第59話
太陽の光が眩い。リョウは寝付いたのが遅かったので、朝が来ていることに薄々気付きつつも、まだ布団の中でぬくぬくと夢の続きを見ていたい欲求に駆られていた。
どうせライブのリハには昼過ぎに家を出れば間に合うのだし、ギターも昨夜十分に練習したのだから、それよりもしっかり睡眠を取って、体力の回復を図った方がいい。それに久方ぶりに恋人と朝を迎えるのに、がたがたと慌てるのは相手にも悪い。--恋人? はっとなってリョウは目を見開いた。
すると自分の腕の中にはにっこりと微笑むミリアが、いた。
一瞬、リョウは訳が分からなかった。いつからミリアが自分の恋人になったのだ? ミリアは十八になったのか? ああ、結婚、したんだっけか? ということは、ここはスウェーデンか? どうりで寒いはずだ。
「おはよう。」ミリアは囁く。
リョウは顔を顰めながらミリアを見詰め、次いで周囲を見渡す。
ミリアは餌を突く小鳥のようにリョウの唇にキスをすると、「喉乾いた? お水持ってきたげる。」と言ってするりとベッドを抜け出すと、コップにミネラルウォーターを注ぎソファに持ってきた。
リョウは頭を整理する。ここは自分の家だ。ソファで、寝てしまったのか?
目の前に差し出された水を受け取り、がぶがぶと飲む。
「朝、リョウが、ぎゅっとしてくれて、幸せだったな。」
思わず咳込む。ミリアはコップを取り上げた。
「付き合うのって、いいね。」
そろそろ現実がわかり、かけてくる。リョウは布団をぶん投げ、ソファを凝視した。
「リョウ?」そう心配そうにミリアは言うと、リョウは「ヤってねえよな?」と怒鳴った。
ミリアは思わず後ずさる。「……ヤる?」
「セックスだよ!」
途端にミリアの顔が赤くなる。そして、ぶんぶんと首を横に振った。
「ああ、……よかった。」
ミリアはしかしその言葉を聞くなり、明らかにむくれ始める。「何で、よかった、なの?」
「そりゃそうだろ! お前、妊娠したらどうすんだよ? しかも兄妹間には格別おかしいのができんだぞ!」
ミリアは真っ赤になり口ごもる。
「ガキができなくてもなあ、お前、知ってっか? 女が初めてセックスする時は、凄ぇ痛ぇらしいぞ。血だって出んだぞ。ライブの前にんなことやって、パフォーマンスが……」
ミリアは唇をわなわなと震わせながら聞いていたが、「いいよ、別に。」と呟いた。
リョウは目を見開く。「いいわきゃねえだろ!」
「いいもん! リョウとずっと一緒にいられるんなら、いいもん!」
なんて野郎だ、否、娘だ、リョウは言葉を喪う。そしてどうにか絞り出す。「……俺は犯罪者になりたくねえ。」
「内緒にしたら、いいもん。みんな、そうしてるもん。」
みんなって、誰だ。リョウは脱力し暫く唖然としていたが、やがて無言で起き上がると、寝室へと行き着替え始めた。
パンツ一枚になった所にミリアが突入してくる。
「何だ、入ってくんな!」
「付き合ってるから。いいんだもん。キスだって、したんだもん。」
厄介なことになったと、リョウは再び言葉を喪う。
「わかった……。」リョウは片目を瞑り、「お前、……ヤりてえんだな?」と低く問いかける。
ミリアは「はあ?」と眉根を寄せる。
「否、恥ずかしがるこたねえ。俺だって、中学高校とそんなことばっか考えてた。そういう時期が誰しも、あんだよ。ああ、言わなくていい、わかってっから。……でも、お前の場合には妊娠したらせっかく合格した高校も辞める羽目になるし、バンドもこれからって時に穴開けられたら困んだから、」リョウは目を細めて「性欲は、てめえで処理しろ。」と言い放った。
ミリアは唖然としてジーンズを履くリョウを眺めた。
眩い陽光が部屋を照らしていた。
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