内政チートをやってみよう!まあぼっちですが…

カナデ

森の中の一人きりの集落

第1話 気が付いたら1ケタ住民でした



 

 その日は別に何てこともない、いつもの日だった。天気が良いから朝から張り切って洗濯をして、午後は森へと木の実を取りに入った。そんないつもの日。


「…んんん?」



 ここは深い森の中にある、今は住む住人が6家だけ、私以外は全員老人ばかりのもう村とは言えなくなったちっぽけな集落だ。


 私はまだ乳飲み子だった頃、森の中でこの集落に住んでいた呪術師の老婆に拾われた。その頃からもうこの集落に住む住民は老人ばかりで、ここで産まれた子供は全員近くの村や街へと出て行き、帰って来た人は誰一人もいないらしい。


 まあ、確かに周囲を深い森に取り囲まれた場所にあるから、もし外で嫁を貰っても一緒にここへ帰って来る、ということは選択肢にさえ入らないわよね。この集落へ続く獣道さえも、途絶えてしまっている場所だもの。


 それでも私を拾って育ててくれた呪術師のエリザナがまだ健在だった頃は、この深い森でしか育たない薬草から作られた薬を目当てに、一番近い森の傍の(といっても森歩きに慣れた大人が早朝から歩いて夕方にたどり着く場所にある)村から行商に来てくれていた人もいたのだ。

 ただその人ももう年老い、この村まで行商に来る後継者は見つけれれなかった、と申し訳なさそうに言いながらこれが最後だと去って行ってから、もう三年くらい経つ。


 だから私はそれからは一人でここに暮らす老人達の分の食べ物を自給自足で賄って生活をしているのだ。

 毎日もう歳で外を出歩けない住人や、私がそれぞれの家の畑に種を蒔いて管理している畑を見回り、みんなが生活出来るように手を貸している。


 今日は丁度実がなってる筈のプリムの実を使い、パンを作ってみんなに持って行こうと思いながら森の中を歩いていた。こんな森の中での生活で、甘いものはたまの贅沢であり、みんなの好物でもあるから。



「あれ?なんか森がいつもと違う?…ねえピュラ、何か感じない?」

「リザ、呼んだー?」


 フワッと空気が動き光を帯びると、そこから弾けて中から小さな光が飛び出て来た。その小さな光の中にはようく見ると、緑の髪に簡素な布をまとった透明な羽を持つ妖精のような姿が見てとれる。


 ピュラは森の精霊で、物心つく前から気が付いたら傍に居て、その姿が見えたし話せもしていた。

 精霊が見えたり話せたりするのが当然普通な訳ではなく、リザの方が特殊だとエリザナから教えられた。決してこの集落の外の人にそのことを言ってはいけない、とも。


 そう彼女が言った意味は、言われなくても想像出来たから、『絶対言わない』とその場で彼女と約束を交わした。

 拾って育ててくれたエリザナは、私のことをリザティア=カレントと名付けてくれた。カレントはエリザナの家名で、呪術師としての技術とともに残してくれたのだ。


「なんか森がいつもと違うの。何かいるの?」

「んー?ちょっと待ってて」


 光が瞬いたと思うと上空に上がったピュラは、また一瞬のうちに戻って来た。


「なんかね、魔獣の子供がいるみたいね…」

「ええっ!ま、魔獣っ!そんな、ここは結界の内側なのに……。どこかの結界が緩んだのなら大変っ!急いで修復しないとっ!」

「いやいや待って、リザ。大丈夫みたいだから」

「えっ?大丈夫ってどうして?だって、魔獣なんだよね?」


 魔獣は、普通の動物が大気に漂う魔力を体内にある一定以上取り込むと魔獣に変化する、とされている。

 そして魔獣は狩らなければいけない。これは魔獣の体内の魔力が汚されると魔物になるからだ、と言われている。


 言われている、というのは遥かな昔はもっと大気の魔力の濃度が濃くて、人もその恩寵を受けて誰もが魔法を使えていた時代があったのだそうだ。けれど時代の経過と共に大気の魔力の濃度はゆるやかに下がり続け、今では人のいないこういう奥地へ踏み入らないと大気の魔力をさほど感じられないくらいに薄れていた。


