2017/07/01に見た夢をほぼそのまま小説にした+α
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どりーむちほー編
その日、2017年6月30日の夜のことだった。
……いや、正確には7月初日か。
あの日は……暑くて寝苦しかったこと、いつも飲んでいる睡眠導入剤を飲み忘れたこと、久しぶりに魔法使いと黒猫のウィズをインストールして深夜まで遊んでいたこと。
その3つの要素が合わさり、私はなかなか寝付けなかった。
私自身、いつ脳と身体が睡眠に入ったのか覚えていない。
夢の世界に誘われるまで、何かしょうもないことを考えていた気もするが、今回の物語とは関係ないので、割愛する。
さらに言うと、夢の中の私は夢の中と認識していないので。
私は濃霧の中を歩いていた。1メートル先さえ見えない、真っ白な霧の中。
足を動かすたびに、足元がギシギシと鳴り、身体が左右に少し揺れる。
どうやら私はつり橋を渡っているようだ。しかもこのつり橋、ギシギシ音から察するに、かなりボロい。ロープが切れて、落ちないか心配だ。遊園地の観覧車のような安全管理が行き届いたスリルスポットなら平気だが、今回のようなデンジャラススポットは苦手なのだ。
しばらく歩いていると、足の裏、サンダルの底から伝わる地面の感触が変わった。
私は右足のつま先でトントントンと地面をノックする。堅い。硬い地面だ。ギシギシしない。
どうやらつり橋エリアを抜けたらしい。私はホッと胸を撫で下ろす。
私の心が晴れたのが原因なのかは分からないが、さっきまで視界を遮っていた霧が晴れた。
そこは荒野だった。見渡す限りの岩石、砂利。黄土色の世界。
「あら、あなた。この辺じゃ見ない顔ね」
突然、右上から声がした。私は声のした方に顔を向ける。
そこには1人の少女。崖のでっぱりに、1人の少女が踏ん反り返っていた。
「お前は……」
「待った、何も喋らないで」
私はこの少女に、どこか見覚えがあった。彼女が何者か聞こうとしたのだが、口を開くのを止められてしまった。
「今からあなたが何者か、私が推理してあげる」
少女がスタっと、崖のでっぱりから私の目の前に飛び降りてくる。
じっとりと私の頭の先から足のつま先を眺める派手少女。
そして彼女は言い放った。
「ずばり、あなたヤギのフレンズね!!」
「違うわ」
即行で否定する私。誰がヤギだ誰が。
いや、ちょっと待ってよ。このやり取り、妙な既視感があるぞ。
私は自身の記憶の引き出しを乱雑に開け閉めする。
そして見つけた、いや正しくは思い出した。
「ひょっとして。お前、キリンのフレンズか?」
「あら、よく分かったわね」
この少女の正体は、擬人化したキリン。けものフレンズに登場した、アミメキリンのフレンズだ。
ということは、だ。ここはジャパリパークのどこかということだ。
「それで、あなた。ヤギじゃないっていうなら一体何なのよ」
「何って……ヒト?」
何故か疑問形になる私。
「あなたもヒトなの? ……本当に?」
疑いの眼差しを向けてくる自称探偵のキリン。
「嘘だと思うなら、ラッキービーストを連れてこい。喋るはずだ」
「……まあ、いいわ。それよりあなた、随分背の高いフレンズね」
「身長178センチだからな。あと僕はフレンズ化してない」
ちなみに私がリアルで喋る時の一人称は『僕』だ。誤植とかではないのであしからず。
「そうなの? まあなんでもいいわ。とにかくちょっと来てちょうだい」
そう言って歩き出すキリン。断る理由も他に行く所もないので、私は彼女について行くことにした。
「ところであなた名前は?」
名前か。
私はふとジャージのポケットに手を突っ込む。両方に何か入っていた、硬いのと柔らかいの。
それらを取り出す私。右手にはスマホ、左手には医療用マスクが握られていた。医療用と言っても風邪でも花粉症でもインフルエンザでもない。これは伊達マスクだ。私はマスクをつけないと、外に出られない人と話せない、現代病を患っているのだ。そこ、キリンと話せているじゃん、なんてツッコミは無しな。
「マスクって呼んでくれ」
