第18話 竜王国3
会議室を出た後。
アテナはゴンドラの創世作業に取り掛かかり、ヘスティアは農場プラントを作る荒野へ出向いて土地の活性化を行っていた。
カオスとニュクスはゴンドラの準備が出来るまでレンの寝室前で待機だ。
レンは寝室に戻るとソファに座り周囲を見回す。
(この広い部屋に一人は落ち着かないな……。そう言えば食事はどうするんだ? ヒューリから料理ができる
レンの居城はヒューリの城を参考に作ったらしく、上下水道も完備されていた。
寝室に隣接して洗面所、トイレ、風呂もあり、この部屋だけでも不自由なく生活できる。その他にも大浴場や展望風呂もあるらしい。
レンはする事もなく暇を持て余していた。ドレイク王国にいた時は書庫での読書が楽しく丁度良い暇潰しができたが、この寝室には本は一冊も置かれていない。
(暇すぎる……。何もすることがないのがこれほど苦痛とは。アテナは書庫を作ってないのか?)
レンは立ち上がり廊下に続く扉を開けた。
入り口にはニュクスだけが立っている。
「カオスはどうした?」
「
本当はレンと二人になるため無理やり追い出したのだが、アテナの補佐として何れはゴンドラの取り付け作業を行うのは事実である。
嘘ではないのでレンを騙しているわけではない。
「なら仕方ない。お前に聞きたいことがあるが、この城に書庫はあるか?」
「書庫はございます。レン様は読書がお好きなようでしたので、アテナも重点的に作っておりました」
「ほう、それは楽しみだ。本は置いてあるのか?」
「はい、僅かですがドレイク王国より運んであります」
「それでは書庫に向かいたいが、案内を頼めるか?」
「勿論でございます」
ニュクスは一礼すると前を歩き出した。
初めは読書できると期待していたこともあり、足取りも軽く多少の移動は我慢しようと思っていた。だが、どんなに歩いても一向に辿り着く気配がない。何処まで行くのかだんだん不安になってくる。
レンは袖で額の汗を拭い、恨めしそうにニュクスの背中を見つめた。
「ニュクス、まだ着かないのか? もう既に1時間近く歩いているぞ」
ニュクスは振り返ると肩ごしに妖艶な笑みを浮かべる。
「間もなく到着いたします」
何度尋ねても返ってくる言葉は同じだ。
(本当に書庫に案内しているのか? まさか誰もいない場所で襲われたりしないだろうな。ニュクスの馬鹿力で押さえ込まれたら抵抗できないぞ)
そんなレンの不安を他所に、程なくして目的の書庫に辿り着いた。
書庫もヒューリの居城を参考に作られたらしく、目の前には木製の重厚な扉が見え、それを開けると円柱状の巨大な空間が広がっていた。その内側には本棚がびっしりと並べられている。
壁に沿って螺旋状の階段が上へと続き、最上階は霞んで見ないほど遠くにある。恐らくは城を囲む四つの塔の何れかなのだろう。
敢えて薄暗くしている部屋の中は、空調も管理され、本が傷まないように配慮されていた。中央に置かれている巨大な円卓には、時計などの調度品や水差し、グラスなども置かれている。
本は僅かと言っていたが、既に三階までの本棚は全て埋まっている状態だ。
「やっと辿り着いたか。それにしても凄い大きさだな」
「何れ世界中から書物を集めることになるでしょう。レン様の書庫としては小さいくらいです。残りの塔も書庫として使えるようになっております」
(まじか? これと同じ規模の書庫が他に三つもあるだと……。お前らどんだけ本を集めようとしてるんだ。確かにこの世界には娯楽が少ないから、自然と本ばかり読んでいたが、俺のためにそこまでするか? しかも今ある本の量だけでも、書庫を管理する人材が必要な程だ)
レンは椅子に腰を落とし、円卓に置かれた水差しに手を伸ばす。軽く振ると中から、ちゃぽん、と液体の音が聞こえた。
「ニュクス、この水差しはいつから此処に置かれている?」
「私が用意した水差しではないため正確には分かりかねますが、居城が完成した時には既に用意されていたのではないでしょうか」
レンは顔をしかめ水差しを戻す。歩き通しで喉が渇いていたが、一週間も前に用意された物は流石に飲みたくない。
「では中身は傷んでいるかもしれないな」
「その心配はございません。その水差しはアテナの創世魔法、[
(アーティファクト? 確か本で読んだな。魔道具や武具の最高級品を、総じてアーティファクトと呼ぶと書いてあった。普通では作ることが出来ず、神の創造物と言われているはずだ。アテナはそれを作ることが出来るだと?)
「アテナは
「その通りでございます。アテナ程ではございませんが、私やヘスティア、カオスも作ることができます」
「それでは他にも
ニュクスは不思議そうに首を傾げる。
「私たちが創る物は全て
「……城が
「アテナが創世した城は結界を張れるだけではございません。例え結界が破壊されても、城の外壁は全ての攻撃を遮断する効果がございます」
平然と話すニュクスにレンは乾いた笑みを見せる。
(やり過ぎもここまで来ると清々しいな)
レンがグラスを手に持つと、ニュクスは水差しから中の液体を注ぎ入れた。水差しには冷却効果もあるらしく、グラスから冷気が伝わり掌が冷やされる。
喉が渇いていたレンは、煽るように一気に飲み干した。レモン水のような酸味の効いた飲み物が、乾いた喉を潤し疲れた体に染み渡る。
ほっと一息つくと、今日は何を読もうかと考え始めた。図鑑や歴史書も面白いが、たまには違う本を読むのも良いだろう。
レンは本棚の前に足を運ぶと、面白そうな小説を探し始めた。数多くある本の中から英雄譚を探し出す。お目当ての本を見つけ手に取ると、傍に控えるニュクスに次から次へと渡していった。
ニュクスは両手いっぱいの本を嬉しそうに抱えている。レンはあらかた選び終えると、ニュクスを従え中央の円卓に戻り、選んだ本を並べさせた。その中から一冊の本を手に取りページを捲る。
レンがそのまま静かに読み進めるなか、ニュクスは隣に椅子を並べて静かに見守っていた。時折レンの顔を覗いては、妖艶な笑みを浮かべて身悶えしている。何か良からぬ妄想をしているのは一目瞭然だが、レンは読書に夢中で気付いた様子はない。
(むふ~、レン様と至近距離で二人きり~)
ニュクスは夢のような至福の時間を一人で満喫していた。
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