四章 迷宮でスクスク成長編

ボッチ、少女と模擬戦する

 ───冷たい夜風が王城の見事な噴水がある前庭で感覚十メートル程の距離で向き合っている青年と少女の互いの黒髪を靡かせた。


 青年の表情は何処か強張り、一方少女の方は対極的に心の底から楽しんでいるように微笑を浮かべている。


 それぞれ片手には、訓練用の木の直剣が握られており、模擬戦をするのか、青年対少女という不気味な光景を作り出していた。


 月明かりがより一層二人の横顔を照らすなか、少女の方から口を開く。






「───確認するけど、対戦形式は一対一(デュエル)で、相手を行動不能か急所に武器を突き付けられた瞬間試合終了。一本勝負で良いかな?」


 そう言いながら木の直剣を慣れたように自身の上に高らかに投げ上げて、投げた先を一回も見ずに高速で回転しながら落ちてきた剣の柄を的確に掴んで駿の方に突きつけたデリアは微笑する。


「......それで良いぞ」


 目の前でそんな芸当を見せつけられるも、微動だにせず自然体のままでそう応えた駿は、そのまま中段に木の直剣を構えた。


いきなり申し込まれて......手を引かれて......強引にこれ掴まされて......立たされて......これもう分かんねぇな......抵抗するまもなく来ちまったけど、俺早く寝たいのに......ムカつく。というか可愛いのが更にムカつく。ここまで早く寝たい俺を振り回してる餓鬼が可愛いせいで、怒りたいのか怒りたくないのかもう自分でも訳分からなくなってくる......そんぐらいの憎めない可愛さがデリアっていうらしいけど、あの女の子にはある。しかも同い年とか言ってるからさらに訳が分からない。そう考えると......なんだこいつ? 可愛いのを良いことに俺をタブらかしてるのか? うっわぁマジでムカついてきたけど可愛いから憎めねぇ......なんだこれぇ......───まぁ、でも......模擬戦を仕掛けてきたのはあっちだから容赦はしないつもりで戦う。それが敬意と師匠は言ってたし、何より睡眠時間を邪魔されるほど嫌なものはないからな......どうせなら勝って気持ちよく明日の朝を迎えたいな


「───」


 そんな決意の表れか、その表情は先程までの強張りはなく、凛々しい目付きで相対する少女に向かって睨み付ける。


「......ふ~ん」


 駿の雰囲気が先程までとはガラリと変わったのを感じ取ったのか、デリアは感嘆するように鼻を鳴らして不敵に笑う。


「じゃあ私がこの銀貨を投げるから、それが落ちた瞬間に試合開始ね?」


「了解。あ、その前に一つ良いか?」


「え? 何かな?」


「さっきお前に会ったとき、怒鳴られるまで全然気づけなかったのはどうしてだ?」


 そう問うと、デリアは「あぁ......」と思い出したように言って、コホンと咳払いをしてから言い聞かせるように人差し指を立たせて、その理由を駿に説明し始めた。


「それはね、【隠蔽】っていうスキルの効果があるからだよ」


「......【隠蔽】?」


「そう、【隠蔽】。ふふん......もしかして会得してるとかっ?」


 冗談めかして言ってくるデリアに、駿は真顔で答えた。


「......確か俺のスキルにもあったぞ?」


「───......へっ?」


 予想してなかった答えが返ってきて、すっとんきょうに聞き返した数秒後、行動を静止していたデリアは取り繕うように、瞬時に余裕を見せつけて返答する。


「......へ、へぇ! スゴいよ君! それを会得するには才能がいるんだけど、一ヶ月で会得した君はその才能に溢れてるんだね」


 大袈裟に声を張り上げながら言って来るが、またしても駿は真顔で


「え? いや、ここに来て一日目で【隠蔽】を会得できたんだけど......」


 と、間もなく答えた。


「............え? それ本当?」


「う、うん」


 思わずと言った風に瞠目させるデリアに、もう一度駿は頷く。


「......き、君もしかしたら神との相性が相当良いんじゃない? 光を司る神達に愛される勇者に引けをとらないくらいに......ほら、ダークナイトを創造した邪神イシスと......」


「あ、それ師匠にも言われた。......というかその邪神イシスって何者?」


ダークナイトを創った天界で超偉い女神様なのは理解してるけど......それだけだもんな知ってるの


 模擬戦を始める前なのに関係ないことを質問しまくる駿に、何も嫌味なく応えていくデリア。


「有名な話だと、300年昔に世界を滅ぼそうとした軍神アレスを筆頭にした少数の力ある神たちを女神エッダと共に二神だけで侵攻を止めた、救世神の一人が邪神イシスだよ。名前に邪神ってついてるのは昔一人で軍神アレスと同じような事をしたからなんだけど、全能神ゼウスに止められた以降は意欲的に世直しに参加してるらしいよ。主に全世界の『闇』を司ってる。全能神ゼウスと女神エッダの『光』の二つの頂点が居るなら、邪神イシスは『闇』の唯一の頂点だね。君はそんな凄い神様に好かれてるんだよ?」


