌てるな。心配せずとも、助けてやる」
その言葉通り、少年に圧し掛かる瓦礫が大した前置きもなく取り除かれる。少年は傷だらけの身体を持ち上げ、瓦礫を取り除いた人影を見上げる。
そこにいたのは、渦巻く暗雲を背負った金色の少女だった。
「えと……、ありがとう……ございます」
少年の言葉で少女は再び笑い声を上げた。
「やはり面白い奴だな、お前は。気に入った、お前を今日からオレの勇者にしてやる」
「ゆう、しゃ……?」
聞き慣れない言葉に少年は首を傾げる。
「そう、勇者だ。魔王には勇者が不可欠だろう? 感謝しろ」
「はあ……。ありがとう、ございます……?」
促され、少年の手は礼を言う。それを聞いて少女は満足そうに頷いた。
「そうだ、感謝しろ。そしていつの日かオレを殺しに来い。それが勇者の役目なのだからな」
少女は少年の右手を乱暴に掴むと、彼の悲鳴に耳を貸すことなく右手首に爪を立てる。糸が千切れる音とともに鮮血が舞った。
鮮血は宙を舞い、紅の霧と化す。
紅の霧は、少女の左手の甲にある黒い印と鏡写しになる赤い印を少年の右手の甲に刻みつけた。
その焼けるような痛みに少年は苦しげな悲鳴を上げ、少女は愉快そうに彼を笑った。
「さあ、勇者よ! 精々、魔王であるこのオレを殺すまで生きていることだな!」
廃墟と化した王城の真上に渦巻く暗雲は、やがてかつて王国があった土地を人が住むことのできない瘴気の立ち込める土地へと変えてしまった。
瘴気の中で生きることが出来るのは魔族と勇者だけである、と後に少年は知ることとなる。
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