第3話 神代の巫女
『――お目覚めください。どうか、お目覚めください』
――目の前を覆い尽くした灼熱の炎。骨まで焼き尽くすような、その熱気に煽られ気を失った、あの瞬間から……どれほどの時が過ぎたのか。
夢か現か。天国か地獄か。今いる場所も時間も自分自身さえも、何もかも見失い掛けるほどの深いまどろみ。
(……誰、だ……なんで、オレは……)
その闇の中から、誘い出すような「声」に。「大怪獣」に撃墜されたはずの日向威流は、己の意識を引き戻されようとしていた。
『我が救世主よ。どうか、お目覚めください。この星の……宇宙の未来の為にも……』
(救世主……? 何の話だ、オレはそんなんじゃ……)
『……そして。貴方を愛する、あの少女の為にも』
(……ッ!?)
――やがて、頭の中に響く「声」に導かれるまま。威流は脳裏に、葵の貌を思い浮かべ。
「はっ……!?」
覚醒と共に、その身を起こすのだった。
――薄暗く、あちこちに蔦が張っている怪しげな祭壇。その中央にある壇上の上にいた彼は……辺りを見渡し、見知らぬ景色に困惑している。蔦や苔が無数に生えた石造りの建造物であるらしく、さながら神殿のような景観だ。
「こ、ここは……!?」
だが、彼が動揺している理由はそれだけではない。宇宙戦闘機を駆り、獰猛な宇宙怪獣達と渡り合ってきた威流が、柄にもなくたじろいでいる理由は――壇上を囲うように跪き、こちらを凝視している大勢の女性達にあった。
古代ローマのような袈裟懸けの布だけを纏う、扇情的な姿の彼女達は……まず明らかに、威流とは違う文明に生きている。
「あぁ、あ……お、お目覚めになられましたわ!」
「すごい……あの凛々しき眼差し、やはり本物……!」
「天の使徒が、本当にこの星に舞い降りるなんて……!」
その数、およそ500人。髪や肌、目の色など、様々な点で異なる女性達が、目覚めたばかりの威流を見上げながら大きくざわついていた。――中には、おおよそ地球人類からは懸け離れた容姿の女性もいる。
(……この人達は、一体……!? オレは確か、あの怪獣に撃ち落とされたはずじゃあ……!)
そんな異様な光景に、息を呑み。威流は、自分を包囲している女性達を見下ろす。彼と視線を交わした彼女達もまた、緊張した面持ちとなっていた。
「あ、あの……救世主様……! もしや、まだどこかお怪我を……!?」
「傷は完治したという話ではなかったのですか?」
「ル、ルクレイテ様のお力で、救世主様の傷は癒えているはずです!」
「もしや墜落のショックで、脳に何らかの障害が……!?」
なかなか威流が立ち上がらないことに、狼狽する女性達。一方威流は、彼女達の言葉を耳にして、目覚める直前に聞こえた「声」のことを思い返していた。
(救世主……さっきの声も、オレを救世主と呼んでいたな。それに、彼女達が言っている墜落ってのは……やはり、オレが墜ちたことに間違いはないのか。じゃあ、この人達は……?)
自分の頭の中に入り込んできた「声」。その実態を探るように、威流は女性達に声を掛ける。そんな彼に女性達は、まるで天上の存在に話し掛けられたかのように惚けていた。
「……あなた達が、オレを助けてくれたのか? ここは一体……」
「――! きゅ、救世主様がお声を……!」
「想像よりずっと凛々しい声……! はぁ、まさか生きているうちに救世主様のお声を聴けるだなんて……!」
「……」
だが、自分を「救世主」と崇める女性達の目を見て、威流は口を噤んでしまった。身に覚えのない称賛を浴びせられているようで、なんとも気味が悪い。
そんな理解不能な状況に、彼が頭を悩ませていた――その時だった。
『お目覚めになられたのですね。――我が救世主よ』
あの「声」が直接、脳内に響いてきたのである。先ほどまでのようなまどろみの中とは違い、意識がはっきりとしている今の状態で。
「――!」
それを認識した瞬間、威流は咄嗟に立ち上がり腰のホルスターに手を伸ばす。赤を基調とする彼のパイロットスーツには、
――だが、その得物を引き抜く寸前。彼は居合の構えのように静止し、武器の使用を踏み留めた。
彼の周囲にいる女性達は全員丸腰であり、言動こそ奇妙であるものの敵対する気配は全く感じられない。そんな民間人同然の彼女達の前で、物騒なモノを持ち出すわけにはいかないと、彼の良心が異議を唱えたのである。
――例え常識はずれの異世界にいようと、自分は弱きを助け強きを挫く守備軍の兵士。状況を問わず、そう在らんとする威流自身の意思が、その手を止めたのである。
