ボッチ、人に道を聞いてみた

 大きな校門を通って数分ほど歩くと、昇降口に辿り着く。


 ───魔術学園は『学区』という魔術学園を取り囲む街とは、また雰囲気が違っていた。


 簡単に比べるとすれば、『学区』は比較的物静かで、魔術学園は学びの園であり、生徒達が大勢居るためか、比較的騒がしい。


 しかも、ジャックからの話で小耳に挟んだ、『校内戦』という催しが現在開催中なためか、幾分か増し増しに周りの生徒達の会話が楽しそうに感じられた。


 また、全体的に浮き足立っているのも少々感じられるなか、駿はルリアとの、『試合を見に行く』という約束を果たすために、早速ルリアが試合をする予定の会場を人に聞いて特定し始める。



見たところ......ヤンキーっぽいやつは居ないな


 人の第一印象は容姿である。


 特に駿は (そういう奴等との苦い)実体験があるので、余り見てくれが悪い奴とは関わりたくない。


 というか、日本人で茶髪や金髪にしている人がいるが、大体が似合ってないと、いやダセェと昔から思っている駿である。


 唯一金髪や茶髪が似合ってる人が居るのとすれば、あの 伸びしろですねぇ! という(本当に言ってるのか知らないが)言葉でお馴染みのサッカー選手ぐらいだと思う。


 一先ず、周りには見てくれが善良そうな生徒ばかりなので、ここらを中心に聞き回っていきたい。


「───すみません。聞きたいことがあるんですけど......」


 最初に声をかけたのは、大きい伊達眼鏡が特徴的な、如何にも文化系の男子。


「......なんだ?」


 勿論、急ぎ足ではないことを確認した上で声をかけたつもりだったのだが、少し無愛想な返事をされた。


 良くあるツンツンして最後にデレな人かな? と思いながら、某ハンバーガー店でお馴染み、マッ○のスマイル下さいという注文をされた (実際少ないんだろうけど)店員ばりの鮮やかな営業スマイルを繰り出す。


「止まってくれてありがとうございます。実は今日、友人が試合に出るみたいで、見に来てくれと頼まれたので、ここに来てみたは良いんですが......何分(なにぶん)、ここに来たのは初めてで道が分からないんです」


「......なるほど。つまりその友人が出場する試合の会場は何処だと聞きたいのか?」


「はい」


流石見た目だけでオール5取ってそうな男だ。理解が早くて助かる


 伊達眼鏡文化系男子は少し黙考し、「して、その友人の名というのは?」と落ち着いた声で聞いてきた。


「───はい。ルリア・シリウス・ボルズ様という貴族の方なんですが......」


「............なに?」


「え? だからルリア・シリウス・ボルズ様という貴族の方なんですけど......」


「......」


「............へ?」


 名前を出した瞬間、押し黙ってしまい、明らかに雰囲気が変わった目の前の伊達眼鏡文化系男子。


 怪訝な顔して


「あの、どうしたんですか?」


 と、聞くと。


「───......のか」


「はい?」 


 ボソボソと何か言われたので、聞き取れるように出来るだけ耳を近付ける。


「あの......」


「くっ......」


 先程までの話しやすく、微妙だが丁度良かった話しやすい距離感でやり取りしていた二人の姿が、風前の灯のように、もう薄れかけている。


 これは駿のせいだろうか。


 それとも伊達眼鏡文化系男子のせいだろうか。


 原因が不明である。


「あの......何か気に障ることいいましたか?」


 とりあえず、日本人の多くが専売特許としている『空気を読む』を実行し、会話の流れ的に自分が原因であることを前提とした質問を投げ掛けると


「───自慢したいのかぁッ!?」


 と、いきなり意味不明な言葉で叫び返される。


「........................はっ?」


 思わず、間を沢山空けて、その間を活用して一応は考えてはみたものの、いきなり思い当たらないことを叫び返されてしまったのが原因なのか、錯乱してしまっている心のままで正常に考えられるわけでもなく、上擦りながらも呆けた声でそう聞き返してしまう。


 その上擦った声が、相手には舐められたと思われたのか、激昂される。


「何が、はっ? だぁッ! 本当は......本当は分かってる癖にぃ!? あのいつぞやの澄み渡るような快晴の大空を思わせるような美しき青の長髪......! 貴族という地位であり......しかも彼(か)の『五貴族』の令嬢ながら平民など関係なく分け隔てなく接する器の広さ......! 学園屈指の美貌の持ち主かつ、『勇者』というたらしの魔の手から王女の他に唯一はね除けたという強い信念の持ち主であると共に、学園内序列五位という強さ......!───」


