第17話 竜王国2

 会議が終わりレンが去った後の会議室では、上位竜スペリオルドラゴンだけが残っていた。

 一人の女性が徐ろに話し出す。

 外見は15歳前後でショートの黒髪だ。軽装で白い肌を隠し、腰には短剣を差している。その上から黒のマントを羽織り、残念そうに愚痴を零し始めた。


「いやぁ、レン様まじ格好良いっすね。それだけに寝室での護衛が無くなったのが残念っすよ。あたしらが来てから護衛が無くなるとか酷くないっすか? アテナ様も余計な事をしてくれたっす」


 少女が与えられた名前はエイプリル、影竜シャドードラゴンだ。

 頬杖をついてムスッとするエイプリルの態度に、別の女性が溜息を漏らす。

 外見は20歳前後、縦ロールの長い髪は薄い青色。白い肌を包むドレスは青を基調とした物で、裾の部分に白と青が折り重なるフリルが付いていた。女性は呆れた表情をするも、直ぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。

 彼女が与えられた名前はジュン、水竜ウォータードラゴンである。


「エイプリル、レン様の前でそんな言葉使いをしては駄目よ」

「分かってるっすよ。ジュン姉は相変わらず堅いっすね」

「全く仕方ないわね」


 二人の会話にノーヴェが視線を向けた。


「やれやれ、いい加減に本題に入ってもいいですか? 何のために我々がこうして残っているか理解していますよね?」

「いやぁ、申し訳ないっす。何で残ってるんでしたっけ?」


 エイプリルがおどけた態度を取ると、ノーヴェが額に青筋を立てながら話し出す。


「いいですか! レン様を巡り貴方たちが争わないようにするためです!」

「知ってるっすよ。冗談じゃないっすか。ノーヴェさんは真面目っすね」


 ノーヴェは盛大に溜息を漏らすとオーガストへ視線を向けた。その視線を感じてオーガストが声を上げる。


「エイプリル、お前は少し黙れ。時間の無駄だ。先ずは私の考えを伝える。前竜王グラゼル様は、お一人しか妻をめとらなかった。しかし、レン様は人間に近いお考えをなされている。きっと複数の妻を娶られることに違いない。恐らく正妻は、アテナ様、ヘスティア様、ニュクス様のお三方になるだろう。そこで私たちがご寵愛を受ける方法はただ一つだ。レン様の側室を作り、そこに加えていただくしかない。側室に入ることが出来れば、私たちもレン様のご寵愛を――」


 最後は夢見る少女のように、瞳を輝かせながら話している。

 ノーヴェは一度咳払いをして視線を集めると、補足をするように説明を始めた。


「私もオーガストの意見に賛成です。次代の竜王を残すためにも、レン様には出来るだけ多くの女性を受け入れて貰う必要があります」


 カオスを始めとする男性陣は事前に話し合い、既に考えは一致している。何よりも優先すべきは、この世界にお世継ぎを残してもらうことだ。

 だが話を聞いていたジュライには気掛かりなことがあった。


「それをレン様はご存知なのですか? それに側室を作ることに、あのお三方が賛成するとは、とても思えないのですが……」


 ノーヴェには大丈夫と言い切れる自信がある。それは折を見て、カオスがレンを説得すると断言したからだ。


「レン様には何れカオス様がお話をします。アテナ様たちも、レン様が自ら側室を作ると言われれば、反対はできないはずです」


 ノーヴェの言葉を聞き女性陣が顔を見合わせた。確かに悪い話ではない。正妻は無理でも側室なら或いは、そんな考えが頭を過ぎる。


「では、異論がある女性は挙手をしていただけますか?」


 ノーヴェの問いかけに一人の女性が軽く手を挙げた。

 外見は20歳前後、癖っ毛のあるセミシュートは燃えるような赤い髪だ。褐色の体は鍛え上げられた戦士のように引き締まり、女性は見るからに頑強な体つきをしていた。その体を見せつけるように、上半身はタンクトップのみ、下半身にはゆったりとした、厚手の丈夫な長ズボンを履いていた。

 野性味あふれる女性は不機嫌そうにノーヴェを見る。

 炎竜フレイムドラゴンのフェブだ。


「レン様が私らを正妻に選ぶかも知れないだろ? 最初から側室目当てなのがな……。ちょっと卑屈すぎるんじゃねぇか?」


 確かにその通りだと、僅かにざわめきが起こる。しかし、直ぐにオーガストが反論した。


「別に正妻の座を諦めているわけではない。レン様が正妻として我々を選ぶのであれば、当然お受けするに決まっている。正妻に選ばれない時の保険として、側室を作るのだ」

「なるほど、そういうことなら賛成だな。オレは最初から負けを認める気はねぇからよ」


 フェブが納得すると、オーガストが確かめるように問いかける。


「他に質問はないか?」


 またも一人の手が挙がる。

 外見は5歳前後、シュートカットの髪は水色よりも薄い青。白色の可愛いらしいワンピースから覗く手足は、透き通るように白くて小さい。

 アホ毛が可愛い無邪気な幼女。

 氷竜アイスドラゴンのメイである。


「側室ってなんなの?」


 オーガストは溜息を漏らす。

 アホの子のメイには説明しても無駄だろう。説明しても理解できるか怪しいものだ。何せ本当に知性ある上位竜スペリオルドラゴンなのかも疑わしいほどアホなのだ。

 無邪気なメイはいつも自由に行動しては、オーガストたちを困らせている。今はレンの前では大人しくしているが、いつ好き勝手に動き出すか知れたものではない。当の本人に悪気がないのが更に質が悪いのだ。

 無視するわけにもいかず、オーガストはアホでも分かるように、努めて丁寧に話しかけた。


「分かりやすく説明するとだ。レン様の妻になれなくても、レン様に可愛がって貰えるのだ。分かるな?」

「それは素敵なの」


 メイが瞳を輝かせながらはしゃぎ出す。椅子から飛び降りると何が楽しいのか、円卓の周りを走り出した。そして、不意にとんでもない事を言い出す。


「今すぐレン様に可愛がってもらうの」


 部屋を出ようとするメイをフェブが即座に捕まえる。


「アホの子はじっとしてろ」


 メイは後ろから首を鷲掴みにされると、猫のように持ち上げられ逃げることができない。


「はぁ、なぁぁ、すぅぅぅ、のおぉぉぉぉ!!」


 必死に手足を動かし逃げようとするが、フェブの圧倒的な腕力の前に為す術がない。


「よくやったフェブ。メイもいい加減にしろ。レン様が自室に居られる際は、立ち入ってはならぬと仰ったはずだ。レン様のお言葉を聞いていなかったのか?」


 オーガストの問いかけにメイは考えるが思い当たる節がない。


「そんなの知らないの」


 それを聞いたメイ以外の全員が溜息を漏らす。このアホの子は本当に上位竜スペリオルドラゴンなのかと。竜王の言葉を聞かない上位竜スペリオルドラゴンなど前代未聞だ。

 正確には話を聞いたが直ぐに忘れた。が、正しいのだろう。自然とアホの子に冷たい視線が浴びせられる。

 それからはメイの説得に時間を費やされ、結局なにも決まらずに会議は幕を閉じた。この会議は後に、第1回上位竜会議と呼ばれることになり、これから長い歴史の中で続いていくのであった。

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