ボッチ、大衆を味方に付ける
「───そろそろ行くか」
時計の針が三時二十分を指した時、駿は仮眠を取っていたベットから勢い良く跳ね起きた。
昨日、散策途中にルリアから四時から学園で行われる自身の試合を見に来てほしいという要望があり、暇だった駿はそれを快諾したため、今からルリアの試合を見に学園へ向かおうとしていた。
机の上に、自身の持ち物を並べて、今日持っていく物を選定する。
右から財布、長剣、ポーチ、城から支給されていた皮装備、ポーション類の他に三本のナイフと城に入るために必要な証のグランベル王家紋章が刻まれた特製のメダルだ。
「財布とメダル......一応護身用に剣も持ってくか。ナイフとかポーションは......街中で大規模な戦闘なんて起こらないよな」
持っていく物が決まり、早速ポケットに入れて、帯剣する。
服は......伽凛さんに勧められた長袖黒いシャツと白いズボンで良いか
支給の寝間着から昨日購入した服に着替えて、準備は終わり、駿は自身の部屋の扉を開けて、学園へと向かうのだった。
= = = = = =
街に繰り出して数分、途中途中魔術学園への道のりを聞きながら、メインストリートを進んでいた。
基本、街の人々は親切で、聞けば笑顔で答えてくれる。
若い男、若い女、子供、老人、老若男女全ての人がつっけんどんな対応は今のところしてこなかった。
数回ほど、屋台の人が「これも商売さ」と言っていたのだが、道を聞いただけなのに無料で商品をおまけしてくれるという、少々対応に困るが嬉しいことがあった。
勿論、ありがたく全て受け取った駿の手には、色々な商品袋がぶら下がっているため、歩くのが少々大変である。
神経質に周りを気にしながら、足取りを普段より幾分か遅くしているのは、もし今人にぶつかってしまうと、口にしている焼き鳥に似た、三つの焼き豚肉を木の細棒に指した料理のデリシャスで酷のあるタレをくっつけてしまう可能性があるからだ。
まだ三本も残ってる。美味しいんだけど何故だろう......味わえん!
止まろうにも止まれない後ろから多くの人波に押され、前からも容赦なく来る多くの人にすれ違うこの状況のなかで、何とかタレを万が一にもくっ付けないように食べる芸当は素直に拍手をすべきだろう。
食べなければ良いじゃんと思うかもしれないが、この料理を入れる容器などなく、単品で渡されてしまったため、早々に食べて、棒だけの状態にしなければならないのだ。
後先考えずに強引に渡してきた屋台のおっさんたちに少し怒りを覚えている駿は、得意の早食いで歩いて四方を注意しながらポンポンと平らげていく。
あと一本っ......───アッ
「っぐ!? ......え”っ」
でもちょっとタイムっ......
一本と意気込み、口に持っていった瞬間、体の奥から何かが発射されそうだったので、危機感を感じ、ここで目的地を目指し歩きながらハーフタイムを取る。
「はぁ......はぁ......きちいな!」
早食いは本当に久し振りだな
ここで初めてよく噛んで食べることの重要性を理解しながら、吐き気が収まるまで料理には手をつけずに歩いていると、学園へと通じる道が見え、この暑苦しいメインストリートから早く出たい一心で駿は早歩きでその道へ方向転換する。
メインストリートとその道の境目に建てられたちょっとした門の看板を見てみると、この世界の公用語であるアスタル語で『学区』と表記されていた。
「ふぅ......やっと着いた」
ここに来るまで結構大変だったな......
そんなことを思いながら入ろうとすると
「待て」
と、城のような甲冑姿の門番ではなく、学園と関係者なためか、魔法使いを彷彿とさせるスタッフと黒いローブを装備し、大きく上に尖ったエナンを被っている門番に制止された。
「生徒手帳か身分証を提示しろ」
そう言われたので、身分証の役割を果たすギルドカードを見せると「申し訳無いが、冒険者は立ち入りを禁止されているのだ。引き返したまえ」と、門番は嘲るように言った。
は? おかしくね?
