王女と勇者2
「───今……なんと言いましたか?」
勇者エイトが放った言葉に、リーエルはその眼を鋭く細める。
知人、というより既に友達という交友関係を結んでいる伽凛を旅の同行者として連れていきたいという、エイトの要望に、微かな焦りが生まれた。
「え? ですからそのカリンという賢者の子に、あなたが言っていた世界を救う旅に同行してもらえるなら僕は喜んで行きましょう……と言いましたが?」
「何故カリンさんを? ……理由はございますか?」
ほんの少しだけ、焦燥を悟れないように拳に力を入れた。
カリンさんのような素晴らしい女性をあなたのような下劣な性獣の旅に同行させるなど……言語道断ですね
この質問の返答次第ではこの男への評価を底辺から最底辺に引き下げるつもりで、一応理由を聞いてみる。
「それは……まぁそうですね。というか、先程言ったじゃないですか。治癒魔法に優秀な子が旅に同行してもらえばこちらとしては安心なんですよ」
違う。そのような上辺だけの理由を聞いているのではない。
リーエルは内心、伽凛を同行させる本当の理由を感付いているため、今すぐにでも魔法を展開をさせて、自らの口で理由を吐かせたいと思っていた。
「ええ、その理由はもう聞きました。その他にカリンさんを同行させたい理由とはなんですかと聞いてるんです」
「はい……? その他の理由? そんなのないに決まって───」
「───失礼ですが、流石に王国側からしても、カリンさんのような、数少ない優れた治癒魔法を使役しながらも、賢者という聖職者の中で上級の職業に就いている人材を、そうやすやすと渡すわけにもいかないのです」
言葉を遮り、相手に思考をさせない。
そうしてボロを出させれば儲けものであるし、表情や姿勢、動きに不審なものが見れれば、その発言は虚偽な場合の確率が高いと予想できるのだ。
「それはあなた方の個人としての都合でしょう? 僕は魔王を倒す旅に出るんですよ? そんな危険な旅に、僕が安心して背中を任せられる仲間を連れていくのは常識でしょう」
「……カリンさんはあなたと違い、この世界に来て一ヶ月という、まだ旅に出させるには余りにも早計と言える経験値かつ、精神的にもまだまだ不安なことが沢山ある時期なんですよ。こんなことを言うのも失礼ですが、そんな不安分子を多く抱えるカリンさんに、あなたは果たして本当に背中を任せられるでしょうか?」
正当な理由を多く並べると、エイトはそれに、少しだけ痛いところを突かれたのか、眉間をピクリと動かし、反応させる。
「任せられます。実際、あの子は初戦闘で、ボルズ公爵や戦闘で負傷した兵士を救ってみせたという、優秀な戦果を挙げてみせました。僕はその功績を買い、その結果を踏まえた上で、峯崎 伽凛さんを旅に連れていける人材だと判断したんです───」
しかし、あくまでも突き通すつもりなのか、不振がられないよう早々に言葉を並べた。
そんなエイトに、リーエルは滑稽に思いながら、長い嘆息を着くと、そのエメラルドを彷彿とさせる綺麗な碧眼を鋭く細め、止めとばかりにこう言い放った。
「──いい加減に、本音を吐いたらどうです?」
「はい? 本音を吐く? 意味がわからないんですけど」
「エイト・テンジョウ……旅に出る以上、あなたがカリンさんのことを先導していかなければ、とてもではありませんが道中で行き詰まることは明白なんです。旅とは、互いに明確な力量や要領、性格等を理解していなければ、僅かな失敗でも命取りになる戦闘面に支障きたし、本当に過酷な旅に、更に心労という、精神面にも重荷がかかり、結果として士気が低下してしまう等の非常事態を引き起こしてしまうのですよ。なので、最もな理由としての治癒魔法の他に……カリンさんの力量や内面を現時点で本当に理解しているかを、幾度も交流してきた私が直々に、この場で確認致しますので───何故同行させたいかの詳細な理由をお聞かせください。納得のいく理由が聞ければ、私は快くカリンさんへあなたとの旅へ行くことを進言しておきますが──」
「……っ」
そこで、エイトは言い淀む。