僕は今更ながらマスクを口につけながら答えた。
「変わった名前ね」
もちろん偽名だ。かばんさんだって、鞄を持っていたからそういう名前になった。今回はそれにあやかろう。
「じゃあマスク。あなた、あんな所で何してたの?」
「つり橋の上を歩いてて、気がついたらあんな所にいた」
スマホを弄りながらぶっきら棒に答えるが、ここは電波が届かないようだ。
「え!? あれを渡ってきたの!? 嘘でしょ!?」
突如立ち止まる彼女にぶつかりそうになる。急に立ち止まるなよ。まあ、歩きスマホしてた私も悪いけど。
「そんなに僕を嘘つきにしたいのか? 悪いがお前に会ってから、僕は本当のことしか言ってないぞ」
名前以外。
「あの橋。今までいろんなフレンズが挑戦したんだけど……歩いても歩いても渡りきることができなくて、しかも周りは霧ばっかりだから、結局皆諦めて返ってくるのよ」
あの橋、そんなに長かったかな? せいぜい5分くらいで渡りきったけどな。
「ただでさえあの橋古いのに、たくさんのフレンズが歩いたせいで、橋もボロボロになっちゃって。危険だから、博士が使用を禁止にしたの」
確かにめちゃくちゃボロボロだったな、あの橋。下手したらあと1、2回で落ちそうだった。
「それに……」
なにやら深刻な表情になるアミメキリン。
「あの橋の先は、セルリアンの住処に繋がっていて、渡りきったフレンズを食べちゃうって……先生が言ってたわ」
先生? ああ、タイリクオオカミのことか。
「ねえねえ。あの橋の先には何があるの? やっぱりセルリアンの住処!? あ、もしかしてあなた、先生が言ってたフレンズ型のセルリアンとか!?」
どうだろう。私が来た道を戻るということなのだから、あのつり橋の向こうはおそらく私がいた町、人間がいる世界に繋がっている。確証は無いが、私はそう確信していた。
ていうか、人だって言ってるのに、しつこいな。
……よし、ちょっと脅かしてやるか。
「ああそうだ、実はセルリアンなんだ」
嘘だけど。
「や、やっぱりそうなのね……!」
キリンの顔が強張る。
「牛や豚も美味いけど、1番好きなのは鶏だな。あ、魚もいいよな。蟹や蛸も捨てがたいなー」
ちなみに家畜とかの話だから。なんか食べ物の想像してたら、お腹空いてきたな。
ひぃいと、腰を抜かすキリン。固い地面に尻餅をつく少女。
「あーそういえば、キリンの肉はまだ食べたことないな」
私の言葉を聞いて、黄色いキリンがどんどん青ざめていく。
「お前の肉……喰わせろぉ!!」
「きゃぁああああ!!」
「なあ、悪かったって」
「ふん」
私は謝罪するが、キリンの機嫌はなかなか治らない。ちょっと調子に乗りすぎた、反省。
「いいかしら、マスク? 嘘をつくと巡り巡って、自分に悪いことが降りかかるのよ?」
「……謝罪している立場で、こう言うのはなんだけど。その言葉、オオカミ先生にも言ってやったらどうだ?」
「先生のは嘘じゃなくて、冗談だからいいの」
それは都合のいい解釈ですねキリンさん。
「覚悟しなさい。こうなったらあなたのこと、こき使ってやつから」
「はいはいお嬢様」
そうこうしていると、私達は町にたどり着いた。何件かコテージが建っている。おそらくここはジャパリパークにまだ人がいた頃にキャンプ地として使われていたのだろう、私はそう推測する。
キリンは町の中の、倉庫のような建物に私を招き入れた。
「それで、僕にどうしろと?」
「あそこにある物を取ってほしいの」
キリンが指差す方向。そこはラック棚の上、少し大きめのダンボールが置かくれていた。どうやら彼女はあれを取ってほしいようだ。
「この身体になってから、高い所の物を取るのが大変でね。本当は鳥のフレンズかジャンプが得意な子に頼もうと思って、外で誰を探していたら」
「僕がいたってわけか。……でもさ、高い物を取りたいなら、あれを使えばいいんじゃねーの?」
私はふと、棚の横を見る。そこには銀色の、少し錆びた脚立が畳まれていた。
「? あのガラクタがどうしたの?」
どうやらこのキリン、脚立がどういう時にどのように使う物か知らないらしい。