「......これ身分証ですよね? ギルドカードって」
訳のわからないまま聞き返せば、門番は鼻で笑い
「薄汚くて野蛮な冒険者と高名で聡明である我々魔術師をいっしょくたにされては困る。魔術学園に、生徒達の安全を考えた上で、普段から事件やら問題を起こしている貴様らを入れるわけが無かろう? 分かったならさっさと行くが良い冒険者」
と、指で駿を指しながら、ドヤ顔で言い切った門番に、困惑し、思わず首を傾げる。
「はい......? いや、それは他の人がやってることでしょう? というか昨日冒険者になったばかりですよ? この短期間に事件やら問題を起こせるわけがないでしょうが」
「黙れ! 貴様もどうせ前科があるんだろう? 実力がないため、依頼が達成できない鬱憤を溜めに溜め、故に憂さ晴らしのために弱者を貶し、とことんまで虐めたことがあるのだろう? とにかく、貴様は神聖なる『学区』に入る価値など冒険者になった時点で無いに等しい。その無能な頭にしっかりと刻まれたならさっさと立ち去れっ!」
叫喚を上げた後、その門番は嘲笑を駿に向かって浮かべる。
「は?」
何いってんだこいつ
全くの見当違いな事を自信に溢れて周囲に聞こえるような声で叫んだ門番に、恥ずかしくないのかと少し笑ってしまう駿。
───普通ならギルドカードで入れることを駿は知っている。
何故なら、直接人に聞いたためだ。
ここに来る前に様々な人に道順を聞いてきたのだが、ある夫人に道を聞いたときに、『身分証があれば入れるわよ。あなたが剣を持っているのを見ると、冒険者よね? ならギルドカードを見せれば学区に入れるわ』と、親切に道順の他に、ここでの手続きのことを添えて教えてくれたのである。
その情報の信用度は問題ないと言えるだろう。
魔術学園の卒業生と鼻を高くして豪語していたのが、その婦人だからだ。
ということは、この門番は独断で冒険者が嫌いなために、駿を門前払いをしようとしていることが分かる。
それに、そもそも冒険者がここに入れないのであれば、ルリアがわざわざ口頭で学園で試合を見に来てほしいなど言わない筈だ。
「......あ」
いや、笑ってる場合じゃないだろ。ルリアさんとの約束を破る訳にはいかない
にやけてしまう口を手で抑えながら、自身を叱咤すると、不意に周りが少し騒がしくなったのを感じた。
どうやら騒ぎを聞きつけたのか、野次馬が集まってきているようだ。
「......」
ちょっとヤバくなってきたな......あの野次馬のなかの誰かが衛兵を呼んでくるかもしれない
この状況を乗り越えるにはどうするか。
駿は目を瞑って、出来るだけ周りの情報を遮断して黙考する。
「どうした? まさか帰り道も忘れてしまうほど馬鹿なのか?」
しかし、駿が黙りこんだことを良いことに、そう知能を小馬鹿にしてきた。
その煽りを尻目に、その後もどんどんと煽ってくる門番に増えていく野次馬。
───これを有効活用しようか......
決心した駿は、瞑っていた瞳をゆっくりと開けながら、次には鋭く睨み付ける。
「───あの。では勝負しませんか? 模擬戦で」
駿が発した言葉に、野次馬達と門番は困惑する。
「先程、あなたは自分にこう言いましたよね? 『実力がないから、依頼を達成できない鬱憤を晴らすために弱者を貶し、虐めたことがあるんだろう』と」
「......だったら。何だというのだ。事実であろう?」
「......この言い回しだと、『実力があるのならば、わざわざ弱者を貶し、虐めなどしない』ということになるんじゃないでしょうか?」
「い、いや。別段そういう意味で言った訳じゃなく───「あ、もしかして自信がないんですか? まぁそうですよね。あれほど本人の目の前で冒険者は実力がないと周りに豪語しながら、もし負けてしまったら本当に恥ずかしいですもんね? それは自信をなくしてしまいますよね......」───......なんだと? 貴様っ......」
「......ふっ」
よしよし乗ってきたぞ......
因みに、駿も先程の門番のように周りに聞こえるような大声で言っている。
その為、更に野次馬達は集まってきていて、また野次馬達のなかには話の内容から聞き捨てならないとメインストリートを道行く冒険者達も混ざってきている。
いつの間にか一種の円形闘技場みたく、大勢が二人を中心にして取り囲んでいる。
「この実力がなく、薄汚くて野蛮な冒険者である私に、実力があり、高名で聡明な魔術師様からぜひとも魔法の指導をお願いしたいところなんですけど......その魔術師様が拒否なさるのであれば仕方がないですね......」
刺があるような言い方で畳み掛けていくと、門番は先程のような駿がうざったく思えた余裕綽々な顔ではなく、普段から下に見ている冒険者から小馬鹿にされたことに、かなりの怒りを覚えたのか、胸を突き刺すかと思うぐらいに目を鋭くさせ、駿を睨み付けている。
あともう一押しだな......皆にも協力してもらおう
不敵に笑ったあと、再び態とらしく大声でこう言った。
「皆さん、お騒がせしました。実力があり、高名で聡明な魔術師様に実力がない癖に威張り、薄汚く野蛮な冒険者は『学区』に入ることは出来ないと言われ、疑問に思った自分が問い詰め、勝手に熱くなって模擬戦を仕掛けた結果、このような騒ぎになってしまった事を謝罪したいです。それでは実力があり、高名で聡明な魔術師様、ご迷惑をおかけしました」
「......!」
その言葉に、門番は思わずと言った風に瞠目する。
駿に冒険者は『学区』に入ることは出来ないと虚偽の情報を言ったのは、見た目からまだ常識を知らない駆け出しの冒険者に見えたからだろう。
しかし、こうして周りに大勢の野次馬が居るなかで、冒険者は『学区』に入ることは出来ないという虚偽の情報を駿に言った事を暴露された今、門番の心境はバレたら不味いという焦燥に溢れているはずだ。
案の定、周りの野次馬達───特に冒険者達がその言葉に驚愕し、散々冒険者という仕事を馬鹿にされたため、仲間である駿を擁護するように、数人の冒険者から次々にこんな声が上がった。
「───おいっ! 騙されてるぞ小僧。『学区』内はギルドカードでも入れるはずだッ!」
「───そうだ! お前が正しいぞっ!」
「───あなたは間違ってない! 嘘ついてるわよ! その魔術師!」
真実を駿からはまだしも、常識を知っている第三者から発言され、門番が虚偽の発言をしていたことがここで明るみに出る。
「......クソっ。たかが冒険者共が余計なことをしやがってぇッ......」
思わずそんな小言を口に出す門番に止めを刺しに行く。
「あれ? それ本当なんですか?」
勿論、それは話す前から分かっていたことだが、まるで知らなかった風に演じてみる。
駿がそう聞き返せば、周りの冒険者達から「そうだ!」と、多数の似たような言葉で肯定され、その度に、嘘をついた門番の心を抉っていく。
おお......聞こえる聞こえるぅ! こいつの心がバキバキと折られてく音がぁ!