表情は何処か、リーエルからの忠告のような、刺のあるような説明を交えた質問に対して鬱陶しく思っているように、奥歯を強く噛んでいるように感じる。
「───ただし、もし納得のいかない不純な理由だったのならば、私の大切な仲間を汚そうとしたことによって、その時は本気であなたを『敵』と見なします」
「……もう見なしてるのでは?」
「どうしたんですか? 話を逸らさないで頂きたいのですが。まさかとは思いますが、容姿が整っているから、という安直な理由ではありませんよね?」
「…………そんな訳ありませんよ」
「ですよね。流石に無いですよね……それで──考える時間があると思いでしょうが、そのようなものはありませんよ? 早く私の質問に答えてくれませんか?」
エイトに、伽凛を旅に同行させる理由として、治癒魔法に優れていて、安心して戦えるからというものがあったとしても、リーエルにはエイトにその理由以外に他意があるのを、これまでのエイトの言動から見抜いていた。
恐らく、道中で能力に大きく差がある伽凛へ、乱暴する気だったのだろう。
そう決定付けるには理由がある。
つい最近のことだ。
それは、エイトの部屋を通りすぎる度に、部屋から何かを殴打する鈍い音と、悲鳴が微かに聞こえてくるらしく、女子に暴力を振るっているのではないかという、生徒からの報告書が、生徒会に届いたのだ。
見たときは正直驚いたが、このような報告書を会長であるエイトが発見すると、必ず隠蔽するだろうと思ったので、直ぐ様保管しておいたのだ。
とりあえず、今やその報告書は十枚に下らず、最近のエイトは連れ込んだ女子に暴力を振るいことで得るその悦びに目覚めた可能性が高いのだ。
真っ当な理由をこの場で並べて見せたとしても、当然、友人として伽凛をそのような狂人と一緒にさせるわけにはいかないため、リーエルは断固否定する姿勢を貫き通すつもりでいる。
「……」
何か考えているようだが、こちらは断固否定するつもりであるため、元々この話はあるように見えてないものだ。
いい加減、話に飽きてきましたし、そもそも一緒に居たくもないので、そろそろ終わりにしましょうか
「……もう良いでしょう。実に滑稽ですよ。勇者ともあろう人がここまで欲望に飢えていたなんて、笑うを通り越して呆れるほどです。はぁ……どうしてあなたが召喚されたのでしょうか。シュンさんの方が国としても、私個人としても良かったのに」
「……誰ですか? そいつ」
おっと、口が滑ってしまったと、リーエルは内心思ったが、彼を諦めさせるために、このまま駿を引き合いに出す。
「あなたよりも余程魅力があり、強いお方ですよ。事実、あなたが見初めたカリンさんは、シュンさんに強い想いを抱いてます。あなたがどれほど足掻いたとしても、カリンさんはシュンさんの側から離れようとはしないでしょうね。結論から言えば、あなたは勇者という職業と能力以外、全てにおいてシュンさんに負けており、カリンさんは絶対にあなたに振り向かないということです。憐れですね、勇者」
「へぇ……」
怒り心頭のようで、先程までの澄ました顔という仮面は、すっかりと剥がれており、さぞ自分が見知らぬ男に負けたことに、心に渦巻く駿に対しての憎悪を噛み締めていた。
涼しい表情でエイトを見ながら、自ら紅茶を注ぎ、啜ったリーエルは、眼を瞑って、この論争を終わらせる。
「あら、悔しいんですか? 勇者。自業自得とは正にこの事を言うのを目の当たりにしました。そういえば理由はもう良いのでしょうか? ……いや、もう決まったも同然ですね。再び言いますが、あなたにカリンさんを任せることは出来ません。ということで話は終わりですね。失礼しました」
空になったカップを傷物を扱うかのように、静かに、そして優雅に置いたリーエルは、淑女の品を窺わせる綺麗な姿勢のまま立ち上がって、扉に向かう。
そして、ドアノブに手をかけ──
「──紅茶、美味しかったですよ」
と、そんな一言を言い残し、茫然としているより、沈黙している勇者を尻目に、その部屋を後にするのだった。
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