ああ、そうか。彼女はもともと首が長いアミメキリン。高い所の物を取るのに踏み台を使うという考えが無いのか。
「ククク」
私はマスクの下でほくそ笑む。元々背の高かったキリンが、フレンズになった今では高い物を取るのに苦労しているのが滑稽で、なんだか面白かった。
「いいから早くとってよ」
「はいはい」
私は手を伸ばして段ボール箱を棚の上から取る。箱は私が脚立を使わなくても手の届く高さにあった。重量はそれほど重くは無かった。
何が入っているかは分からないが、割れ物ではないとも限らないので、私は落とさないようにそっと箱を床に下ろす。
「これ、中に何が入っているんだ?」
「分からないから、取ってほしいんじゃない」
なるほど、一理ある。
私はガムテープをはがして、ダンボールを開けた。
中に入っていたのは、プラスチックの透明なケースだった。
そしてさらにそのケースに入っていたのは。
「髪の毛、だね」
中身を答えたのは、私でもキリンでもなかった。
私は後ろを振り向く。そこにいたのは、いつの間に現れたのか、フェネックのフレンズだった。
初対面の私とフェネックは挨拶と自己紹介を済ませる。
「かかかか髪の毛って。まさか何かの呪いじゃあ……!?」
またもや顔を強張らせるキリン。
「いや、これはウィッグだな」
「うぃっぐ?」
「の呪いじゃないの?」
フェネックが箱を覗き込み、彼女の後ろに隠れるアミメキリン。
「髪型を変える時に使う、作り物の髪の毛だ」
『??』
あまり理解していないフレンズ達。そうか、彼女達は髪型を変えるという行為をしないから、分からないのか。
オーケーオーケー。私はもっと分かりやすく説明することにする。
「ほら、かばんさんが帽子を頭に被っていただろう? あれと同じだと思えばいい」
「ああ……」
「なるほど……」
どうやら理解できたようだ。
でもどうしてだろう。一瞬彼女達の表情が暗くなったような気がしたんだけど……気のせいだろうか?
「ねえねえ。それって頭につけるんだよね? 私、つけてみたいなー」
「ああ、ちょっと待って」
私はケースからウィッグを取り出す。
幸いウィッグのつけ方が記載された説明書も入っていたので、コスプレには疎い私でも、フェネックにつけてあげることができた。彼女の耳を収納するのにかなり苦労したけど。
「なんだか変な感じだなぁ」
近くに置いてあった鏡に写った自分の姿をマジマジと見つめるフェネック。耳が大きいせいで髪型が変に膨らんでいることを除けば、どこからどうみても人だった。
「ねえねえ、アライさーん。見てみてー」
楽しそうに建物の外に出て行くフェネック。言葉から察するに、アライさんは外にいるらしい。
外から2人の声が聞こえてくる。
「やっほーアライさん」
「だ、誰なのだお前は!?」
「やだなーアライさーん。私だよーフェネックだよー」
「ふぇ、フェネック!? どうしたのだその頭!? 真っ黒なのだ!」
「すごいでしょー。これはウィッグって言って――」
「大変なのだ! すぐに洗わないといけないのだ!」
「ちょ、ちょっとアライさん……」
「任せるのだ! アライさん、洗うのは得意なのだ! すぐに元に戻してあげるのだ!!」
……やれやれ、アライさんにもウィッグの説明をしないといけないのか。
他に行く所も無い私に、フレンズ達はコテージの一軒を提供してくれて、私はとりあえずそこに住むことになった。
突然だが、私は『旧態依然』という言葉が好きだ。意味はそうだな、日進月歩の反対だと考えてもらえればいい。
子供の頃はマンガやアニメのような波乱万丈奇奇怪怪奇想天外ビックリ仰天な人生を望んでいたが、年を取った現在は、何の変化も無い人生を私は望んでいた。
ここジャパリパークでの生活は、まさに私が望んでいた旧態依然な人生だった。
日が昇ったら起きて、お腹が空いたらラッキービーストからジャパリまんを貰って食べて、昼間はのんびり過ごし、夜になったら眠る。たまに道具の使い方が分からないフレンズ達に、その使い方を教える。
そんな生活を私はしばらく送っていた。
だがこの旧態依然な日常に、太陽と月が一度に激突してきた。
