【三題噺】パン屋さんのお仕事

カゲトモ

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「秋、来月のパンはやっぱり鬼にしようと思うんだけど」

 作業台の隅で過去のレシピを開いている弟の秋時に声を掛ける。秋はパッとレシピから顔を上げるとにっこりと笑った。

「うん、そうだね。やっぱり二月と言ったら節分だもんね」

 俺達双子の兄弟が切り盛りするパン屋、ときのパン屋では毎月その季節に沿ったパンを作っている。今は窓の外に雪がちらつく身も凍る一月中旬。正月の浮かれた気分も落ち着き、いつもの日常が戻ってきた頃だ。

 二月まであと半月程度。そろそろ来月のパンを創作し始めなければいけない。

「ちょっと安直すぎるか?」

 二月 = 節分 = 鬼。

 どのカレンダーにも二月には鬼がいるから、ついついそんな考えが頭にこびりついてしまったのだ。

 秋の顔を見ると彼は小さく首を横に振った。

「そんなことないよ」

「そうかな」

「鬼のパン、子供達はきっと喜ぶよ」

「喜ぶかな」

「可愛い鬼にすれば、喜んでくれるよ」

 秋が笑う。少し下がり気味の眉がさらに下がって、人当たりの良い笑顔だ。

「ん、じゃ鬼にしよう」

 秋が同意してくれてほっと胸を撫で下ろす。それから頭の中で鬼のパンをふわふわと想像する。

 鬼の顔は四角くして、角はいくつにしようか。やっぱり二本が無難だろうか。個人的には一本ってのも捨てがたい。でもここはお得感を出して三本にしてみるか…。いや、でも鬼って言ったら普通二本、それから牙とつり上がった目。いやいや、可愛くするなら目はつぶらな方が良いか。髪は前髪があった方がいいよな。それから

「…さん」

 鬼と言ったらやっぱり虎柄のパンツだよな。チョコとノーマルをマーブルにして虎柄にしたら

「兄さんったら!」

「! んん!?」

急に目の前に影が降りてきた。

 驚いて瞬くと、頬を膨らませた秋の顔が間近に迫っている。

「な、ど、どうした」

「どうしたもこうしたもないっ! 僕の話聞いてた?」

「え?」

「もう、聞いてなかったんだね」

 はぁっ、と秋が呆れ顔でため息を吐く。

「まぁ、いつも通りだからいいけど」

「悪い」

「いーよ。僕も一緒だからさ」

 ふふふ、と秋が笑った。

 俺達双子は何かに集中するとしばしば周りが見えなくなることがある。それは今回みたいに俺が自分の世界に入る時と、秋が入る時と両方あるし、二人同時に入る時もある。

 ちなみに今月のパン、お祝いの門松パンを創作した時は中に入れる具材を試案した秋がなかなかこちらに戻ってこなくて困った。


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