第14話

 昼飯も食い終え、二人のショッピングに連れ回され、すっかり日が沈もうとしていた。おれの太ももはもうパンパンになっており、立っているだけでも疲労を感じる。

「ってなわけでっ、私は先に帰ってるからっ。あとは新婚さん二人でゆっくりイチャイチャしちゃって!」

 唐突にレンがそう言い放った。

「えっ? レン、どういうことなの?」

「私が居候してるせいで、存分にイチャイチャしてないでしょ? だからお邪魔虫は退散するから、イケるとこまでイっちゃいなってことだよっ。なんなら今日は帰ってこなくても私、気がつかないかもしれないわん」

 目を細め、少し卑猥な表情でレンがかすみの二の腕をツンツンしている。

「なぁっ! ちゃ、ちゃんと帰りますよっ。もう、レンってたまにおじさんぽくなるよね」

「ひっひっひ。ではでは~お楽しみくだされ~」

 そう言って、レンはかすみのマンションの方向に走っていった。

 レンは空気が読めないタイプの人間だと思っていたが、そうでもなかったらしい。

「レンったら、気を使ってくれてたのね。さっ、凛太くん。久しぶりに二人っきりになれたね。どこに行こっか?」

 かすみは目をキラキラと輝かせ、両手を軽くばたつかせながら笑顔で訊いた。

「そうだなぁ、時間も時間だし、とりあえず晩飯食いに行こう。そうだなぁ、ハンバーグが食べたいな。そのあとは、一年前のおれがかすみと行ったっていう高台の公園からの夜景を見てみたいな」

 かすみはクスッと肩を揺らして笑った。どうして笑ったのか、気になったが、その仕草がとても可愛かったので、後回しにすることにした。


 カスミと食べるとなんでも美味く感じた。ハンバーグを平らげたおれたちは、高台の公園から夜の街を見下ろしていた。

 赤や黄色、青く己を主張する小さな光たちは、夜空に散りばめられた星々よりも自由に輝いているようにみえる。そんな優しい景色は、左手に感じる温もりが助長しているかのようで、とても幻想的に見えた。

「凛太くんがここに来たいって言ったのって、去年の自分に嫉妬してるからだよね?」

「えっ、そ、そのっ。うん……なんでわかったの?」

「だって去年の凛太くんが、かにみそバーガーが好きだったって話したときだって、直ぐに買いに来たでしょ? 去年のおれはバカだったって言ったし」

「うん。なんか、記憶がないのってスッゲー不安なんだ。だっておれは実際にここへかすみと来るのは二回目なわけだろ? でも、おれにとってはこれが初めてなんだ。きっと、去年のおれはかすみとのキスだって、今年のおれよりたくさんしてるだろうし……」

 そう、おれはもっとかすみと触れ合っていたい。カスミとキスがしたい。ずっとかすみと寄り添って生きていきたい。そんなことを考えていたら、かすみがおれに向き合い、少し頬を赤らめ、視線をずらして言った。

「だったら、凛太くんは取り戻していいんだよ。去年の凛太くんより、たくさんキスしたって……その、いいよっ」

 こんなに照れているかすみを見たのは初めてだった。いつもは自分が年上だからって威張っているくせに、こんなモジモジした姿を見せられでもしたら……。

「かすみっ」

 おれはかすみを優しく抱き寄せ、かすみのハリのある柔らかな唇に唇を重ねた。瑞々しく温かい感触が、おれの思考を支配する。唇を離し、かすみを見つめた。かすみはおれの背中に両手を回し、おれの唇にかすみが唇を押し当てた。そしておれの髪を優しく撫で、おれの瞳を見つめて言った。

「凛太くんっ、大好きだよ。ずっとずっと一緒だからね」

 優しい笑顔でそう言ったかすみの唇を奪い、おれもかすみを見つめ「おれも大好きだっ」と言って、かすみを抱きしめた。

 こんな時間がいつまでも続くのだと信じていた。

 だが、五分と経たないうちに、それは妄想なのだと知らしめられたのだった。

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