ちなみにセルリアンの襲来ではない。
太陽と月の正体は……地震だった。
そこまで大きい地震ではなかった。現に昼寝をしていた私は、アミメキリンにたたき起こされるまで、大地が揺れたことを知らなかった。
「早く来てマスク! 大変なの!!」
寝ぼけ眼の私の手を引くキリン。一体どうしたというのかという疑問よりも、もう少し眠りたいという気持ちの方が勝っていた。
だが、そんな眠気が空の彼方に吹き飛ぶくらい、大変なことが起きていた。
「これは」
町の中央の地面に巨大な亀裂が、まるで超巨大なスコップを地面に突き刺し抜いた穴のように、地面が割れていた。
亀裂の周りには町に住むフレンズ達が集まっていた。どうやら亀裂に落ちた者はいないようで、私はホッとする。
「ねえマスク。これは何なの? 一体町に何が起こっているの?」
「多分、地震によるものなんだろうけど……」
この亀裂は明らかに異常だった。寝ている人間が気付かない程度の地震で、こんな巨大な穴が開くなんて。
フレンズ達が助けを求めるように、私の方を見つめてくる。この異常な状況に、彼女達も不安なのだろう。
だけど私にどうしろというのだ、こんな状況私だって初めてだ。
「とにかく、ここは危険だ。皆、なるべくここには近づかないようにしてくれ」
だが、何もしないわけにはいかない。私はフレンズ達に指示をする。
「それから、飛べるフレンズの誰か。ちょっと手伝ってくれ。この穴を調べたい」
私は鳥のフレンズに運んでもらって、亀裂の底に着地する。
何故かアミメキリンまで私についてきた。危険だから来るなと言ったのに、まったく。
上の方から光は入ってくるが、亀裂の底は少し暗い。私は懐中電灯で照らしながら、辺りを調べる。
地下は巨大な空洞になっていた。
しかもこの空洞、自然にできたものではない。人工的に掘られたものだ。その証拠に地面にトロッコのレールが敷かれていた。このレールに蹴躓いて転びそうになったのは秘密。
「どうやらここは炭鉱か何かで、発掘で地盤が緩み……」
そしてさっきの地震で亀裂が入った、こんなところだろうか。
念のため私はスマホのカメラで記録しておく。
「ねえマスク! ちょっと来て!!」
キリンが大声で私を呼ぶ。何かを見つけたようだ。
彼女が見つけたのは、トロッコだった。
ここで発掘していた人間に何があったのかは分からないが、途中で仕事を投げ出したようで、トロッコの中には白い石が積まれていた。
最初私は、ここは炭鉱だと思っていた。
だがその目論見は外れた。ここにいた人間は、石炭ではなくこの白い石を発掘していたらしい。
「どう? 何か分かりそう?」
「地震や亀裂に直接関係は無さそうだが、一応持っておこう」
私は石をひと欠片ポケットに突っ込む。
「そろそろ戻ろう」
「分かったわ」
私とキリンは、鳥フレンズ達に運んでもらい、地上に戻った。
「それでこれからどうするの?」
キリンが心配そうな眼差しで私に問いかけてくる。
「地下にあんな空洞があった以上、この町を住処にするのは危険だ。フレンズ達には他のちほーに移住してもらおう」
またいつ地震が起きて、地面が崩れるとも限らない。この町は閉鎖した方がいい。
「それと、この石を調べに図書館に行ってみる」
私は地下空洞で見つけた石を見つめる。
「そうね。図書館に行けば博士達に何かしらの知恵がもらえるかもしれないし、それがいいわね」
本当ならこんな時ネットで調べたいのだが、ここには電波が通っていない。故に本で調べるしかない。
それにキリンの言うように、博士と助手に空洞の話を聞くこともできる。
「あ、でも今はどうだろ……」
キリンが何かを呟いた気がするが、よく聞こえなかった。
私は数日分のジャパリまんと水、そして例の石を持って図書館へと向かった。
そしてやっぱりアミメキリンもついてきた。
「この、げんつき、って乗り物。凄いわね。本当ならもっと時間がかかるのに、あっという間に図書館に着いちゃったわ」
原付、な。これは倉庫の隣に止めてあったのを拝借したものだ。本当なら原付の2人乗りは禁止なのだが、私が元いた世界とジャパリパークの交通ルールが一緒とは限らないし、そもそも今は非常事態だ、見逃してくれ。
