過去話・親の居ない、兄妹だけのクリスマス 後編

 ───あの後、早速雪掻きを結と一緒にすることになった。軍手、長靴、スコップを装備して、扉を開けると、結が言っていた問題の玄関前の積雪を目の当たりにする。


「......」


 言葉を失う程に、その積雪量は多かった。


 最高で足から腰ぐらいまで積もってる所もあり、砂場で作ったちょっとした小山みたいになっている。


「えぇ......」


 若干、いやかなりこの雪の多さに引いている駿を横目で見た結は


「あはは............頑張ろ?」


 と、ひきつった顔で笑い、少し間を空けてそう鼓舞した。


「お、おう......頑張るか」


頑張っても終わらない気がする......


 そんな言葉に表面上ではそう返したが、しかし内面では弱気だ。


「......これじゃあ雪で遊べる余裕がないな」


 そして、本音が出てしまう。


 その言葉に、結は「あ~......駄目だよ?」と少し頬を膨らませた後、作業に取り掛かる。


 駿もそれに倣(なら)うように、気だるそうに頭を掻いて嘆息した後、その手で持っているスコップで近くに積もっている雪を掘り出すのだった。








 ───そんな雪掻きを始めた駿と結を窓から見下ろしていた。


「......」


 その時の望結の表情は、何処か寂しげで、そして何処か怒りが感じられた。頬杖を着いて、結ではなく主に駿を追っている望結の目は、険しい。


なんで私との話は誤魔化して結からの要望は快諾してるのよ......


 実は駿の部屋で結が話していた所を、影から聞き耳を立てていた望結は、その時の一部始終を思い出しながらムカッとしてくる心から


「しかも何だか良い雰囲気だったし......」


 と、そんな言葉が漏れだす。


 望結は先程、駿に親から任された仕事があるのを聞いて、それを手伝おうとした。しかし、何か弊害があるようにいつもの誤魔化し方とは違う、余裕が無い誤魔化し方をしたのを感じたのだ。


 と言うのも、いつもは隠し事がある時、何かと理由をすらすらと並べてきてから上手く話を流す駿なのだが、先程の場合はすらすらと理由も述べず、たった一言二言で話を流そうとしてきたのだ。


怪しい......というか、それほど隠したいものなのかも......


 いつもとは違う言動ならば、絶対にとはいかないかもしれないが、余程バレたくない何かを隠してるのは予想できると、望結は思案顔で頷く。


 しかし、それほど親から任せられた仕事の内容が秘密にしておかなければならない事なのだろうか。


......でも、これ以上突っかかっちゃうと逆に兄さんを困らせちゃうから......詮索はしたくないな......


 これまで、望結の前で駿が何かを隠そうと誤魔化すとき、それ以上を詮索したことは一度足りとも無かった。


 理由は単純で、プライベートに踏み込まれるような自分もされて嫌なことをしたくなかったからだ。


 誰だって秘密はある。


 誰だってその秘密を守ろうとするはずである。


 そしてその秘密を守るぐらいのものなら、そもそも誰にも触れられたくないものなのだ。


 最近、他人のプライベートにガンガンと侵入、または詮索してくるプライバシーも礼儀も欠片の無い人を良くテレビでも同級生にも見かけるが、そういう人とは一切関わりを持たないように、またそんな人には全力で成らないようにしてる望結である。


 後、『親しき仲にも礼儀あり』ということわざもあるぐらいだ。


 家族である前に、先ず一(いち)人間であることを忘れてはいけない。


でも......そんな大袈裟な内容でもないよね   


 そう苦笑した瞬間、窓の隙間から流れる外からの冷風に前髪を揺らす。


「......寒い」


 前髪を揺らしている冷たい風を感じ続けながら窓の前でげんなりと嘆息すると、吐き出された白い吐息が目前で消えた。


そういえば今日の温度は3度とか言ってた気がする......うぅ......寒がりだから勘弁してほしいな


「......こっちは一人寒い思いしてるのに......それにしても」


 眼下で────楽しそうに結と駿が作業をしている。 


 基本的に、駿がふざけて結がそれに反応し、会話に花を咲かせている。


 今も駿が雪と近くの葉っぱを使って、簡単なウサギを作り、大袈裟に結へ自慢し、結は駿が持っているそのあどけない可愛さを放つウサギに少し見惚れている───ように望結には見えている。


 そう。すっかり望結があそこに入れる雰囲気ではなくなっているということだ。


何かカップルみたい......結と兄さん


 言うなれば、今の状況は───兄が彼女と二人作業を楽しくやっている中で、一人それを気まずそうに見ていて、またこの家に居て良いのか分からなくなっている妹───の図である。  


