第20話

 西の空がうっすらと明るくなりだした。午前四時過ぎの空は夜と朝を二つに分断し、まるで昨日と今日を選べる選択肢かのように私を見下ろす。

 もし戻れるなら、昨日に戻りたい。昨日に戻って、レンが私たちを二人っきりにさせるのを阻止したい。そうすれば、凛太くんが傷つくことも、レンがさらわれることも、私がこんな気持ちになることもなかったのに。

 レンは今頃どうしているのかな? 無事、凛太くんに助け出されてるのかな? それともまだ、恐怖と不安に苛まれているのかな? そうだったとしたら、私はもう耐えられないかもしれない。心を引き裂いて感情をめちゃくちゃにしてしまいたい。でも、そうしたってレンと凛太くんが無事に帰ってくるわけでもない。私にできること、それは凛太くんを信じること。でも、それって結局は……なんの手助けにもならない。力のない私はこうやって、一晩中、二人の帰りを待っていることしかできない。自分の非力さに飽き飽きする。

 西の空から朝を運んでたカラスが、街に朝の到来を告げている。

 おもむろにベランダに出て、塀に寄りかかり、黎明を眺める。

「私にできることってなんなんだろう?」

 ため息と同時に言葉が出た。すると、ふと空腹を感じた。そしてピンときた。

「料理だわ!」

 こうやって、二人の無事をただ祈っているだけじゃ何も始まらないじゃない。二人ともきっとお腹を空かしているはず。レンなんて、昨日の夕飯すら摂っていないことだし。

 二人が無事帰宅し、料理を口にし悦喜する様子を思い浮かべながら、気持ちを込めて私は丁寧に朝食を作りはじめた。

 レンはきっとフレンチトーストが食べたいっていうわ。凛太くんはバターたっぷりのプレーンオムレツ。でも、今から作ると冷めちゃうから、サラダとスープを作っておこう。

 そう思い立った私は、ジャガイモのスープを作るために蒸したジャガイモをミキサーにかけ、牛乳で煮込み、コンソメを入れた。

 サラダは食べやすいようにカットし、ゆで卵をスライスしてお皿に盛った。そんなことをしていると、もうすぐ二人が帰ってくるような気がして、私はフレンチトーストとオムレツの調理に取り掛かった。トースターに凛太くんのパンを入れ、フライパンでレンのフレンチトーストを焼き、

オムレツをひっくり返す。皿に盛り付け、いつも二人が座る席に並べたと同時にインターホンがなった。

 私は高鳴る鼓動を抑えつつ、インターホンへと意識をつなげる。

「かすみ、おれだよ。凛太」

 その言葉を聞いた瞬間、踊りだす心を押さえつけることなく、玄関へと走り、扉を開ける。

「凛太くん! レン!」

 そう叫びながら凛太くんを抱きしめた。

「ただいまっ、かすみ」

 凛太くんは優しく私の頭を撫でながらそう言った。

「かすみぃ~、かすみぃ~」 

 レンはまるで初めて歩いたときの赤ちゃんのような動きで、目をうるわせながら両手を垂直にして近づいてくる。

「レンっ、無事でよかった。本当に良かった。早く入ってっ。お腹すいてるでしょ。凛太くんも、早く早く」

 私は二人を家の中へ押し込むと、無理やりテーブルにつかせ、温かいスープを注ぎ、三人でいただきますをした。

 レンは早速フレンチトーストを口に頬張った。

「美味しいぃ~、おいじいぃ~よぉ~。甘いよ~ぅ、うえ~ん」

 口一杯にプレンチトーストを含みながら、レンは大粒の涙を流した。

「うん、うん。怖かったよね。痛いことされなかった? 変なことされなかった? 本当に……無事で……よかったよぉ~」

 優しくレンを慰めるつもりが、いつのまにか涙を堪えることができなくなり、子どもが泣くように、レンと身を寄せ合って泣いた。

 そんな私とレンの頭を凛太くんが優しくさすってくれた。そしてあたたかな表情で「二人とも、おれを信じてくれてありがとう」と言ってくれた。

「私の……唯一の親友を助けてくれて……ありがとうねっ、凛太くん」

「うん。無事でよかったよ。ほんと、二人ともおれなんかよりずっと年下に見えてきたよ。ははっ」

 そう言った凛太くんが急に成長したように感じた私は、少し彼という存在が遠のいたような気がした。優しく撫でてくれるその手が、とても大きく感じ、取り残されたような気持ちになってしまった。

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