そう面白がりながら、駿は悪代官ばりの悪い笑みを浮かべる。
「へぇ......じゃあつまり───実力があり、高名で聡明な魔術師さんは嘘をついてたんですか?」
しかし、それは表面には出さずに、あくまで今は何も常識の知らない駆け出しの冒険者を装い、門番の心を抉っていく。
───模擬戦なんてする気はなかった。
模擬戦を仕掛けた方が、何かと荒行事に興味を持ちやすい人間は集まり易く、その結果、集まることで今度は集団心理で遠くを歩いている人でも人が集まっていることに興味を持って、更に野次馬は増加する。
つまり、模擬戦宣言は人を集まらせる事を目的とした陽動だった。
その後は、その集まってきた野次馬達に嘘を暴くのを手伝って貰っただけだ。
結局、世の中は多数が正義で少数が悪なのだ。
即ち、駿は正義で門番が悪。
だから門番がいう言葉の全部が悪となる。
「ち、ちがう! 私は生徒達の安全を考えた上で発言をしたまでで───」
勿論、言い訳でもだ。
「───黙れ! ペテン師っ!」
「よくも俺達を薄汚いとか言ってくれたなぁッ......?」
「あ~恥ずかしいっ......こんな若くて純粋な子をいい歳した大人が騙そうとするなんて」
「可哀想......散々悪口を言われた挙げ句に門前払いされようとしてたなんて」
「お前のせいで冒険者全体の印象が悪くなったらどうする気だったんだ!」
「何が高名で聡明な魔術師よ! ただ力を振りかざして脅してる野蛮人じゃないの!」
「おいおい? 裏では魔術師って皆冒険者を見下してるのか?」
「違うわ! こいつだけよ! 寧ろ私達は同等に見ているわ」
「そうだ。こんな差別する人は魔術師では初めて出会ったよ!」
「辞めちまえ! お前は魔術師の資格なんてない!」
「名前は何だ? 後で魔術師協会にお前に厳しい罰則を与えた上で辞めるようにしてくれと手紙を送りつけてやる! 誰もが誇りを持ち、命を賭けてやっている冒険者という最前線で戦う危険な仕事をしている人達を薄汚いと言った所業、決して許されることではない! それに自分の息子の仕事を薄汚いと言われて怒らない親なんて居ないはずだぁっ!」
「俺も送りつけてやるっ......てめぇみたいな奴に親友の仕事を薄汚いと言われたくねぇっ!」
「私も......!」
────..................
門番に対する罵声が止まない。
だが、可哀想だとは思えない。
もし、自分が道中でギルドカードでも『学区』に入れることを知らなければ、素直に門番の言葉を信じて帰っていただろう。
たまたま知っていたからこういう処置を取れただけで、知らなければ騙されていたのだ。
郷に入ったら郷に従え。
そんなことわざがある通り、この世界のグランベル王国にも独自のルールというものがある限り、この国に住まわせてもらっている以上従うしかないのだ。
しかし、住む権利というものがある限り、虚偽のルールに決して従うことは言語道断だ。
住む権利がある以上、ルールに『ギルドカードでも学区に入ることができる』という項目があれば、それに従わなければならないのだ。
ということは、この門番は国のルールに反し、また差別的な発言をした完全なる悪である。
人を騙し、人を貶した罪は重い。
事実、不特定多数を貶した門番はもっと重い見返りが今、返ってきている。
「......はぁ」
最初から素直に俺を通してれば良かったのに......
溜め息をして、完全に心ここに在らずと、未だに浴びせられている皆からの口撃で心身ともに崩れ落ちた門番に、駿は近付いて、「入って良いですよね?」と、笑う。
「......」
門番は返事も出来ないようで、ただ呆然と罵声を浴び続けている。
涙はしてないものの、心は絶望しているだろう。
だから、仕返しに耳元で
「あんた、終わったな?」
と、嘲笑しその場後にして、駿は魔術学園へ、再び向かうのだった。
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