第二章 王の帰還

第24話 目的地

 今、俺とユナは、一つの大きなベットで一緒に寝ている。


 サウスバブルから王都に向けての小型船内、部屋割りが同じになったからだ。

 ちなみに、オルド公とジル先生は同室だが、こちらは小さなベットが二つの部屋だ。


 また、婚約者となったミウとユアンも俺達と同じく、大きなベットが一つだけの部屋だった。 つまり、二人一緒に寝ているはずで……父親も同船しているのだから、ユアンは彼女に手を出したりはしないだろうが、それでも、おそらく二人っきりで初めて過ごす夜、どんな様子なのだろうか……。


 しかし、それを深く考えている余裕は、俺にはなかった。

 ユナが隣で寝ているのが気になっているからではない。

 山育ちで船にほとんど乗ったことのない俺、船酔いで酷い状態になっていたからだ。


 就寝前の歓談で食事も食べられず、大人二人から進められた酒も飲めず。

 ミウとユアンは平気そうだったのに、この違いは何なのだろうか。


「変なことされそうになったら魔法で吹き飛ばして海に落とす」と言っていたユナも、拍子抜けというか、ちょっと呆れているようでもあった。

 そして、あまりに苦しそうにしている俺を見かねたのか、


「……魔法、かけてあげようか?」


 と聞いて来たので、


「船酔いを治す魔法があるのか?」


 と聞き返したところ、


「ううん、『催眠』の魔法で寝てもらうだけ」


 とのことだったので、少しでも楽になりたかった俺は、それをお願いした。

 効果はてきめん、ものの数秒で眠りに落ちてしまった。


 ……何時間寝ただろうか。

 部屋のランタンは消されていたが、夜明けが近いのか、うっすらと光りが差し込んでいる。


 眠ったこともあって船酔いはすっかり解消、爽快な気分で寝返りを打つと、すぐ目の前にユナの美しい寝顔があり、ドクンと鼓動が跳ね上がった。


 寝ているのだから当たり前だが、なんの警戒心も無い様子だ。

 服装は、上は眠りにつく前に来ていた上着を脱いでおり、シャツ一枚。

 下は……スカートを履いているだろうけど、そうでなければ、ひょっとしたら下着だけ?

 それを確かめる勇気は、俺にはない。

 ただ、ドクドクと心臓が早鐘を打つのを感じて、いけない、落ち着け、と自分をなだめる。


「……ぅん……」


 と、ユナがなにか寝言? を呟いた。

 その声と、幸せそうな寝顔を見ていると……不思議と、落ち着いてきた。


 ユナは、俺を信頼してくれている。

 そうでなければ、こうやって同じベッドで、しかもこんな軽装で一緒に寝てくれているはずがないのだ。


 それにしても……かわいい。

 女性としての美しさと、子猫が寝ているような愛らしさが混ざっているような感じだ。

 なんていうか、見ていて飽きなくて、幸せな気分になってくる。


 そのまま、しばらくじっと見つめていると……不意に、彼女の目が開いた。

 あっ、と思ったが、今更目を逸らしたり、寝たふりをするのも不自然なので、そのまま見つめていると……しばらく眠そうに、半分だけ開いていた彼女の目が、突然、がっと大きく見開かれ、


「な……何!?」


 と叫んで、彼女はがばっと起き上がった。


 ……よかった、スカートは履いてたみたいだ。

 キョロキョロと辺りを見回して、ゆっくりと視線を下ろすユナ。

 ちょっと照れたような笑顔になった。


「……そっか、一緒に寝てたんだったね……船酔い、治った?」


「おかげさまで」


「……私が寝てるとき、変なことしてないでしょうね?」


「残念ながら、なんにもしてないよ」


 俺が正直にそう言うと、彼女は指輪が光っていないのを確認して、


「……うん、残念……」


 と、苦笑いしながら言った……ま、本音じゃ無いだろう。


「……まだ、朝早いみたいね……みんな起きてないかな?」


「さあ、どうだろう……どのみち、俺はすることが無いし、また船酔いになったら嫌だから、このまま寝るけど」


「……じゃあ、私も寝る!」


 そう言って、はねのけた掛け布団をかぶって、俺とユナは一つのベットに潜り込む形になった。


「……一応言っておくけど、変な事、しないでね」


「さっき、残念って言ってなかったっけ?」


「だって、してたんだったら、魔法で吹っ飛ばせたでしょう?」


「……危なかった……」


「え? そうなの?」


 なんか、そんな冗談を言い合うのが楽しかったが……すぐに睡魔が襲ってきて、俺もユナも、眠ってしまった。


 次に目が覚めたとき、ユナの姿はベッドに無かった。

 かなり明るくなっており……完全に夜が明けているようだった。

 俺はシャツとズボンのまま、部屋から出た。


 外は日が大分高くなっており、雲一つ無い快晴で、気持ちが良かった。


 上着を着たユナと、オルド公、ジル先生が、甲板で一緒に話をしていた。

 ミウとユアンは、多分昨日遅くまで寝られなくて、その分、今もまだ寝ているんだろう。


 彼等に「おはようございます」と挨拶をすると、全員、挨拶を返してくれた後、前方を指差した。


 遠くに陸地が見える。

 この距離からでも、白い建物が密集しているのが分かる。


 当初俺が考えていたよりも、ずっと早く目的地に着いたようだ。

 貴族が客ということで、雇った操縦士が上質の魔核を燃料として、徹夜で操船してくれたらしい。


 王都セントラル・バナン、人口百万を超える大都市。

 新たな出会いの舞台であり、そして冒険の始まりの地だった。

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