「......」


......なんか自分の世界に入っちゃってるぞこの人。というか声が大きいなぁ......ほら。このせいでどんどん人が集まってきてるぞ


 また門番の一件みたいに野次馬達に囲まれるとは思いもしなかった。


「そんな至高の御方と君が友人であるとぉ!? 君は僕にそれを自慢したいがために道を聞いてきたんじゃないのかぁ!」


「あのぅ......」


「うるさいっ! さっさと僕の前から立ち去るがいい。そして二度とその醜い顔を見せるな!」


 かなり興奮しているのか、杖を此方に突き付けてきた。

 

「お、おいおい......」


門番といいあの眼鏡くんといい......魔術師ってもんはなんで人の話を聞かないのか......


 条件反射でホールドアップしながら、伊達眼鏡文化系男子の命令された通りに立ち去ることにした。








 あれから数分。


 今度はあの伊達眼鏡文化系男子のような事態にはしないように、友人という情報は伏せて、あくまで観客としてルリアの試合を観に行きたいのだが、会場はどこだろうかと近くのエメラルドの髪色が特徴的な善良そうな女子生徒に聞くと


「───ルリア様の試合なら、第四実技会場ですよ」


 と、快く教えてくれた。


やっぱり男子は使い物にならん。女子はしっかり者が多く居て助かる......


 そして今は、実はその女子もルリアの試合を見に行く予定だったそうで、案内がてら、一緒に向かっている途中だった。




「あ、そうでした。名前教えてくれませんか?」


 此方の世界での今頃の女子の話題など知り得ないので、見当たり次第に色々な学園内の設備を質問し、その度に丁寧な説明を返してくれながら二人して歩いていると、思い出したようにその女子は質問してきた。


「そういえば名乗ってませんでしたね。俺はシュン・コンドウと申します。東方から来た流浪の旅人です」


 黒髪という特徴を利用して、それっぽいことを情報に付け加える。


「へぇ、東方から。確かに髪と目が黒いですからね......あ、私はリーゼ・フローレと申します」


「ふーん......あ、リーゼさんってもしかして貴族ですか?」


「はい。フローレ家の一人娘です。......どうしてお分かりで?」


「え? ま、まぁその......雰囲気と言いますか......リーゼさん、結構清楚な振る舞いをされるので......」


しかも綺麗だし......ってかマジでこの世界って美女美少女しかいないのかよ?


 駿がそう言うと、リーゼは驚いた風に少し目を見張った。


「? どうしたんですか?」


「あっ......い、いいえっ。なんでも......」


「そうですか」


 その後、順に話していくと、どうやらリーゼとルリアの関係は小さい頃から現在まで、姉妹のような関係なんだそうだ。


 フローレ家はボルズ公爵家の分家みたいなもので、家同士の関わりも親しいものだとリーゼは語った。


 基本的に、リーゼを咎めるのがルリアで、立ち位置的にはルリアが姉の役割、リーゼが妹の役割のようらしい。


 苦笑気味でその関係の立ち位置を教えてくれるリーゼを見ると、微笑ましく思えた。


「......」


それにしてもさっき会ったばかりの女子と肩を並べて歩くだなんて中々に新鮮な体験だな......


 実は女子と話す時が日常生活のなかで一番に緊張ずることなのだ。


 ずっとボッチで、妹達や話しやすい伽凛の他の女子と話してこなかった洗礼なのか、三割がた女子を苦手としている。


伽凛さんて......こう......なんだろうな。裏がなさそうなオーラがあるから怖く思えないんだよな......


