5章
第1話
そこは鮮やかな花が見渡す限りに咲き誇っていた。
「ここは……。確か部屋に戻って寝たはずだったけど」
目覚めたハニエルは自分が先ほどまでなにをしていたか思い返していく。
あのあと庭園から自室に戻った彼は、仕事を少し進めると就寝した。時刻は十時を過ぎたあたりだっただろうか。いつも通りの時間、いつもと同じように過ごしていただけだ。
「もしかして、夢?」
そう思い頬をつねってみる。痛みはない。
「夢じゃないのか」
「いいえ、夢ですよ」
それは聞き覚えのある声だった。以前夢の中で聞いたあの青年の声だ。
「正確に言うと半分夢で半分現実、と言った方が正しいでしょうか。僕の力とハニエル様の魔力を媒介に作り上げた空間です」
「僕の魔力?」
そう言うとハニエルは指先に魔力を集中させる。すると小さな炎が発生した。
魔力に違和感はなく、感覚もいつも通りだ。
「本様は僕の力だけで術が使えれば良かったのですが……。やはり魔術は難しいですね。おかげで自分の姿も不完全です」
碧く周囲が輝くと、そこには淡く光る人型のなにかがあった。青年の声はそこから聞こえる。
顔の造形はおろか、色もなにもわからないその人型を見て、ハニエルはなるほどと頷く。まさしく不完全と言える成りだった。
「顔が見えないのは残念だよ」
「こちらからもあなたの顔は見えておりません。左右の目の色が違っていると聞いていますが、拝見出来なくて残念です」
心底落胆した様子でその人型は言うと、肩をすくめて見せた。
ハニエルはそれを見て彼がどんな表情をしているのか察すると、同じように肩をすくめて困ったように笑ってみせる。
「見ても面白くないよ。片方の目には魔王が封印されているしね」
呆れた様子で呟けば、左目がわずかに疼いた気がした。
ハニエルの頬を汗が伝っていく。声だけ聞けば彼は平穏そのものだが、その実表情は固い。
相手はハニエルの顔が見えていないと言ったが、見られていなくて良かったと安堵していた。
(なんだ、この力……)
ハニエルは恐れを抱いていた。その感情は彼自身も驚くほどだった。
人型から感じられる力はあの白い化け物と同じだった。しかしその力の強さは……比べるまでもないだろう。
「自己紹介がまだでしたね。僕の名前はオリアス。リ=サナ教団の代表を務めています」
「リ=サナ教団?」
「ヴィクトリアでは馴染みがないと思います。僕は国外の人間ですから」
オリアスと名乗るこの人型はやはり国外の人間だった。
ミラージュと話していた内容が思い出される。やはりハニエルの読みは当たっていたのだ。
オリアスは続ける。
「あなたもご存知のはずです。魔力を持つ者、紫の瞳を持つ者が苦しい立場にあることを」
「知ってるよ。だからこそこの国は拒まない。生きる場所がなくなった人々の、最後の希望だからね」
世界は魔王を恐れていた。それは今も昔も変わってはいない。
新ヴィクトリア王国は特異な国である。魔王が国を治めているのだ、魔力に対する偏見もない。
しかしそれは言い換えると、その他の国では偏見はあって当然だという意味だった。
——魔王の力、魔力。それを持つ者は魔王の配下だと言われ、魔獣と同等の扱いを受ける。……つまり、迫害されるのだ。
さらに紫目の人間が魔力を持つ場合が多く、魔王の色という理由も相俟ってその色を持つ人々は魔力の有無に関わらず差別を受けていた。
新ヴィクトリア王国はそんな人々を受け入れる、まさに最後の砦となっていた。
「リ=サナ教団は迫害や紛争、時には各地で奴隷として売られた人々を救う活動を行っています。教団の代表として、まずはこの新ヴィクトリア王国の方針に感謝と敬意を表します」
そう言うとオリアスは深々と頭を下げた。
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