第3話
見透かしたように美しい紫の両眼がハニエルを見つめている。
ハニエルが呟いた。
「お師匠様があっさりと魔力とは異なる力だと認めてしまったものですからびっくりして……」
「ここにはアタシとあなたしかいないわけだし、何を言おうと大丈夫でしょう。ただ無闇に口外しない方が良さそうね。混乱につながるから」
「ね?」と笑う彼女は少女のように無邪気な笑みで、ハニエルはそんなミラージュを見ると小さく吹き出した。
「師匠と話していると、つい気が緩んでしまいますよ。……そうですか、やはりあの力は魔力ではないのですね」
「アタシが感じた限りでは違うわ。そもそもハニエル、あなたほどの魔術師が間近で対峙したのでしょう? アタシよりよっぽど状況を理解しているはずよ」
「買い被り過ぎですよ師匠。僕は目の前の化け物を退治するのに必死で、そこまで冷静ではありませんでしたから」
自嘲気味にハニエルは笑う。しかし、口ではそう語ったもののなにも見ていなかったわけではなく、彼は自身が見聞きして気が付いたことを話し始めた。
「碧い力に、鞍を乗せた化け物ねぇ……」
「僕が見た限り、あれは恐らく魔王の力に反応しています」
昨日、ハニエルが魔力を帯びた際に化け物は大きく反応していた。そして、魔王の術を使用する際にも。
「あなたを狙っていた?」
「それは今となってはなんとも……。潰してしまったので」
「容赦ないわね」
「僕は死ぬわけにはいかないので。害があると判断すれば加減なんてしませんよ」
自分の命が自分だけのものではないことをハニエルはよくわかっていた。彼は自身の命を守るためなら他者の犠牲も厭わない。たとえ相手が同じ人間であっても、だ。
夢の中で聞いたあの声が思い出される。
彼は化け物の先にあるものを見据えていた。
「あの化け物が自発的に考えて魔王を襲ったとは考えにくいです。鞍を背負っていたという事実から鑑みても、あれを僕に仕向けた人物が居ると考えるのが妥当でしょう。場合によっては相手を討たなければなりません」
そう語るハニエルの声は厳しい。
それに対し、ミラージュは探るような視線を向けながら言った。
「とても素晴らしい考察だと思うわ。だけどハニエルよく考えて。ことが発生したのは昨日よ? 化け物の正体がなにかもわかっていないのに、背後に暗躍している人物が居ると考えるのは少し早いんじゃない? それとも——」
ミラージュはひと呼吸置くとハニエルの心臓を指で突つく。綺麗に整えられた爪が服に食い込みしわを作った。彼女の爪には紫色の塗料が塗られており、艶やかな色がハニエルの目を引く。
「他に心当たりでもあるのかしら?」
不敵に微笑むと彼女はそう告げた。
ミラージュにはハニエルが焦っているように思えた。慎重な彼にしては珍しく結論を出すのが早い。しかもその内容は極めて物騒で、他人を傷つけることを嫌う彼の気性を考えると違和感があった。
射抜くような視線を向ければハニエルが押し黙る。その反応は、ミラージュの質問内容を肯定していた。
「やはり師匠には敵わないですね」
ハニエルは諦めたように肩をすくめると両手を上げて宙を仰ぐ。
——さて、どこから話そうか。
碧い色。それがハニエルの脳裏を過ぎ去っていく。心当たりは、彼が眠ってい
る時間にあった。
しかし同時に考える。あれはあくまで夢の中の出来事だ。魔王による嫌がらせのおかげで、疲弊していたハニエルが生み出した都合の良い幻覚の可能性だって否定出来ない。
ミラージュは考え込む彼をじっと見ていた。急かすことはない。
しばし間を置いてハニエルが口を開いた。
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