 好きな相手だからだろと言いたいところだが、駿が言っていることは本当である。


 この世界に来る前、峯崎 伽凛という人物は学年のほぼ全員と親しげになっていて、誰が発生源かは知らないが『無自覚なコミュニケーションモンスター』という称号を何時からか与えられていた。


 ここで重要になってくるのが無自覚であること。


 普通は、人とは沢山の人と交流を持っていると、自然と自らを他の人とは違う、上の存在だと思い始めてくるものだ。


 良くクラス内カーストやら学校内カーストを聞くが、カースト上位に立つ者は、決まって友達が多い奴らばかりである。


 理由は簡単、グローバルな社会がそうさせているからだ。


 情報が現代では人の命さえ刈り取ってしまうほどの凶器に変わっている。


 直ぐに拡散、シェアが出来るため、その中にもし個人情報が入っていたりしたら、後の祭りだ。


 そして、一番恐ろしいのが噂である。


 学校内カースト上位の人間がもし、その人の悪い噂を流したりしたら、本当でなくとも、多人数対少人数という絶望的な戦いを前に無力に終わり、やがて中退、はたまた自殺なんてことも起こり得てしまうのだ。


 だから、裏がないことはそれほど現日本人にしてはオアシスに等しいのである。


 オアシスである伽凛の場合、そういうのを無自覚で、分け隔てなく接することから、周りからは裏がない女性、即ち八方美人でない女性として見えてくる。


 当然、ボッチであった駿も話しやすい訳だし、これまで関わりを持っていない大抵の人間でも、怖くは不思議と思わない筈である。


 勿論、これは伽凛だからこそ出来る芸当である。


 一つは裏を感じさせない雰囲気。


 二つは折り紙つきの学力や運動神経。


 三つは老若男女どの層からも愛されるだろう国民的アイドル級の容姿。


 この三つが成り立ってるからこその『コミュニケーションモンスター』たる所以だろう。


伽凛さんには本当に感謝してる。伽凛さんのお陰で女子との会話を面と向かって話せるようになった............もし、頭脳戦だけで繰り広げられるサバイバルな異世界だったら俺、真っ先に死んでたなぁ。伽凛さんは頭も良いし、コミュ力も凄いから余裕で生き残れるだろうけど...... 


「あそこです。見えますか?」


「ん? あ......あぁ! あれですね」


 そんなことを思っていると、第四実技会場に到着したみたいだ。


 まだ文字を習って一ヶ月なので、余り表記を見ても「?」と思うことが多々あるが、今回は『四』という数字を探せば良かったので、早々に見つけられた。


「早速、入ってみましょう! コンドウさん」


「そうですね」


見た感じコロッセオの縮小バージョン?


 あの世界遺産である闘技場の形と、少々似ているところが多々見つかる。


 石をベースに角をつけさせて、あの特徴的な上へ幾つも出ている出っ張り。


 あの量の小窓は無いにしても、ちゃんと四方に大窓が設置されている。


 駿とリーゼがその会場に入ると、そこには大勢の生徒達が観客席に溢れていた。


「うおぉ、すごいですね。この量」


いち学生だけの試合でこれだけ集まるのか


「それはそうですよ。なんたって学園内五位という実力の持ち主であるルリア様の試合なんですから」


「なるほど。でも絶対それ関係なく人気ですよね」


「確かにそうですね。特に男子からの人気が一段と高い印象です」


 リーゼがそう微笑んだ直後、会場が揺らめいだ。



「「「「「「「「ルリア様ぁああああああああああ蹴ってくださぁあああいっ!!」」」」」」」」

 




「......」


「......」


 大勢の男共の怒声に近い歓声を聞いた瞬間、明らかにリーゼと駿の顔の血の気が引いた。


「........................えーと......その、まぁ......あはは」


 少し間を開けてから無理に話そうとするリーゼに、駿は思い切り頭を下げる。


「なんかすみませんでしたッ......!! 男子代表として謝らさせて下さぁいッ!!」 


おい男子共ぉおおおおおおぉおッ!? もっとマシな応援しろよぉおおおお!


 心のなかで男共に文句を言いながら男の尊厳のために下げる頭は、何とも言い難いものがある。


「え、えぇ!? ど、どうしてコンドウさんが謝るんですか......!」


「えーっとこれにはその......男子は全員あんな奴等じゃないんだよ? という......その何というか......そう! それを伝えたいと思ってですね!」


いやなに言ってんだ俺


 男子として恥ずかしい思いをしながらも、必死に何かを伝えようとして失敗するというのは、これまた何とも......「いや何も言えねぇー!?」


「な、なるほど! だ、大体は分かりましたが少々落ち着い───あ、コンドウさん。そろそろ始まる見たいですよ!」


「へ?」






 









「───フフッ、コンドウ様。見ててくださいね? 私の魔法(ワールド)」

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