「......ま、マジか」


なんか凄く嬉しいような......恐いような


 初めて知る、ダークナイトという職業の産みの親(神)の情報に、驚きを隠せないでいると、デリアはクスリと笑う。


「だからスキルには無くても、ダークナイトと邪神イシスは親子みたいな関係だから、愛されれば愛されるほど、経験値だったり、スキル取得だったりの恩恵が自然に増加するから、君は【隠蔽】を早く会得することができたんだよ。邪神イシスの方も君に愛を注いでるから、多分その想いだけで、無意識の内に恩恵を与えてしまってるんじゃないかな?」


「......つまり? 邪神イシスが俺に愛の想いを抱いていて、それで無意識の内にその愛の想いがダークナイトである俺の恩恵を増加させていると......」


「そうだね。知ってるかもだけど、スキルや職業は元々神々と精霊達の力から作り出した恩恵だから、気まぐれで増加することだってあるんだよ。今の君のように、主神の想いの力でね?」


「なんか改めて聞ていくと照れるな......そんなに想ってくれてるのか」


でも主神様......俺あなたに何かした覚え、してあげた覚えがありません


 ───何を思って俺をこんなに好いてくれているのだろう。


 そんな疑問が過るなか、デリアは「じゃあ話を戻すけど───」と、【隠蔽】のスキルについて詳しく話し始めた。


「【隠蔽】はスキル熟練度を上げれば上げるほど、気配を完全とはいかないけど、さっきの君のように、間近で声を上げないかぎり相手が気づけないぐらいに気配を消せることは出来るようになるよ。レベル差がある程気づかれないし、レベル差が無い程気づかれやすくなるからそこだけは注意だね。まぁその為に熟練度を上げてれば、同等の相手や格上だって数回は必ず目を欺けるはずだよ。因みに、私の【隠蔽】スキル熟練度は7。後3つ熟練度を上げれば、建前上魔法剣士だけど、トップクラスの暗殺者にだってなれるかもしれないかな」


「へぇ......結構【隠蔽】って凄いスキルだな」


相手の視界から消えれば、それだけでいくらか戦術が組み立てられるし......体制を立て直したり、そのまま逃げることだって出来るよな。まぁ全部出来るのは熟練度がせめて8ぐらい無いとだけど......


(でもおっかしいなぁ......結構なレアスキルの筈なんだけど)


「......何ぼそぼそいってんだ?」


「い、いやなんでもないよハハハ......」


「というかすまん。俺の質問で時間食ったよな。早く終わらせようぜ......寝たいし、明日行かなきゃ行けないところあるから体を休ませたいからさ」


「おっと......そうだったね。一応長ったらしい説明を聞いてくれて感謝しておくね? 私こういうの苦手だからつい長くなっちゃうんだ」


「良いってことよ。というか、俺もそうだから。一緒なんだな?」


 木の直剣を再び構えながら笑った駿に、デリアも応えるように構えて笑う。


「因みに、私は一切魔法を使わない。君は使って良いよ。───じゃあ、行くよ」


 その言葉に有無を言わせずに、銀貨を甲高い音を響かせながら指で打ち上げる。


 舞い上がった銀貨の高度は、駿が心を落ち着かせるには時間的に充分な高さだった。


 高速で回転する毎に、月光が銀貨の表面に反射し、薄暗い前庭で一際明るい煌めきを放つ。



「......ふぅ」


 一呼吸を入れて、ジッとデリアを見つめる。


デリア......お前は多分、強い。ここまで来るときに、歩いている筈がお前の体の軸は一切ぶれなかった。余程鍛えてきたことが分かるし......何だか、所々のお前の目は......恐く感じる


 銀貨が頂点に達し、落ち始めた。


 これが地面に落ちたとき、模擬戦は開始する。


「......」


油断はしない。絶対に......だけど何だろう。この恐さは......


 そんな不安が心から沸き上がってくる中、それらを振り払うように柄を両手で強く握り締め、寸前まで迫った開始の合図を待った。 


(先ずは速攻して、相手の意を突く)


 これからやることを自分に小言で言い聞かせ、デリアの瞳を見ると



(────!?)

 

 雰囲気が違った。


 特徴的な紫の瞳から発せられるのは、これまで感じたことのない、肌が総毛立つ程の鋭く重い、何か。


 そして不気味に、人の目は光らないはずなのに、デリアの紫の瞳がアメジストのように夜闇に悠然と輝いているように見えたその時、───地面に銀貨が舞い落ちる。



 ───キーン


 と、甲高い音が鳴り響いた。


 それは、始まりの合図。


 音が寝静まった王城に反響する。








「────......っ!?」









 しかし、気付けば間近まで詰められていた少女の顔は不敵に笑っていて


 



「───君の負けだね?」






───気が付けば、首に何かを突き付けられていた。

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