 それに伴って今では人が使える魔法は、簡単な火を出したりちょっと水が出せたりと使えると生活が少し便利になる、という程度の生活魔法くらいとなっている。

 攻撃魔法と呼ばれる離れた位置へ威力ある魔法を使える人は、強い魔力を持って生まれたほんの一握りの人だけで、そのほとんどが宮廷魔術師のように国家に管理されている。


 というのが普通の認識なので、今では人の生活圏内ではたまに弱い魔物が出るくらいで、魔獣でさえほとんど見かけることはなくなっていた。

 そう、人の多い場所では、だ。この場所のような自然豊かな深い森の奥地などには、まだ魔物や魔獣も存在しているのだ。

 だから呪術師だったエリザナから技術と知識を受け継いだリザが、魔物や魔獣が入れない結界を張って集落を守っていた。なのに。


「敵意のある気配は全然ないよ。まだ小さい子供だね。……多分、だけど。親からはぐれて魔力溜まりにでも入ってしまって、体に入って来た魔力に怯えて逃げまどって、この結界内まで入って来ちゃったんじゃないかな?敵意も悪意もないから結界にははじかれなかったみたいね」

「な、成程、ね。そんなに小さな子供なんだね…。でも、このまま体内の魔力が汚されたら魔物になる、んだよね?」


 このリザが作った結界は敵意や悪意ある存在の侵入を全て弾くように張ってある。ならばこの中で暮らすのならば…。


「ねえ、ピュラ。その子のとこに案内して貰える?怯えて向かって来るようだったら近づかないから」

「いいよ。リザならそう言うと思った!でも注意だけはしてね。敵意はないけど混乱して怯えているから」

「うん、分かったわ!さ、案内して!」




「音を立てないようにそこからそっと覗いて見て。この先の大きな木の根元にいるから」

「うん」


 案内されたのは結界の堺から少し入った場所だった。

 以前は結界内は集落の住人が管理していたが、今は細々とリザが一人で森の手入れをしているだけなので、もう境目の辺りは手入れをする余力はなくほぼ自然のままになっている。


 だから藪の間を音を立てないように歩くのも大変だったが、ピュラが気配をある程度森と一体化させて緩和してくれたので、ここまでその子には気づかれることなくたどり着くことが出来た。

 この先、と指示されたのは、丁度生い茂った木々の間から日差しが差し込んでいる大木の根元で。少し離れたここからでも見ることが出来た。


「……犬、じゃないわよ、ね。狼?」


 大木の根元にいたのは、珍しい白銀の手並みをしたまだ小さな生まれてそれ程経っていないような子犬とも見える毛玉だった。小さく丸まって震えているのが遠くからでも見て取れる。


「そう、ここら辺じゃ珍しい高山にいる白銀狼の子供みたいだね。なんでこんなところまで下りて来ちゃったのかは、わからないけれどね。まあ、見ての通りまだまだ赤ん坊って言ってもいいくらい小さいから、犬にも見えるけど。大きくなったらリザより大きくなるよ」

「へええ……」


 その小さな姿が目に入ってから、何故だか目を逸らすことも出来ず、ピュラの話す内容が頭に入っては来ず、音だけが耳に流れて行くような感じだった。


 その子に、呼ばれてる、気がした。


 何故?と聞かれて根拠ある答えなど何もない。けれど。大丈夫だというのは確信出来た。

 出来た、から。


「ちょ、ちょっとリザ!」


 気が付けば藪から出て、小さな白銀の毛玉へと歩き出していた。


「グ、グル、ルルル…」

「ね、大丈夫、だよ。だってあなた、私のことを呼んだでしょう?何もしないよ。ねえ、近づいてもいいかな?」


 あと十歩、というところで立ち止まり、座って目線を合わせ、そっと見つめて呼びかける。

 その気配に気づいた狼の子が立ち上がり、震えながら後ずさる。それでもリザは笑いかけた。


「ねえ、あなたも一人なんでしょ?この結界があれば魔物になんかならないから、一緒にいようよ。私ももうすぐ一人になっちゃうだろうから寂しいんだよ」


 それは自分がどこに居るのかも分からず、これからへの不安からの共感が二人の心を繋いだのか。確かなことは分からないことだけれど。


「グ、グル?」

「ね?相棒になってよ。そうだなー、キレイな白銀の毛並みだからー…」


 そっと座ったまま、半分の距離の五歩分を詰めてそっと手を差し出し。


「シルバー、でどうかな?君の名前は。そのまんまだけど、君の毛並みは本当にキレイに陽ざしに輝いているから。ね、シルバー、私の相棒、家族になってくれないかな?」


 自分のことを見つめて来る目を見て、ニコリと笑った。





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