 実際に他人がこの状況を見たとして、それをカップルだと教えてしまえば信じられるぐらいの二人の雰囲気の良さなのだ。


 雰囲気もカップルと見えてしまう理由のひとつなのだが、実は一番の理由は結にある。


 結は駿とは二ヶ月遅れで同じ年で生まれたらしく、今は駿と同じ高校一年生である。


 しかし、結はどうにも昔から成長が著しく、見た目がもう高校生のそれとは違うのだ。


 背が女子にしては大きい169㎝で、バストも最近Eカップを越えたと本人は苦笑しながら報告してきた。


 腰もくびれて、もうモデルになった方が良いのではないだろうかと思うぐらい顔も整っている。


 そんな大人に見えてしまうような容姿もそうなのだが、家事も普段から母のを手伝っているので殆どのことを慣れた手つきで終わらせているし、何と言っても落ち着いている性格なのでポテンシャル、人間性から見ても大人なのだ。


 そう───結は高校一年生にして、既に大人の女性として完成してしまっている。


 第三者からの視点で結と駿が今作業をしてるのを見ると、そんな二十代に見える大人の女性と見るからに初そうな男子高校生が一緒に作業してるとしか思えない。


 また、兄妹なので仕方がないかもしれないが、仲がかなり良さげなので、これはもう歳の差を無視したカップルだとしか思えないのだ。


それに比べて私は......


 結のように、大人の色香を感じさせる要素が一つもない。


 例えば、身長。


───結のように高くもないし、逆に低いぐらいの身長。


 例えば、胸の大きさ。


───結ほど大きくないし、友達に良いなと言われるぐらいの大きさ。


 例えば、足の長さ。


───結のようにスラリと長くも綺麗でもないし、逆に部活に打ち込んでいるためか筋肉が少し目立ってしまう。


 例えば、髪。


───結のように腰まで伸ばしてないし、サラサラと綺麗な髪質でもない。


 例えば、性格。


───結のように落ち着いていると言われたら自分でも首を傾げてしまうし、何より普段の駿に対しての素直になれない態度が首を傾げてしまう理由を物語っているだろう。







───何も無い。






 嗚呼、作業をしてる二人の笑顔が眩しい。












「......!」


何で......私、こんなに......


 

 いつの間にか、一人で。 


 何故こんなにも劣等感を感じているのだろう


 何故こんなにも淋しい気持ちになるのだろう


 





 ───何故こんなにも嫉妬しているのだろう


   



 今になって、そんな問い掛けが心を反響している。


 そして、その問い掛けに答える度に、普段から素直になれない自分を嫌いになっていく。


私は......何がしたいんだろ


 嫌いでもなく、逆に好意を持っている相手にぶっきらぼうな態度を取ってしまう自分は本当に何がしたいんだろうか。


「......」


 ふと、風が当たり、ヒュウヒュウと高い音を鳴らしている窓を見ながらあの小さかった頃思い出す。







 確かに、初めは嫌いだった。


 

..................


............


......




 初めて出会った日は雪ではなく、雨が降っていた。

 

 場所は今も近くで繁盛しているファミレス。


 その日は少し肌寒く、風も一度(ひとたび)窓の隙間に当たれば、ヒュウヒュウと高い音が鳴るぐらいの強さだった。


 行く前、母からこんなことを言われた気がする。


「今日は新しい家族に会いに行くのよ」───と。


 最初は耳を疑った。


 その頃まではずっと、父が急病で亡くなってしまった後だって母と結と私、そして心の中にいる父の四人家族だった。


 今更新しい家族など想像が出来ない。いや、想像したくなかった。


 何故なら、何だか父の居場所を取られちゃうような予感がしたからだ。


 ファミレスに着くと、母に先導されるがままに付いていき、一つのある六人席で足を止めた。


 そこの席には、一人の男の人が座って待っていた。


 そして、私の予感は的中する。


「あなた達の新しい父さんになる人よ」


 母からそう紹介されたその人は、優しい笑みを浮かべて私達に握手を求めてきた。


「こんにちは。君達が恵美(めぐみ)さんの子か......恵美さんに良く似て可愛いよ。あ、ごめんね。僕の名前は近藤(こんどう) 篤(あつし)って言うんだ。実は結構前から僕達は付き合っていて、どちらとも仕事が落ち着いてきたから今日会うことにしたんだ。......えっと、緊張しちゃうかもしれないけど気軽に話してくれて良いからね」