「ようこそジャパリとしょかんへ! あ、久しぶりキリン! それと君がマスクだね! 私はサーバルキャットのサーバルだよ、よろしくね!」
図書館に来た私とキリンを出迎えてくれたのは、アフリカオオコノハズクでもワシミミズクでもなく、サーバルキャットだった。
「マスクの噂は他のフレンズから聞いているよ。マスクもヒトなんだってね。すごーい!」
「ストップ、サーバル。マスクが珍しいのは分かるけど、今は急いでいるの。博士達はいる? ちょっと知恵を貸してほしいんだけど」
キリンがマシンガンのようにガガガと喋るサーバルを静止させる。
「分かった。ちょっと待ってて。博士に聞いてくる」
そう言い残し、サーバルは図書館へと入っていった。
そしてしばらくして彼女は戻ってきた。
「ごめん。今は忙しいからダメだって。本なら勝手に見て良いから、中に入っていいよ」
「そう分かったわ」
「意外だな。かばんさんの時のように、何か料理を作らないと教えない、って言われるかと思った」
まあ、こっちとしては好都合だけど。
「……」
「……」
なにやらサーバルとキリンの表情が暗くなる。
私はこの状況に覚えがあった。あの倉庫で、フェネックにウィッグをつけてあげた時だ。
「もしかして、かばんさんに何かあったのか?」
あの時もかばんさんの名前を出したら雰囲気が暗くなった。
だとしたら、かばんさんに何かがあったのだろうと推測できる。
「……そうだね。同じヒトのマスクなら、何か分かるかも。2人とも、ついてきて」
そう言って、サーバルは私とキリンを図書館に招き入れた。
「博士ー。マスクを連れてきたよー」
サーバルが部屋の扉を開ける。
部屋の中には博士と助手、そしてかばんさんがいた。
だがそのかばんさんは、私が知っているかばんさんとは違った。姿形はアニメで見たのと同じだが、雰囲気がまるで違った。なんというか、覇気が無かった。
「かばんは記憶喪失なのです」
「しかも感情も失っているのです」
私の疑問を見透かしたのか、博士と助手が答えてくれた。
「どういうことだ?」
「セルリアンに食べられたのです」
「フレンズ全員で救出したのですが、間に合わなかったのです」
私とかばんさん以外の4人の顔が暗くなる。
彼女達の話を詳しく聴く私。
話を統合すると、かばんさんは黒くて巨大なセルリアンに食べられたそうだ。かばんさんの友達になったフレンズ達の協力もあり、なんとかかばんさんを救出し、セルリアンを退治することはできた。
だが……。
「本来ならセルリアンに食べられたフレンズは、本来の動物の姿に戻るはずなのですが」
「かばんの姿は変わらず、何故か記憶と感情を失ったのです」
私はかばんさんを見る。
「……」
全く反応が無い。喋りもしなければ、ピクリとも動かない。
前から薄々気付いていたが、さっきの話とかばんさんの変わり果てた姿を見て、確証に変わった。
この世界は、私が知っているアニメけものフレンズの世界とは異なる。
本来のストーリーでは、第12話でフレンズ達に救出されたかばんさんは、記憶も感情もはっきり持っていた。そして人の住処を探しに海へ出た。
だが、この世界ではかばんさんはこんな状態だ。
アニメがハッピーエンドの世界なら、ここはバッドエンドワールドだ。
旧態依然な私が、とんでもない世界に来てしまったものだ。
「我々もかばんの記憶と感情を戻そうと、いろいろ手を尽くしているのですが」
「どれも失敗しましたのです。正直賢い我々でもお手上げなのです」
「ねえ、マスク」
サーバルが私に話しかけてくる。
「マスクはかばんちゃんと同じヒトなんでしょ!? 何か知らない? かばんちゃんを元に戻す方法!!」
泣きそうになるサーバル。そんな顔をされても困る、私は医者じゃないんだ。
でもこの状況で、知らない、とは言えないよな……。
「そうだな。……思い出の地を巡る、とか?」
「それならもう試したのです」
「さばんなちほーから海まで、かばんが辿ったルートをサーバルと共に回ったのです」
「それでもかばんは治らなかったのです」
