第四章⑨
あの日以降。俺は学校に行かず、引きこもり、ニートになった。
俺の抱いていたものは、皆仲良くなれるなんて想いは、全て幻想だった。いや、そう思い込むことで、俺は自分の心の均衡を保っていただけなのかもしれない。
自分の努力が足りないんだと。
自分が頑張れば、きっと全てうまくいくんだと。
そう思い込みたいだけだったんだろう。
そしてその想いも、砂浜に作った山を波がさらっていくように、砂場に築いた城を悪ガキがあっけなく踏み潰すように、粉微塵に砕かれた。
あの日の出来事は、あいつらにとって、悪ガキ同士がじゃれあうような、ただの遊びのつもりだったのかもしれない。
それでも、あいつらにも、中学生なら善と悪の区別くらい付いたはずだ。
ニュースではやたらと子供と大人を明確に分けたがるが、俺が子供だった頃は、小学生でも、何をやっても良いのか、何をしたらいけないのか、その分別はもう付いていたし、それは他の同学年の子供だって同じだった。
大人が無駄に威厳を振りかざしたいだけなのかは知らないが、子供だからまだ分別がつかない、なんて言い訳が許されるはずがない。大人に見つからないように、理性的に、計画的にいじめを行っていた奴らが、許されていいはずなんかない。
少なくとも、笑いながら俺の背中を打ち続けたあいつらが、許されていいはずなんかないっ!
そしてそうした想いを、山本も感じているのだろう。
俺の話を、山本はただじっ、と身じろぎ一つせずに聞いていた。
山本は、俺に引きこもった原因をクラスメイトにラジコンが壊されたと言っていた。
だが、あの言葉の裏には、もっと壮絶なエピソードがあったはずだ。
それは、ラジコンが壊された時に起きたことかもしれない。
それは、ラジコンが壊されたと親に知られた時に起きたことかもしれない。
それは、何故山本がラジコンを学校にもって行かなければならなかったのかということに関係することなのかもしれない。
だが、それはきっと山本の口から進んで語られることはないだろう。
たった今話し終えたばかりの俺だから、分かる。
あの日、俺がニートになった直接の原因を思い出して誰かに語るのは、本当に、言葉通り、この身が引き裂かれそうなほどの激痛を、全身が襲うのだ。
それこそ、俺が今背中に負った傷の痛みを、一瞬でも忘れるほどの激痛が。
そんな思いをしてまで、思い出したい、話したいことではないのだ。
だからこそ、俺たちは引きこもったのだ。ニートになったのだ。あの痛みから、それを与えようとする『暗闇』から、逃げ出したのだ。
ネット上でなら、顔を見ないなら、『暗闇』に触れずに済むのなら、まだ誰かとつながれるだろう。
しかし、それでも俺は、『暗闇(他人)』が怖かった。そして山本も同じなのだろう。引きこもり、ニートになった俺たちは、自分を傷つけることのない楽園に、妄想へとのめり込んで行く。
すなわち、二次元に。
俺が今まで狩ってきたニートの部屋のポスターや抱き枕を見て、螢樹たちには分からなかった美少女ゲームのものかバーチャルアイドルのものか見分けが付いたのは何故か?
棚に並べられたアニメのDVDやブルーレイのタイトルを見て、そのあらすじがすらすら出てきた理由は?
それは、俺がニートだったときにひたすら搾取し続けたものだからだ。
和枝や野口に怒りを感じたのも、ニート(もう一人の俺)を食い物にしようとしているのを許せなかったからだ。
いやそれどころか、世の中のさも『自分たちは弱いんだ』という面をしているやつら全てが許せない。
自分たちが、さも守られて当然、か弱い存在だと思っているやつらが許せない。
弱い者の仮面を被り、自分より強い人に、あなたは強いんだから、俺たち私たちに優しくしなさいと平然と迫る姿に、怖気を覚える。
俺たち(ニート)を食いつぶしたくせに、蹴落としたくせに、こんな『暗闇』の中に平気な顔をして、いや、笑いながら突き落としたくせに、よくもそんなことが出来たものだ!
彼らは弱くなんかない。俺たちを糧に、弱者面してさらに自分よりも強い存在に食らいつこうとする、強かな存在だ。
本当に弱いのは、部屋に押し込まれ、ただ貪り食われるだけの、俺たち(ニート)だ。
だから俺は、ニート狩りをしているのだ。
「こっちから世界を、拒絶したつもりでも、ニートはニートでいる限り、その方が都合のいいやつらに、食い物にされる」
そこにいても、未来はないから。
だからどうしても、彼らには外に出てもらいたいのだ。
だから。
「外に、出てくれ。働いてくれ」
山本に向かって、俺はつぶやいた。知らず知らずのうちに、俺は山本の服を握り締めていた。
「た、確かに、ニートを辞めて、今仕事をしているあなたを、ぼ、僕は尊敬しています。素晴らしいと思います。き、きっと、あなたが正しいんでしょう」
山本は、そこで初めて、しっかりと俺の目を見て話してくれた。俺の言葉に、賛同してくれた。
そして。
「だけど、じじじ自分がニートを辞めれたからって、それを僕に求めるなよ! ほ、他のニートに、求めるな!」
そして、俺を突き放す言葉を投げつけた。
「あ、あなたがニートを辞めれても、ほ他のニートとは違うからだろ。あな、あなたが特別なんだ! だから、あなたはニートを辞めることが出来たんだ! あなたは、あなたが言った、つ、強い人なんだ。強者なんだっ!」
確かに、今の山本から見たら、俺はそう見えるのかもしれない。実際に今、俺は山本と違い、働いている。社会に復帰している。『暗闇』と、つながりを持っている。
でも。
「……違う」
違うんだ。俺は辛うじて、そういうことしか出来ない。俺たちは、同じなんだ。同じなんだよ!
それでも、山本は俺を突き放す。
「な、何が違うんだよっ! だだだだったら、あなたが強くないのなら、どうやってニートを辞めたんだっ!」
その言葉に、俺はこう返した。
「俺だって、ニートを続けられたなら、続けていたかったさっ!」
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