「「......」」


近藤 篤、私達の今の父さん。


 その頃の最初に出会った印象は、黒い短髪と雰囲気から見て優しい男の人だった。


 でも、当然私と結は警戒した。


 私が思っていたことは、父という立ち位置───言うなれば聖域に足を踏み入れようとしている輩に対しての敵対心しかなかった。


 篤と名乗った男の初めに見せた、その優しい笑みも


 私達に向ける優しい瞳も


 話すときに聞き取りやすいようにと私達に気を使って声のトーンを上げた優しそうな声も 


 



 ───全部偽りに見えた。




 警戒して一言も返さない私達に母から小さな声で咎めたが、「............ご、ごめん」と、返されなかった当の本人は苦笑いを浮かべながら、そう謝った。


 気まずい空気の中、双方が黙り込んでしまい、中々話が挨拶から進展しない。


 私達が返事をしなかったために、そんな空気にさせてしまったが罪悪感は無かった。


 正しいことをしたつもりだ。大体、知らない男の人に無闇矢鱈話しかけてはいけないとその頃年長だった私は散々小学校に上がる際の登下校時の注意することのひとつとして教え込まれて、身に付いている。


 自己紹介されたが、例外だ。この人を知らない。知りたくない。


(当時の私はそんな屁理屈を頭の中で並べながら、父の立ち位置を他人に奪われたくない一心で、空気を変えようと話をふってくる母や目の前の人言葉を無視し続けてた)





 何分経ったのだろうか。


 この対面が始まってから、度々ふってくる話を無視し続けた結果、かれこれ十数分は経過してるように私は感じていた。


 そして、いつ諦めてくれるのだろうか。


 そう思いつつ、窓の外を一瞥すると、入店する前は小降りだった雨が悪化してザーザーと大雨が降りしきっていた。


そういえば傘持ってきてなかった...... 


 そう落胆したのを良く覚えている。何故この何気なく思ったことを覚えているのかというと、そう思った直後の出来事に理由がある。


それは───


「あれ......父さん? ......誰?」


 

───そこで、兄さんと初めて出会った瞬間の直前に思ったことだったからだ


 突拍子にトイレの方から来た私達と同じくらいの男の子がそんな呆けた声を発した。


「「......!」」


 一方、まだ他にも家族になろうとしている人が居ることに、私達は少し驚いていると、母さんが最初に反応した。


「あなた......駿君だよね?」


「えっ......どうして俺の名前を知ってるの?」


「あぁごめんね、私は篤と付き合わせてもらってる稲部(いなべ) 恵美(めぐみ)っていうの。それで───「あ、もしかして新しい家族になる人?」───えっ......どうしてそれを?」


 予想してなかった答えが返ってきたのか、母さんは少し困惑していると、小さな兄さんは父を指差し


「前々から二人ですごく楽しみにしてて、ずっとどんな人が家族になるのか父さんに聞いてたんだ」


 と、無垢な笑顔でそう言った。


「......そうなの?」


 小さな頃の兄さんに言われた言葉に、母さんは何故か真偽を問うように父さんの方をジト目で振り返る。 


「......う、うん」


「えぇ!? だって......今日まで内緒にするって約束したじゃない?」


「ごめん! でも駿、こう見えて良く周りを観察してるから隠し事をしてるとバレちゃうんだよ......だからどっち道時間の問題だったし......」


「はぁ.....分かったわ。あ、ねぇ駿君。この子達のことはもう分かってる?」


「......いや、名前だけは分かるけど、どっちがどの名前かわかんない」


「ふふっ......確かに似てるしね。じゃあ二人、直接駿君に名前を教えてくれないかしら?」


 その時、ここぞとばかりに話をふってきた母さん。 


「......ぇ」


呆気に取られながらも、確かあの時の私は、時間は掛かったけど自己紹介をしたはずだ。

 


「......」


「......」


「ぇっ......と」


「......」


「わ、わたちの......なまえは......み..................ゆっ......!!」


「......みゆ? ......で良いの?」


「............う、ん」


「そっか......」


「......」


 どうせこの子も元の父さんの居場所を奪うんだ。


 ───自己紹介の後も、根拠も何もないのにそう決め付けてた気がする。


 でも


「───......ぇ?」


 その時、今と同じようにぶっきらぼうな態度を取っていた私の目の前に手を差し伸べて───小さな頃の兄さんが笑いかけてきた。


「よろしくな! みゆ!」


「......」


多分、この時は何で手を自分に差し伸べたのか理解できなくて、その手をただ長い間じっと見ていたと思う


 何をしようとしてるのか。


 するとしても、私に対しての嫌がらせだろうか。

 

 机越しで私に手を出してまで、何がしたいんだろうか。


 

そんな風に、一人で嫌いな人の行動を幾重にも警戒を強めながら、じっくりと観察してた。


 しかし


「ほら、握手だよ握手!」


「......え?」


「あ・く・しゅ! ......ったく、まさか握手もわかんないのかよ。良いか? 握手っていうのは──」


「......っ!?「───こうやって手と手を握り合うこt」きゃああッ!?」


いきなりだからびっくりしてしまって、その時は反射的に握られた手を直ぐに振り払って、頬に熱が帯びるのを感じながら怒った気がする。


「いてッ!? 何すんだよ!」


「......! こ、こっちのせりふッ!」


やっぱりこの子......嫌いっ!


