ボッチ、目移りする
「受け取ってくれてありがとなユカ。俺センス───あ、いや......人に合う物の選別が苦手だから、もしかしたらって思ってたんだ」
駿が自嘲気味に笑うと、それまで大事そうに駿から貰ったネックレスに埋め込まれた赤い宝石を擦っていたユカが、頬を染めながら顔を横に振る。
「いいえ......マスターは充分選別が上手いと思いますよ? それに......私はマスターがくれた物ならばどんな物でも喜んで受け取り、歓喜すると思いますよ」
「......」
普段の無感情な声色とはかけ離れた、優しく包み込むような声色で放たれたユカの言葉を、駿は噛み締めるようにゆっくりとその場で数秒間目をゆっくりと瞑った。
───いつぞやのそよ風に乗って、窓から流れ込んできた、春を思わせる一枚の木の葉が、颯爽と駿の目の前をゆっくりと通り抜け、やがて勢いがなくなったのかヒラリとベットの上に舞い落ちた。
前髪を揺らし、心地良いそよ風に打たれながら、間を置いて再びゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
徐(おもむろ)に、ベットに落ちた木の葉を拾い上げながら、目の前の処女雪のような白髪と、ルビーを連想してしまう赤い瞳の少女に向き直り、やがてこう言い放つ。
「これからもよろしくな。相棒」
はにかんで言われたその何気無い言葉。
駿は無意識だったのかは知らないが、『相棒』と呼ばれたユカの心は───感動していた。
事実、自身でも分かるくらいに、目を見開かせて驚いている。
主従関係で何時でも付き従って行くものだと信じて疑わなかったユカにとって、『相棒』という言葉の響きはとても驚きと困惑に満ちてしまうのだが、とても新鮮でとても喜ばしく感じる響きだった。
マスター......
───『相棒』という言葉は、その者と隣に立つことを許された称号である。
それも人生で初めて、自身の事を考えてくれている最高な主従関係を結べた契約主(マスター)と。
そして人生で初めて、これほどまでに側に居て、長年仕えて来た他の契約主(マスター)によって傷付けられて冷めきった心を、温かく向かい入れてくれる一人の人間と。
私はこの身を......魂を......この方に全てを捧げます
もう隣に立つことを許された限りは、全身全霊を以て、ユカはこの人間というイレギュラーな契約主(マスター)のことを守ると、駿と主神である邪神イシスに誓いを立てる。
主神様......やっと、やっと......見つけましたよ。私の力を共有出来る、真のマスター......いや、ダークナイトを
少し天井をを仰ぎ見ながら、赤い瞳を緩ませて、普段から無感情なユカらしくない、時折駿だけに見せる素の可愛らしい笑顔を浮かべた。
「───ん? どうしたユカ? 天井に何か居るのか? ......も、もしかして幽霊的な? オーブが飛び交ってるとか......? 今朝だよね? 夜に出てくるんじゃないのか......!? どど、どうなんだユカ。その......居るのか?」
目の前で勝手にそんな妄想を広げ、勝手に段々と怯え腰になっていく、実に愛らしいマスターの姿に、クスッと笑ったユカは
「......そうですね。今からマスターと私で視界を共有出来たら、何か見えるかもしれませんね?」
と、小悪魔を連想させる不敵な微笑を浮かべた。
勿論、天井には何も見えていない。
ユカが見た先は天井ではなく、もっと遠い、天の果てだ。
「う、嘘ッ......マジか......見えた瞬間一気に霊感が倍増するとかありそうな気がするから遠慮しておきますっ! というか怖い! 早く出よ出よこんな部屋!」
ユカって聖霊だからいきなり天井に視線を向けたから何を見てるのかすっげー気になったから憶測で聞いて......まさか本当に居るとは思いもしなかったぞ......! ッベェよマジで!