「さっきからずっとオレを呼んでいた声……! 誰だ!? 一体どこから……!」
「……ルクレイテ様のテレパシーですわ、救世主様。私達はここでずっと、貴方様のお目覚めを待ち侘びておりました」
「テレパシーだって……!?」
「救世主様がお目覚めになり次第、ルクレイテ様の元まで御案内することが我々の務め。――さぁ、こちらへ。身体に、何か不自由はありますか?」
「あ、いや……大丈夫だ、ありがとう」
――だが、光線銃までは出さないものの、警戒心を露わにし続けている威流に対して。先頭に踏み出し、彼に声を掛ける1人の女性は、実に落ち着いた物腰であった。
どうやら彼女達の筆頭格であるらしく、騒ぎ立っている他の女性達とは雰囲気が大きく異なっている。深緑の長髪をポニーテールに纏め、眼鏡をかけた怜悧な容姿を持つ彼女は、威流を案内するように歩み出した。
「し、神官長……もう行かれるのですか? 救世主様はお目覚めになられたばかりですのに……」
「……ルクレイテ様の元へお連れするのが、至上命令です。何か不都合でもあるのですか?」
「い、いえ全く! その通りです、失礼しました!」
そんな彼女が「ルクレイテ」と呼ばれる者のところへ威流を案内しようとする中。周囲の女性達が騒ぎ立てるが――「神官長」と称される彼女のひと睨みにより、一瞬で萎縮してしまう。
「……さぁ、どうぞこちらへ」
「あ、あぁ……」
そんな彼女の眼力に、妹分の許嫁が持っていた気迫を重ねて。威流は彼女の後ろに続くように、この「祭壇」を後にするのだった。
◇
――石畳が敷かれた神殿の廊下。その道を歩みながら、神官長は背を向けたまま静かに口を開く。彼女は道中、威流にこの星の文明を語っていた。
「……先ほどは、神官達が大変失礼しました。後できつく灸を据えて置きますゆえ、何卒ご容赦を」
「いや……いいよ、別に。事情は全くわからないが……助けてくれたのは間違いないみたいだしな」
「寛大な御心に、感謝致します」
どうやらあの女性達は、この神殿に仕える「神官」であるらしい。通りがかった庭にも、数人の同じ格好の女性達の姿が伺える。
――これらの状況から威流は、自分が見知らぬ惑星に不時着している事実に辿り着いていた。それだけに、地球に近しい文明を持っている彼女達に驚嘆しているのである。
(光線銃もそのまま……か。それだけ信頼されてるのか、歯牙にも掛けられていないのか、そもそも銃というものを知らないのか……)
だが、まだこの星のことについてはわからないことばかりであり。場合によっては、地球に帰れないことも覚悟せねばならない。
その可能性に、冷や汗をかきつつ。威流は一つでも多くの情報を得るべく、神官長に問い掛ける。
「……でも、君達のことも出来ればちゃんと知りたいんだ。そのルクレイテっていう人に会ったら、聞かせてもらえるんだろう?」
「えぇ、もちろんです。――こちらが、ルクレイテ様のおわす部屋ですわ」
そんな彼の意を汲むように、頷きつつ。神官長は突き当たりにある大きな扉へ彼を導いた。
蔦に絡まれ、苔に塗れながらも、荘厳な装飾を保ち続けているその扉を前に――威流は息を飲む。これまでもそうだったが、この先はそれ以上に「未知の領域」なのだから。
(……この星を司る神の娘にして、その審判を代行する巫女……か。事実上、この星の最高権力者ってことだよな)
「ルクレイテ様。我らの救世主様がお目覚めになりました。今、こちらにおわします」
やがて。その扉を叩き、神官長が声を掛ける瞬間。
「――わかりました。お通しなさい」
「畏まりました」
頭の中――ではなく、扉の向こうから、あの「声」が響いてきた。つまり、この先に「声」の主がいることになる。
「……!」
その現象に威流が目を見張る瞬間。ひとりでに扉が開かれ――彼はようやく、「声」の主との対面を果たすのだった。
「ようこそ、我が星へ。私が主神タイタノアの代行にして、その娘――ルクレイテです」
他の神官達と近しくも、何処と無く高貴さを漂わせる衣装。それを見に包む、蒼い髪の美少女が――その翡翠色の瞳で、威流の眼を見据えていた。
「どうぞ、お見知り置きを。……ヒュウガ・タケル様」
「……あぁ」
整然とした一室に佇む、その少女と対面し――威流はスゥッと眼を細める。この先に待ち受けるであろう「真実」に、身構えるように。
――そんな彼の胸中には。母星に残してきた許嫁との思い出が過っていた。帰らなければならない、あの場所での。
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