典型的リベリオン

時岡 空

第1話 衝動的プロローグ

人間には、生まれ持った才能がある。

だがそれがより極端に割り振られ、より爆発的に発揮できる才能でなければ意味がない。

どれほどな才能を持っているか、それが人間の全てを決める――。


「――という経緯で発見され、今では世界人口の99%以上が持ち合わせている超能力的な才能を【典型テンプレート】と呼び、反対に全くもって才能が割り振られずに、人並み以下になってしまった、言わばその人の欠点を【悪癖フォールト】と呼ぶわけです。まあ【典型】や【悪癖】の存在は誰もが知る常識なので今さら教えるまでもないのですが……久保君」

生徒と会話しているのか教科書と会話しているのか分からないようなボソボソとした口調で授業を垂れ流す教師は、メガネを人差し指で上げると、生徒の名を呼んだ。

「はい」

「君の【典型】は何ですか?」

「……」

普段はマネキンよりもよく出来ていると言っても過言ではないポーカーフェイスを少しニヤリと崩した教師と対照的に、久保舟都くぼしゅうとというその男子高校生は、またか、と言わんばかりのため息を小さくつくと、そのままの俯いた姿勢を崩さずにいた。

「どうしたのですか? 何故黙っているのですか?」

「先生」

舟都は教師の方を見はしなかった。

「……事あるごとに俺にその質問をするのはやめて下さい」

「どういう意味ですか?」

「ふざけないで下さい……毎回先生が仰ってるんじゃないですか。俺には【典型】がないって」

今度は教師がため息をついた。

「ええ、君が【典型】を持っていない……正確に言うと、君の【典型】がいかなるものなのかを誰も知らないということは、私だってよく知っています。ですがそんな君に、君の【典型】について尋ねることの何が罪なのですか?」

教師の目には、度の強いレンズのせいか、歪曲した侮蔑の念が映っていた。

「君は【典型】を知らず、よって力を使えない。だが君は【痛覚の悪癖】、つまり痛みを他人の何倍も感じてしまうという確かな【悪癖】を持っている。こんな状況なら、【典型】も【悪癖】もない一般人の方がよほどマシです。君は『【典型】を持っていると考えられる者は【典型】を持っているものとして扱う』という法により守られているだけです。力がないにも関わらず、我々と同じように扱われるなど……君は狡猾です。ですからそんな君には、ここで辱めを受けてもらわなければ」

慈悲の欠片もない教師の発言に、クラスメート達は異議を唱える――かもしれない、と舟都は一縷の希望を抱いていたが、クラスメート達はまたいつものように舟都を嘲笑った。

「さあ、君の【典型】は!? 答えなさい!」

教師の指示棒が舟都の肩に打ち付けられた。

「うあっ……!」

舟都でなければ何でもないような痛みだったのだろうが、舟都は小さく叫んでしまった。

「授業中ですよ、静かにしなさい!」

「うっ……!」

その叫びを注意する、という大義名分のもとに舟都を叩けることに悦びを感じている教師は、何度も何度も舟都の右肩を、叩いた。

「あっ……ぐあっ……!」

このままこの棒の一撃を食らい続けていたら、身体が持たない。とっさにそう判断した舟都は、隙を見てその身一つで教室を飛び出した。

「待ちなさい!」

教師は一つ叫んだが、追いかける気はないらしく、階段を駆け下りて行く舟都の姿を見送ると教室に戻った。


「はあ、はあ……」

制服に身を包み、貴重品以外何も持ち合わせずに、舟都は街を歩いていた。昼下がりの都心は人種の坩堝だ。老若男女、様々な人物が歩幅もそれぞれに、春の匂いがほんの少し残った街にいた。――だがそこにいる人々のうち舟都を除いた全ての人間が、何かしらの【典型】を己の身に宿していた。舟都はそんな人々を見るのが嫌で、細い路地を、人気ひとけのない路地を選んで歩いた。

「はあ……何やってんだろ、俺」

蔦の纏わりついたボロボロのビルの近くのベンチに腰を下ろした舟都は、まだ痛みの消えない右肩を押さえながら独り言を呟いた。こんなこと、慣れっこなはずだ。何かしらの才能は俺にもあるはずなのに、それを見つけ出せない俺が悪いんだ。何度も、何度も何度もそう言い聞かせてきたじゃないか。仮に俺が悪くないのだとしたら、その責任は一気に世界全体に広がってしまう。そんなスケールの大きいことを考えるのもまた舟都にとっては面倒だった。自分の背中にそびえ立つビルを眺めると、これがお似合いなのだ、という気さえしてきた。

その時、舟都の視界の淵に、ビルから何者かが出てくるのが映った。それは舟都と同じくらいか、少し下の年齢の少女だった。制服ではなく白いワンピースを着ていたその少女は、ベンチの舟都と目を合わせると、身体を固めた。