慌てふためいて、更に愛らしくなった駿に、また一段とイジめたくなったユカは、自重せずに次にはこう言い放つ。
「マスター」
「なななんだ?」
「背中に今、抱き着いてます」
「っピゃぁああああああああああッ!?────」
「......ふっ......ふふふふっ───」
この時、ユカは久し振りに、心の底から笑えた気がした。
───その後も数回ほどこのやり取りが続けられ、部屋の前を通りすぎた何人かのメイドの証言によれば、男子の悲鳴というより、奇声が部屋に響く度に、少女の可愛らしい笑い声が反響していたのだという。
実に楽しそうな雰囲気だったと、そのメイド達は語った。
= = = = = =
「───え? 私ですか?」
「そう。ちょっと試したいことがあってさ......その為にはクラスで唯一の付加士(エンチャントマスター)である結城さんの力が必要なんだ」
────ユカにプレゼントを渡し終えた駿は、食堂で朝食を早急に食べた後、ある目的の為に、一人のクラスメイトの元を訪れていた。
結城(ゆうき) 楓(かえで)。クラスの女子のなかでは伽凛に次ぐ成績だった人で、しっかりとした性格と世話焼きな性格なため、ことあるごとに、皆から頼られていた、そして今も頼られている縁の下の力持ち的な存在───所謂、元委員長でありながらも、今も委員長的な役割を果たしている人物である。
ここに来る前は委員長をしていたのだが、今も変わらず、皆からは委員長と呼ばれ、尊敬されているのだ。
そして伽凛が居なければ、実はこの人がクラスでは一番綺麗だったとよく皆は噂している。
栗色のショートカット。片方を短く一つに纏めていて、少し茶色がかった澄んだ瞳。身長は伽凛と同じくらいの160前半で、胸は完全に伽凛に、いやクラス全員に負けてはいるが、すらりと伸びた健康的な綺麗さという全体的な面では、誰にも引けを取らないだろう。
そんな図書室で魔術書(グリモア)読んでいた女子に駿は話しかけていた。
「へぇ......試したいことですか。どんなことを?」
眼鏡を外し、魔術書をゆっくりと閉じながら、興味があるような声色で顔を向けてきた楓に、駿はステータスが記された紙を見せながら、微笑んだ。
「俺の固有スキルはどんなものなのかを知りたいんだ」
..................
............
......
『王城・前庭』
図書室から二人は前庭へ来ていた。
「───えっと......近藤君。私があなたに毒を付加(エンチャント)すれば良いんですか......?」
そして、いきなり少女の震えた声からその口論は始まった。
「そう! パァッとやっちゃって! パァッと!」
「むむむ無理ですよぉ......! 怖いですっ!」
「大丈夫大丈夫! 俺が結城さんの全てを受け止めてみせるから」
「へ、変な言い方しないでくださいッ! これで近藤君が死んでしまったらどうするんですか!」
「大丈夫大丈夫! 俺、実は死なないから!」
「いや生き物である以上死にますよね!? そんな上面だけの言葉を信じる人なんて何処に居るんですか!」
「何処かに居るんじゃね? そしてその何処かに結城さんが居るわけだから、結城さんが信じるということでOKだろ?」
「......はぁ。もう良いです。帰ります。怖いです」
「怖くならなくな~る怖くならなくな~る......結城さんは怖くならなくな~る」
「......催眠術のつもりでやってるんでしょうけど、ただうるさいだけなので止めてもらって良いでしょうか?」
「......効果は今一つのようだ」
「私はポ○モンじゃありません!」
そう怒鳴った楓は、「確かに......【状態異常倍加】というスキルを調べるのにはうってつけの方法だと思いますよ......───」と、そこで言葉を切り、自身の武器である魔術書(グリモア)を苦い表情で見つめて、少し間を置いた後続けた。
「───でも......喩えその【状態異常倍加】というスキル解明の為だったとしても、一時でも人の命を預かるなんて真似......私には出来ませんよ」
少し目線を落とした楓に、駿はそれまでの笑顔を崩して、真剣な表情を浮かべる。
「......そうか」
「......ごめんなさい」
「いや、良いんだ。そうだよな......確かにスキル詳細に【状態異常の効果が二倍される】って書かれてたら、その二倍がどれだけ効果を倍増させるか分かんない以上、怖くてやりたくないよな......」
「......」
コクりと無言で頷く楓を見て、「そんな気に病むなよ。時間とっちゃってごめんな」と、微笑みかけた。
「......じゃ、もし気が変わった時にでも......いや、俺に気付いた時にでも声かけてくれよ。なんなら相談にも乗ってやるし、愚痴なんかでも良いからさ」
そう肩をすくませて笑うと、楓はぎこちなく頷きながら、「......はい。ありがとうございます」と、淋しげに微笑むのだった。
= = = = = =
前庭で楓と別れた後、考え事をするためなのかとりあえず王城の廊下を歩き回っていた。
「───うーん駄目だったか」
出来ればやってほしかったけど......無理強いは良くない。他の方法を考えるか......
