第8話

「ここに居たのか」


 ロゼを追ってグランツが辿り着いたのは王宮にある庭園だった。

 日が傾き始めた夕暮れ、噴水は黄色い空と光に照らされ、まるで金粉のような飛沫をあげている。金色の輝きに照らされながら、ロゼはそこに立っていた。

 彼女は考え事をしているのか、憂鬱そうに水面を見つめている。


「変わったな、二人共。正直あのハニエル様がああも強くなられているとは思わなかった」


 グランツがそう言えば、ロゼは「ええ」と短い返事を返した。心ここに在らずといった空返事に、グランツはやれやれと肩をすくめてみせる。彼女の頭の中は、ハニエルのことでいっぱいなのだろう。


「七年前——」


 ロゼがゆっくりと口を開く。


「グランツ様が出国なされた後、私は一人王都を離れて僻地の警備隊に身を置いておりました」


「そうだったのか。ちなみにどの部隊に?」


「——エルトーツです」


 その部隊を聞いた時、グランツの表情が強張る。

 エルトーツ部隊。それはヴィクトリア大陸とサタリア大陸が最も接近する、エルトーツ地域を守護する部隊だ。つまり、国防の最前線である。


「主な活動内容は差別を逃れて海を渡ってきた難民の保護と、無謀な航海で命を落とし、流れ着いた亡骸の処理。それと、魔王討伐を掲げ、名声を得ようと上陸した侵入者の排除です」


 呆れ顔で語るロゼだったが、その目の奥には怒りの感情が読み取れた。彼女の瞳と同じ、赤く燃える激しい怒りだ。


「銃と呼ばれる強力な武器を持つ輩が多く、退けるのに苦労しました」


「私も他国へ渡って初めて目にしたが、火薬を用いた鉄の兵器は、魔術にも引けを取らないほど強力だ。よく生き延びたな」


 ヴィクトリア王国は魔術という特殊な文化が発展している一方で、鉄工業の発展は他国と比較すると著しく遅れている。鉄の船が往来する時代、未だ木製の船で航海しているのがこの国だった。

 その差は軍備においても顕著で、大砲や銃といった火薬兵器が普及していないのが現状である。


「ええ、彼らが銃を使うより早く斬り伏せましたから」


「お前の剣は速いと聞いていたが、なるほど納得がいったよ。エルトーツに居た者は皆腕利きの兵ばかりだからな」


「癖も強いですけどね。私の同期が一人王宮で働いておりますが、彼も変わっていますよ。普段は穏やかなんですけど、武器を持つと好戦的になるといいますか……。単

独行動が過ぎるので王宮に配属となりました」


 その話を皮切りに、ロゼはグランツに様々なことを語り始めた。

 食料に困って魔獣を食べようとしたこと、あまりに粗暴なので上官に怒られてしまったことなど、厳しくも楽しかった日々が彼女の口から次々と飛び出す。

 くるくると移り変わるロゼの表情は、昔のお転婆だった頃を思い出させた。


「それでその時——どうなさいました?」


「いや、こうして話しているとお前のお転婆具合は変わっていないなと思ってな」


「えーそんな……。私、小さい頃より大人しくなったつもりですよ! ……多分」


 自信なく肩を落とす彼女が面白くて、グランツは思わず失笑を漏らす。その様子を見たロゼは「笑わないでください!」とムキになったが、グランツが笑みを絶やすことはなかった。

 笑い声に同調するように鳥が鳴く。鳴き声に釣られて空を見上げれば、黄色い空はすっかり薄紫色に変わっていた。


「おお、すっかり日が暮れてしまったな」


 グランツが屋内に戻ろうと踵を返す。


「あの、グランツ様!」


 するとロゼが彼の大きな背中を呼び止めた。

 ゆっくりと振り返れば、彼女がなにかを言いたげな様子でもごもごと口を動かしている。そして少しまごついた後、しっかりとした口調で彼女は告げた。


「ハニエル様のことで協力して欲しいことがございます」


 彼女は真っ直ぐグランツを見据えていた。決意を秘めたその目に応じるように、彼はゆっくりと頷く。

 周囲は薄暗くなってきていたが、ロゼの紅玉の瞳は強い光を放っていた。


「話を聞こうか」


 グランツはロゼの元へと歩みを進める。風が冷たくなってきており、月が姿を現し始めていた。

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