第38話 幸せな夜

 その夜、俺はユナとミリアが寝具ガウンとパジャマに着替える間、部屋の外に追い出された。

 本来ならば俺一人で部屋を独占できるはずだったのに、あんまりな仕打ちだ。


「もういいよ」


 と呼ばれて部屋に入った後、ぶつぶつ文句を(冗談半分で)言ったのだが、


「こんなかわいい女の子二人と一緒の部屋に泊まれるんだから、すごく幸運じゃない!」


 と、反論されてしまった。

 それに対して、俺はふてくされて、さっさとベットに入ってしまった。


(ちなみに、ベッドは俺が一つ、そしてユナとミリアがもう一つのベッドで一緒に寝ることになった……まあ、それしか方法が無かったのだが……)


 ユナは


「えー、つまんない!」


 と言っていたが、明日の早朝出発予定だ、早く寝ておくに越したことはない……女の子二人と相部屋、眠れるかどうかわからないけど……と思っていたが、実のところ相当疲れていたようで、あっさり寝てしまっていた。


 ……二時間ぐらい眠っただろうか。

 ふと目覚めて、寝返りを打つと……天窓から入る月明かりに照らされて、ユナとミリアの寝顔が並んで見えた。


 とくん、と鼓動が高鳴るのが分かった。

 むちゃくちゃ可愛い……。


 ユナは栗色の髪で、小顔、端正な顔立ちの美少女だ。

 ミリアはさらに小顔で、金髪。ちょっと口を開いてすやすやと眠る姿は、まるで子猫だ。

 普段、無表情な分、可愛いのに損していると思ったが、寝顔はそんなの関係無く、本当に愛らしい。


 こうして並んで寝ているの見ると、姉妹みたいだな……と思っていたら、ユナがぱちっと目を開いた。

 どきっとしたが、別に変な事をしていたわけではない。

 彼女は、となりでミリアがすやすやと眠っているのを見て笑顔になり、そっと自分の上体を起こした。


「……どうしたの?」


 ユナは、ミリアを起こさぬよう小さな声で、俺に問いかけてきた。


「……いや、姉妹みたいだなって思って、見入っていた」


 ユナは指輪を確認したが、特に光ってはいないようだった。


「うん、嘘じゃないね……どっちに見とれてた?」


「うーん……あえて言うなら、二人セットで、だよ」


 これも、指輪は光らない。ユナは苦笑いだ。


「でも、だったらさっき言ったこと、間違いじゃなかったね……一緒に泊まれて、幸運だったでしょう?」


「……まあ、そうだな……」


「……私も、なんかちょっと嬉しいかも。私は一番末の娘だったから、弟か、妹が欲しかった。ミリア、すごく可愛いし……十三歳には見えない……」


「ああ、もっと子供に見えるな……だから、まだ結婚相手が見えなくても不思議じゃないな……ずっと年下の男と結婚してもおかしくない」


「……どういうこと? 相手、見えないって言ってなかった?」


「うん? ああ、そうだけど……デルモベートさん達にも言っただろう? まだこの世に相手が生まれてきていないのかもしれない、って」


「……ちょっと、それ、本当なの? 気休めじゃなくて?」


「ああ、そうだよ。何ていうのかな……『まだ早い』っていうのが、聞こえたというか、感じたというか……だから、直感的にそう思ったんだ」


「……そんな……じゃあ、相手が見えない場合の『第三の選択肢』っていうこと? だったら、私もそれ、当てはまるんじゃないの?」


 ユナが、ちょっと焦ったようにそう問いかけてくる。


「……いや、残念ながら、君の場合はそれすら感じなかった」


「……なあんだ、ちょっと期待したのに……って、それも難しいね。私の理想の相手がそうだったら、十六歳以上年下になっちゃう」


 彼女は、また苦笑いに戻った。


「まあ、そういう意味じゃミリアも大分年下かもしれないけど……でも多分、この子は普通じゃ無くて……これは俺の勘だけど、多分この子は、『成長が遅い』」


「……えっ?」


「……その分、老化も遅いような気がする……他の子供が十歳、歳をとる間に、この子は五歳しかとらない……そんな気がするんだ。根拠はないけど……」


「……占い師の勘、ってやつ? ……確かに、ちょっと普通じゃないからね……いろんなつらい過去も背負っているし……」


 そう言って、ユナはミリアの頭を軽く撫でた。


「ん……」


 ミリアは、少しだけ反応したが、またすやすやと眠ってしまい……それに俺も、多分ユナも、きゅんとするような思いに駆られた。


「……なんか、こうしているとちょっと幸せな気分……この子も、妹っていうより、私達の娘みたい……」


「……ああ、俺もそう思った……」


 と、ユナの言葉に俺も同意したのだが――ほんの二秒後、それって爆弾発言だったことに気付いて、同じタイミングで顔をあげた。


「ち……違うのよ、そういう意味で言ったんじゃないのよ!」


 ユナは、ほのかな月明かりでも分かるぐらい赤くなっている。


「わ、分かってる。俺も、雰囲気に流されただけだよ!」


 と、慌てて弁明して……それがおかしくて、顔を見合わせて笑った。


「なんか、いいね……本当は、ソフィーのあんな姿見たから結構焦っているんだけど……でも、アクトを連れて帰れば、なんとかなるんだろうし……ちょっと気楽に考えてる」


「ああ、それがいいんじゃないか? 心配しすぎても、どうにもならないことだってあるし」


「うん……でも、アクト、どうやってソフィーを助けるのかな?」


「さあ……おとぎ話なんかだと、王子様の口づけで目覚める、なんてのが定番だけど……そんな簡単じゃないだろうな……」


「あはっ、タクもそれ、考えたんだ……それだったら楽勝なのにね」


「そうだな……それでお礼一杯もらって、さっさとサウスバブルに帰りたい……もう旅、疲れてきた」


「もう? まだ明日でやっと三日目じゃない」


「まあ、観光だと思えばそれはすごく良かったんだけど……国王陛下の前じゃ、死ぬほど緊張したし……これからの旅も長そうだし……」


「……そうね。なんか、サウスバブルの占いの館が、懐かしいね。また隣同士で商売、再開したいね」


「……ほとんど、助手とか言って俺の店に入り浸るくせに」


「あはは。楽しいから、いいんじゃない?」


 楽しい……確かに、一人で商売をしていた頃と比べると、ユナと出会って、格段に充実した日々を送れるようになったし、楽しいと感じるようにもなった。

 でも、冒険に巻き込まれすぎだ。


「……今回の使命が終わって、サウスバブルに帰ったら……俺はしばらくは静かに過ごしたいな……」


「……うん、私もちょっと、冒険者家業、休業しようかな……それでタクの占いを手伝って、いろんな恋愛、見てみたい」


「本音が出たか……本当に人の恋話、好きなんだな……」


「あはっ、うん、一応私も女の子だからね……」


 そこまで話をしたところで、ミリアが、


「ん……ううん……」


 と、なにやら寝言をつぶやきながら寝返りを打った。


 彼女を起こしたら可哀想だし、俺達も朝早いから、ということで、おやすみの挨拶だけを交わして、この夜は眠りについたのだった。


 確かに、ミリアと一緒だったことも含めて、この夜は幸運だった。

 幸せにも感じた。


 そして使命を果たし、王女が眠りから覚めたなら、さっきユナと会話したような平和な日常がすぐに訪れる……俺は、愚かにも、そんなふうに楽天的に考えてしまっていたのだ。


 この夜に戻れたなら――。

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