固有スキルついて未だに分かりきっていない気持ち悪さと皆に置いてかれてしまう焦燥感に苛まれる日々から早くおさらばしたい駿にとって、今日は転機となる筈だったのだが、楓に協力を拒否されてしまい、結局今日も分からずじまいとなってしまった。
このままじゃ一歩先には進めない......今のままだといざという時に意外性の面で負けてしまう
戦闘には、常に変化が求められる。
一丁単の攻防をしていては、時間がかかってしまい、無駄な体力を消耗をしてしまう。
持久戦は確かに戦術ではあるが、余り得策ではない。
戦闘で一番大事なのは、技術、戦術、装備、環境のどれでもなく、持久力だ。
技術を生かすにしても、戦術を生かすにしても、装備を生かすにしても、環境を生かすにしても、結局はそれを生かす為の力が無いと成り立たないのだ。
一人一人時間を取っていては、ただ体力を失うだけで、戦果としてみても、一人二人などの少ない戦果しか生まない。
体力をどう温存するかが勝利の鍵であるとアリシアは駿に教えた。
温存方法は至って単純であると同時に難しい。
目の前の敵を迅速に倒す。
温存するには、早く勝利するしか方法がない。
そして、早く勝利するには敵が持っていない意外性溢れる自身だけの技を繰り出して、少しでも戦闘に変化を与えて、そこから勝利への糸口を掴まなければならないのだ。
「......」
とにかく......早く見つけないと。この固有スキルの使い方を......
そう歩いていると、不意に腰辺りに何かが勢い良く当たった気がした。
ドサッという誰かが倒れたような音と同時に「きゃあ!?」っと、愛らしい女の子の声が足元から響いた。
「───むむぅ......いたいのっ」
声がした方向を見れば、そこには金の長髪にあどけなさ溢れるくりっと大きく碧い瞳を前髪の隙間から覗かせる、美しい少女が額に両手を当てながら尻餅を着いていた。
「......?」
なんだこの天使は......舞い降りてきたのか?
と、一瞬勘違いしてしまうほどに少女に無意識の内に見とれてしまっている。
「..................あっ」
ななな今何を考えてたんだ俺ぇ......!? 俺の天使兼女神担当は伽凛さんの筈だぞッ! なんでこんないたいけな少女に目移りなんてしてしまったんだ......決して浮気は許さんぞ近藤 駿ッ!
顔面蒼白になりながらも自分を咎めていると
「───あっ、ご、ごめんなさいなの! では!」
それまで痛そうに目を瞑って額を抑えていた少女はぶつかってしまった駿に気が付いたのか、高速で立ち上がり、早々に謝ったあと、直ぐに走って行ってしまった。
「......??」
なんで走ってたんだ......?
廊下の曲がり角で困惑し、首を傾げる。
「......活発な子だったな。......というかめっちゃ足速くね?」
首を傾げている内にはもう、長い廊下の一番奥の曲がり角を曲がっていた少女に苦笑しながら、「この世界の子供って皆速いのかね......?」と、ぼやく。
「にしても......」
あの子誰かに似てる気がするんだよな......
窓から見える澄み渡る快晴な空を見上げながら、思い出そうとするも、中々あの少女に似てる人が出てこなかった。
「......ま、いいか」
背伸びしながらそう呟き、駿は自室へ戻るのだった。
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