さよですか。
「あと思いつくのは……、記憶と失った時と同じ衝撃を与えるとか?」
これくらいしか私には思いつかない。
「でもそれって」
「かばんちゃんをもう1度セルリアンに食べさせるってこと!? 酷いよマスク!!」
「い、いやそういうわけじゃ……」
私に怒りの眼差しを向けるキリンとサーバル。
「酷い酷くないにかかわらず、その方法は難しいのです、マスク」
「かばん達が火口にフィルターを張ったことにより、セルリアンは弱体化。ハンター達が狩りつくしたことにより、セルリアンはほどんどいなくなったのです」
なるほど。どうりで今までセルリアンに出会わなかったわけだ。
「すまない。僕にはどうすることもできない」
さっきも言ったが、私はマスクをつけているが医者ではない。記憶感情喪失の患者を治療する方法なんて、多くは知らない。
私の言葉を聞くと、フレンズ達の表情が一層暗くなる。なんだが申し訳ない。だがどうしようもない。
「かばんさんが大変なのは分かった。でもこっちも大変なんだ。本を借りるよ」
暗い雰囲気に耐えられなくなった私は、逃げるように部屋から立ち去った。
「ダメだ、載ってない」
石の図鑑を何冊か漁ったが、どれにもこの白い石のことは載っていなかった。
博士達に聞こうにも、今はそんな雰囲気ではないし。
もっと専門的な本を読んだ方がいいのだろうか。でもあんな分厚い本を開く気はしない。
さて、どうしたものか。
私はスマホを見る。やっぱり圏外だ。
「困ったな。ネットさえ繋がれば、画像検索で一発なのに」
どこかにネットが使える場所が無いものか。
……。
そうだ!
「あそこに行けば」
私は思いついた、スマホの電波が届く場所、パソコンがある場所を。
さっそく私は図書館を飛び出し、原付を走らせた。
そしてやっぱりキリンもついてきた。
私とキリンが着いたのは、あの場所。
私がこの世界に最初に現れた場所。
あのつり橋がかけられている荒野だ。
「こんな所に来て、一体どうするの?」
原付から降りる私とキリン。
私はまたスマホを確認する。
「思った通りだ」
マスクの下でニヤリと笑う私。
スマホに電波が届いていた。不安定だが、電波が届いている。
「もっと先に行けば」
私が元いた世界に戻れば。
人間のいる世界に戻る……。
「はぁ」
ため息が出る私。本音を言えば、戻りたくない。このジャパリパークに永住したい。
でも。
「そうも言ってられない、よな」
「ちょっとマスク。まさか、この橋を渡るつもりじゃないでしょうね?」
「そのつもりだ」
「ダメよ!!」
突然大声を出すアミメキリン。反射的に耳を押さえる私。
「言ったでしょ! この橋はいつ壊れてもおかしくないって! 渡るのは危険だわ!」
そんなこと分かっている。
「でも、この状況を打開するには、つり橋を渡るしかない」
「行っても行っても霧ばかり、こんな橋の先に何があるっていうのよ!!」
「僕が元いた世界だよ」
「元いた、世界……?」
私はキリンに全てのことを話した。
私が本当がこのジャパリパークの住人ではないこと、つり橋を渡って人間の世界からこの世界に来たこと。全てを話した。
最初キリンは驚いたような顔していたが、どうやら信じてくれたようだ。
「意外だ。正直また嘘つき呼ばわりされるって思った」
「ずっと一緒にいたから分かるわよ。マスクが嘘をついているかどうかくらい」
そうか。だがこれで分かっただろ。私は行かなくちゃいかない。
「でも、そんな石ころを調べるために、わざわざ危険を冒さなくても……」
「石のことだけじゃない。かばんさんのこともだ」
元いた世界に戻れば、かばんさんを治す方法を探せる。確証は無いが、この時の私はそう思っていた。
「だったら私も!」
「ダメだ」
元いた世界にフレンズなんて連れて行ったら、それこそドッタンバッタン大騒ぎになる。
「……」
キリンが睨んでくるが、そんな顔をしてもダメなものはダメだ。
「それじゃあ行ってくる」
私がつり橋を渡ろうとした、その時だった。
「マスクー!!」
「マスクさーん」
私の偽名を呼ぶ2人。声の主はアライさんとフェネックだった。
