ボッチ、気遣いして、気遣いし返させられる

 真剣にルリアのことを応援しているリーゼを横目にしていると


「「「「わぁあああああああああああああああああ!!───」」」」


 観客席に居る生徒たちの歓声が、また膨れ上がった。


 ルリアが入場した時に比べて規模は小さいものの、それでも鼓膜に響く程の大音量だ。


「……? あの、リーゼさん。今入場してきた対戦相手のこと教えてくれませんか?」


 そんな歓声の大きさに、入場してきたルリアの相手も、ある程度有名所なのかと疑問を抱いたため、入場してきた一人の女子生徒のことリーゼに質問する。


「クァーリー・レストさんという私の同級生です。学園内序列は19位で、主にダガーに魔法を付与(エンチャント)して戦う近接格闘を得意としています。特に速さがありますね」


「へぇ……」


「この頃の勝率は高い方に維持しているので、好調のようですが……ルリア様には敵いませんよ」


「え? どうしてですか?」


「ふふ……説明するより、見た方が分かると思います」


 首を傾げた駿に対して、リーゼは片目をウィンクしながら微笑んで、そう誤魔化された


「……っ」


くっ……可愛いっ! 逆らえない!


 そう苦笑していると、「コンドウさん。始まりますよ?」と促されたので、ここは不服ながらも従うことにする。


 試合開始前の向かい合っている二人を見ると、それぞれ準備しているみたいだった。


 レストというルリアの対戦相手は、ダガーをゆっくりと取り出し、口を小さく動かすと、足元に赤い魔法陣が現れて輝きを放ち始めた。


 数秒間、ダガーを自身の横に突きだしていたが、段々と魔法陣から放出されている赤く煌めく粒子状のものがダガーの刀身に集光する。


「……ほぉ」


ファイヤーソード、いや……ファイヤーダガーと言った方が良いのか? にしてもマジでカッケーなおい。俺もやりたいぞ! 魔法剣って浪漫だわ! 


 といっても、駿は多分出来ると思っていた。


 ボルズ公屋敷襲撃のとき、実際闇属性を剣へと付与(エンチャント)している。


 恐らく世界でもトップクラスの実力を誇る魔法剣士であるアリシアから、魔法と剣を同時に行使しながら戦うタイプがダークナイトと同じということで、色々と魔法のことを教えてもらった。


まぁ大体が剣術と体作りだったんだけど……


 あの一ヶ月の訓練のことを思い出しながら、思い出したくない地獄級の訓練のことをその場に吐き捨てるように鼻で軽く笑っていると、ふとルリアの方を注目してみる。



「……」






「なんかパラパラ捲ってるな……」


 見ていると、駿は何だか疑問を抱いてしまう。


 何故かというと、これから始まる試合に向けてダガーに火属性を付与(エンチャント)し、準備をしている対戦相手に対し、ルリアは涼しい表情で魔術書を開き、数ページを高速で捲ったあと、また閉じているのを繰り返していたのだ。


「うーん……」


まさかあのパラパラ捲っている間に速読して魔術書の内容を確認しているというのだろうか……

 

 ルリアからは何処と無く秀才の雰囲気を感じていた駿は、ルリアの今起こしている行動についてそう考察したものの、次にはそれを否定するように眉を狭めた。


「───いや。もしかしたらルーティンかもしれないな……」


ほら、よくテニスとか卓球のサーブのとき二三回ボールをコートにバウンドさせたりしてるじゃん。あの要領でページをパラパラと捲ることで心を落ち着かせているのかも…………は流石に考えすぎかな?


 駿は集中を高めるためのルーティンという解釈はしたが、やはり少し不安に思うのは相手のように付与(エンチャント)のように魔法を使って自身の強化などの準備をしているのかだが、ルリアの普段のような可憐な微笑を浮かばさているような優しい表情ではなく、今は無表情───そして、どこか冷たいあの深く青い瞳を見れば、試合に取り組む姿勢は真剣そのものということが分かるので、既に準備は整っているのだろうと思うことにした。


「……おぉ」


 少し今のルリアが周囲に漂わせている凍てつくような雰囲気に、というより普段のルリアしか知らない駿にとって今のルリアは別人そのものと言えるそれなので、畏怖をしている。


「ふぅ……」


 一方、隣に座っているリーゼは、少し両腕を交互に少し擦りながら、不意に天を仰いでいた。


……ここが日陰ということもあるでしょうが、それにしても冷えてきましたね


 空には、雲に見え隠れする後二時間もすれば地平線に沈んでいく太陽。


 座っている途中から肌寒さを感じ、我慢していたリーゼだったが、先程のようについ息をゆっくりと吐き出してしまっていた。

 

 秋の中旬。夏による残暑もすっかりと無くなり、乾いた空気と風、朝と夕方になると冷え込むそんな季節のなか、確かに制服だけでは肌寒さを感じてしまうだろう。


 たまに吹き込んでくるそよぎ風が、より体温を奪っていくように感じた。


 それは多分、ここに試合を見に来ている皆も、駿も同じことだろう。


 そう思い、隣に目を向けてみると、つい怪訝な表情になっていた。


「───? コンドウさん……? どうかしたんですか? ……どこか顔色が宜しくないようですが」


 そんな苦そうな表情になってしまった駿の変化に気付いたのか、つかさずに心配して聞いてきたリーゼに、優しいんだなと密かに思いながらも、笑って返答する。


「あ、いえ。大丈夫です。リーゼさんこそ大丈夫ですか? 座っている場所丁度入口の日陰で、いかも夕方ということもあり少し肌寒いと思うのですが」


流石にルリアさんが少し怖く思ったなんて言えないからな……


「ぁ…………い、いえ」


 風が少し強く、夕方で日陰ということもあり、そこに長く座っているため肌寒いのではないかという駿からの気遣い。


 リーゼはまさか、顔色が何処か優れなかった駿へ気遣いした直後に逆に気遣いし返されたことに少し驚きながらも、首を横に振った。


「いや、日向(ひなた)にいる俺でさえ今少し寒く思っているくらいですから、日陰に居るリーゼさんの寒さは相当なものでしょう。しかも通路の入口の近くですので、度々風が当たってると思います。ほら、リーゼさん場所交換しましょう」


「だ、大丈夫ですよ。多少の肌寒さは感じてますがそれまでですから」


「……? そうですか? じゃあ俺が寒がりということですかね?」


「そういうことなんでしょうかね……」


「…………なるほど。すみません、余計なことでしたね」


「い、いえっ! 御気遣いありがとうございました」


「……」


「……」



 互いに理由は違えど、気遣いをし合って、どちらか一方が遠慮したことによりすべてが空振りに終わってしまったのか、少し気まずくなってしまったその時 



「───只今(ただいま)より、魔術学園校内戦開幕試合。第三学年四組、クァーリー・レスト対第三学年一組ルリア・シリウス・ボルズの試合をここに始める。双方、全力を以て闘いなさい───それでは、試合開始!」





 試合が始まった。



 


 



  

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