「あっ……あの、その、えっと、これはですね、その……」

ビルから出てきたのを見られたのがそれほどマズいのだろう、少女はこの狭い路地で、ビルの向かい側にそそくさと移動した。

「……何してるの?」

「えーっと……その、そう、人探しです!」

「人探し?」

「はい!」

「それで、こんなビルの中に?」

「そ、そうなんです!」

少女の言葉はその場で紡がれた脆い嘘であることは舟都にも分かっていたが、舟都には特に問い詰める意思もなかった。どうせ学校をサボって暇になった身だ。時間を潰せるネタがあるならそれに便乗した方が有意義だ。少なくとも、学校に戻ったり、ベンチでボーっと座っているよりは。

「探してるの、どんな人?」

「あっ、えっと……強い人です!」

「強い人? ……自衛官?」

「そう、それです!」

「自衛官か……だとしてもこんなボロビルにはいないだろ」

ベンチから立ち上がり、舟都はビルの中を覗いた。元々どんなテナントが入っていたのかすら分からないほど荒れており、クモの巣があちらこちらに張られていた。

「あの、中はもう探したので大丈夫で……」

「ん?」

舟都はビルの壁に違和感を覚えた。壁にはコンクリートの境目ごとにうっすらと縦線が認められるのだが、そのうちの一つだけが、奇妙な清潔さを保っていたのである。

「……あそこは?」

「えっ?」

少女は舟都の近くに駆け寄り、舟都の視線を追った。

「うーんと……何でしょうね?」

「行ってみるか」

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」

少女の止める声も聞かず、舟都はビルに足を踏み入れ、その不自然な壁の前にたどり着いた。

「これは……」

その壁の右には、四角いボタンのようなものがあった。目を凝らすと、そこには三角形があることが分かった。

「……何だ、エレベーターか……」

少女はエレベーターの存在に気づかなかっただけだ。そう思った舟都は踵を返した。

「……ん?」

舟都は何かに気づき、もう1度そのボタンを凝視した。

「やっぱり……何かおかしいと思った」

それは確かにエレベーターのボタンであったが、ボタンの向きが下向きだったのだ。上向きのボタンは近くにはなかった。このエレベーターが、何か特別なものであることは明らかだった。

「あの……どうしたんですか?」

「……ここ見て。エレベーターのボタン。下向きしかない。怪しくないか? もしかしたら、この先にいるのかも」

「ま、まぁ、そうかもしれないですけど……危なそうですよ? ……って、もうエレベーター呼んじゃったんですか!?」

「……ダメか?」

「いや、そういうわけじゃないですけど……」

少女は舟都と目を合わせず、その爪先はビルの外を向いていた。一刻も早くここから出たいようだった。

「……来た」

2人はエレベーターに乗り込み、ドアを閉めるボタンを押した。エレベーターの中は綺麗だった。その見た目と同様に、降り方もスムーズだった。

「……着いたっぽいな」

ドアを開けるのは手動だった。中の綺麗さとのギャップを感じずにはいられない妙なシステムに戸惑いながら、外へ1歩踏み出した。


「……何だよ、これ……」

外に出た舟都は、目の前の光景に言葉を失った。

降りた先は小高い丘の上であり、眼下には都市が広がっていた。だが空があるはずの場所には鉄の天井があり、電気が煌々と輝いていた。

「……気づかれましたか……」

少女は舟都の隣に立ち、眼下の都市を眺めた。

「どこなんだよ、ここ……?」

「ここは……です」

「本当の日本……?」

「はい」

一呼吸おいてから、少女は語り出した。

「……世間では、『ほとんどの人間が【典型】を持っている』と言われていますよね? でも、それは嘘なんです」

「嘘?」

「ほとんどの人間が【典型】を持っているわけじゃない……だけなんです」

「……ってことは……本当は【典型】を持っていない人が山ほどいるってことか?」

「その通りです。そして……ここは、そんな人達が住んでいる場所なんです」

「どういうことだよ……訳分かんねーよ……ってかお前誰なんだよ? ビルから出てきた時から下手な芝居して……何なんだよ?」

混乱してその場にしゃがみこむ舟都に、少女はあくまで今までの調子を崩さずに続けた。

「驚かれるのも無理はありません。私も最初にここに来た時は驚きましたから……」

「……お前も【典型】がないのか?」

「いえ、そうではないんですが……ここから先は長くなりそうなので、こちらに来て下さい」


少女に連れられ舟都がやって来たのは、丘を降りてすぐの所にある屋敷だった。にあるものと変わらない、庭付きの立派な屋敷だ。

「この中か?」

「はい」

舟都自身、初めて訪れる屋敷というものに緊張を隠せずにいた。だがこのの存在と比べれば、屋敷など実家に過ぎなかった。

廊下を通り、屋敷の一番奥の部屋に着くと、少女はその部屋の扉をノックした。

「ちょっと待ってて下さい」

少女は舟都に扉の横で待っているように促すと、自分は部屋に入って行った。

「はあ……何なんだよこれ……夢でも見てんのか……?」

壁にもたれかかったまま、舟都は今一度自分の置かれた状況についての整理を試みた。

学校から抜け出し、街を歩き、ビルの前で休んだ。すると少女が出てきて、ビルの中を覗くとエレベーターが。降りてみるとが広がっており、そして今屋敷にいる。――いくら考えても、まるで状況が読めなかった。