「大変なのだマスク! パークの危機なのだ!!」
息を切らしながら、名言を叫ぶアライさん。
「アライさん、落ち着けって。フェネック、何があったんだ?」
興奮したアライさんから話を聞くのは難しいと判断した私は、フェネックから事情を聴くことにする。
「それがねー。フレンズ達のほとんどが亀裂に入っちゃって」
「……はい?」
一瞬、フェネックの言っている意味が理解できない私だった。
急いで町に戻る私とキリン。
亀裂の周りには、あの時と同じようにフレンズ達が集まっていた。
だが、あの時とは少し状況が異なっていた。
フレンズの数だ。あんなにたくさんいたのに、今は半分しかいない。
近くにいたフレンズに事情を聴くと、その半分のフレンズが亀裂に入っていったらしい。
ここは危険だから避難するように言ったのに。
「とにかく、皆を連れ戻さないと……。すまないが飛べる誰か、僕を地下に下ろしてくれ」
また鳥のフレンズに頼んで、地下空洞に下りる私、そしてアミメキリン。
空洞には情報どうりフレンズ達がいた。
私は一番近くにいたフレンズを捕まえる。
「おい、ここは危険だって言っただろう。早く上に戻るんだ」
「ちょっと仕事の邪魔しないでよ!!」
私の制止を振り払い、フレンズは行ってしまった。
「仕事……?」
私は辺りを見回してみる。
フレンズ達は発掘作業をしていた。しかも発掘しているのは、あの白い石だ。
「こらそこ! サボるんじゃない!!」
私とキリンを怒鳴る男の声。
……男?
おかしい、フレンズは皆メスのはずだ。男の声がするなんて。
私とキリンは怒鳴り声のした方を向く。
そこには中年の男がいた。
「おや、君達は初めて見る顔だね。そっちの君は……なるほど、君がマスクだな」
私は直感した。この男も私と同じ、外の世界から来た人間だ。
「フフ」
「なにが可笑しい?」
「いや失礼。マスクだなんて、なかなか面白い本名だと思ってね。そういうの、若い子はキラキラネームというらしいな」
「偽名に決まってるだろ。いやそんなことより……」
私は男を睨みつける。
「あんたか? フレンズ達をここに集めたのは」
「いかにも」
「あなた、どういうつもり!?」
私が問いただす前に、キリンが男に聞き始める。
「マスクが言ってたわ! ここは危険だって! それなのに……」
「黙れ、たかが動物風情が」
「なっ!」
キリンの怒りのボルテージが上がっていきそうになるので、私は彼女を自分の後ろに下げる。
「あんた、ここでフレンズ達に何をさせているんだ?」
「石だよ」
石? あの白い石のことか?
「あの石はレアメタルの中でも特に貴重なものでね。金よりも高く売れる。……どうやら以前ここにいた人間達も、隠れて発掘していたようだな」
「……あんた、地学に詳しそうだな。だったら、ここの地盤が緩んでいることも分かっているはずだろ」
「そうだな。私も一旦ここを離れるとしよう。……お前達! 私がいないからって仕事をサボるなよ!!」
『はい社長!!』
フレンズ達が一斉に返事をする。まるで完璧に統率された軍隊のようだった。
「自分は安全な所で踏ん反り返って、部下には危険な環境で働かせる。とんだブラック企業だな」
「彼女達はなかなかいい道具だよ。普通の人間より体力も能力もある」
「あんた、フレンズをなんだと思ってやがる……!」
フレンズを道具と呼ぶこの男に、私はイラっときた。
「古来より人間は動物を道具として利用し生きてきた。彼女は元々動物なのだろう? だったら、私が利用しても問題あるまい」
「ふざけるな! 彼女達は普通の動物じゃない! 今すぐやめさせろ!!」
「だったら、君が彼女達を止めてみるがいい。……だが君にできるかな? 君みたいな青二才に。マスクを着けなければまともに話すこともできない君に、他人を動かす力があるかな?」
全てを見透かしたような男の言葉に、返す言葉が私には無かった。
その時だった。
私は夢から覚めた。私はどりーむちほーからげんじつちほーに戻されたのだ。
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