「……とにかく帰ろう……」

幸い、道順は覚えていた。20分もあれば、丘を上り、エレベーターに乗り込むくらいはできる。

「あの!」

だが、ドアから顔を覗かせた少女に呼び止められ、脱走計画はあえなく打ち破られることとなった。

「入って下さい!」

この変なタイミングで断るわけにもいかず、舟都は少女が開けたドアからおずおずと入った。

「失礼しまーす……」

そこは会議室のようになっており、円卓に椅子が並べられていた。そして3人の男女がいた。ハットを被った女性に、忍者のような格好をした男、それにガタイのいい男だ。

「へー、君がねー」

「……此奴か……」

「ま、とりあえず座れや」

舟都が座ると、少女もそれに続いた。

「で、君はこの場所のことを知っちゃったわけだけど……どこまで知ってる?」

ハットを被った女性が舟都に尋ねる。

「えっと、ここには【典型】を持たない人が住んでるってとこまで……」

「ふむふむ、なるほどねー」

「……拙者達については……?」

忍者が尋ねると、舟都は無言で首を振った。

「そういうことならまあ、説明しとくか」

ガタイのいい男が、鋭い眼光を舟都にぶつけた。

「お前、【典型】が間違ってると思わないか?」

「間違ってる?」

「今の世の中、生まれ持った才能だけでそいつの人生までもが決まっちまう。本人の力で得たもんじゃないってのに、おかしいだろ? オレ達は、そんな【典型】を覆そうとしてる。具体的に言うと……【典型】至上主義の大本を引っぱたく」

「【典型】至上主義の大本…?」

「そうだ。この日本において【典型】の占める社会的地位を大きくし、そいでもってその姿勢を世界に広めた元凶……内閣総理大臣・九龍幾造くりゅういくぞうだ」

「なっ……!?」

突然会話に出てきたビッグネームに、舟都はうろたえてしまった。

「九龍はあくまで最終目的だから、今すぐに九龍のとこに殴り込みに行くってわけでもないんだがな。 ……それでだ、これも何かの縁ってことで、お前に一つ頼みがある」

「頼み……?」

「オレらの仲間になってくれないか? 一緒に、この腐った世界を変えて欲しい」

男の眼差しは威圧を感じるものでもあったが、その奥の信念は本物だった。

「まあ無理強いはしないが……もしやらないって言うなら、オレらのことをずっと内緒にしといてもらいたい。オレらはあくまで秘密裏にやってるからな」

その時舟都の頭にあったのは、あの教師とのことだった。

自分の生まれ持ったものがたまたま特殊だったから、ずっと苦しい思いをしてきた。今日だってそうだ。もしこのまま戻ったとしても、また明日、同じような苦しみが続くのは目に見えていた。こんなことになった原因は……【典型】が重要視され続けていることだ。

「……分かりました。やります。俺も、【典型】が憎いですから……」

そして、舟都は4人に、自分の【典型】を知らないことや、それによる自らの不遇を語った。

「なるほどな……そりゃ、オレらの味方になってくれるわけだ」

男は立ち上がり、右手を舟都に向けて差し出した。

「オレは賀田健護かだけんご。お前は?」

舟都は健護の手を握り、立ち上がった。もう右肩の痛みは取れていた。

「久保舟都です」

「よろしくな、舟都。……オレ、堅苦しいの嫌いだし、適当に『アニキ』とでも呼んでくれや」

「ふふっ、男の友情ってやつ、早速芽生えてる感じ?」

ハットの女性が微笑んだ。

「アタシは風間流軌かざまるき。さっき散々健護が色々喋ってたけど、アタシが一応言い出しっぺってことで、リーダーみたいな感じでやってるから。よろしくね」

「……拙者もよろしいか……?」

いつの間にか舟都の後ろに立っていた忍者が、低い声で呟くように問いかけた。

「……夜茨斬影やいばらきりかげ……話すのは苦手だ……」

「あっ……」

「ごめんね、斬影は変わり者だから……そのうち慣れるさ」

少し戸惑ったような舟都に、流軌が付け加えた。

「あっ……最後は私ですね。天野癒依あまのゆいです。よろしくお願いします、舟都さん」

「ああ。よろしくな。それと……さっきは荒れててゴメン」

「いえ、いいんですよ」


舟都にとって、何年かぶりに出会った、本気で心を許せる人達だった。自分と同じ燻りを抱いている人がいる。それだけで、舟都にはかなりの救いだった。

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