(......その後も、些細な事でも喧嘩を繰り返してたな)


 そんなこともしている内に、隣に居た結も自己紹介して、小さい頃の兄さんに私と同じように握手を求められてた。


 直ぐに手を振り払った私とは違って、一方結は素直にそれを受け入れて握手し、直ぐに小さい頃の兄さんと打ち解けていて、その後、私は蚊帳の外になっていた。












 (───あぁそうか、この頃から私と結は違ってたんだ)



 素直になれた結と素直になれない自分。


 ───この違いは、幼少期から平行線のまま。


..................


............


......









「......」


結局......その日の対面が終わっても仲が悪いままだったな......


 そう思い返している内に、駿と結がやっている雪掻きの作業も終盤に差し掛かっていた。


 二階の窓から見える雪景色をバックに、玄関前に積もっていた雪がいつの間にか脇に退かされていた。


 思った以上に頑張ってくれている。


「......あ、でも......」


 不意に、過去の記憶から一欠片の思い出が脳裏に過(よぎ)った。


確かに仲が悪いままその日は別れたけど......帰る時に傘を忘れちゃった私に傘貸してくれたっけ......


 あの時だけは、素直になれた気がする。


 








───えぇ......あれほど傘を持っていきなさいって言ったじゃないの




───うぅ......でもぽつぽつ雨だったしぃ......



───望結? 私の貸そうか? 



───......

 


───おい



───......っ!? あんたは......え?



───......やるよ。俺もう一個あるし



───............



───ほら。早く持てよ......もう帰ってゲームしたいんだよ



───..................ありが、とぅ......



───ん、どういたしまして。んじゃあな! また会おうぜ......ゆい、みゆ。待ってるからよ



───バイバイ! しゅん!



───おう! じゃあな、ゆい。またそっちの学校の話、聞かせくれよな!



───うんっ!



───ほら、望結。駿君にさよならしないの?



───......



───はぁ......もうっ。......傘ありがとうね駿君。また会った日に必ず返すから



───うん。バイバイ新しい母さん



───あ~あ......行っちゃった~



───ふふっ。大丈夫よ結。近い内にまた会えるから



───......っ! ホント! 



───えぇ......きっとね。望結



───......なに? 



───次はちゃんとお喋りしようね?



───......うん









「......ありがとう、か」


 ぼそぼそと俯きながらだったが、傘を渡されたときは素直に礼を告げれた。


......でもそれは当たり前のことだから、『素直だった』って言えないよね


 そう思った後、思い出してきた様々な記憶から来る、懐かしい余韻に浸りながら、眺めていた窓から離れて鏡の前で立ち止まる。


 そこには、当然望結が写り込んでいた。  


「......」


......本当に成長してるのかな? 胸も結ぐらいにはならないし......背も小さいし


「今、私本当に中三だよね......?」


来年には高校生なのに......はぁ


 鏡に写る自分の容姿に、溜め息をついてから、また窓を覗き込んだ。



「───よし、一通り終わったな」


「......うん! 手伝ってくれてありがとね、駿」


「良いってことよ! 寧ろじゃんじゃん暇人の俺に仕事を与えてくれたまえ! ......じゃないと駄目人間になってしまう」


「あ......う、うん。まぁそういうことなら......もうちょっと頼ってみようかな?」




 ───黒い長髪を揺らしながら駿と笑う結を見て、望結は独りでに




「......髪伸ばしてみようかな」


 誰も居ない家の一室で呟いたその言葉。


 案外、その環境下で小さく呟いたら予想以上に響いたためか、少し恥ずかしくなってきた気持ちを隠すように


「なんてね」


 と、取り繕うのだった。




= = = = = =





「......ふぅ」


雪掻き結構疲れたな......


 自室に戻りながら、そう額に残る汗を拭き取る駿は、「さて......」と、黙考する。


一応雪掻きしてる時に今一番欲しいものを聞いたけど結は何も要らないとか言ってたんだよな......まぁそれが結の一種の美徳なんだけど。でも困ったな。これじゃあ俺のセンスが問われてしまうぞ......どうしよう、ダサくてしかも渡した本人が一切興味を持ってない物をプレゼントしたら......本当にどうしよう


 そう考えている途中で


「......あ、そういえば望結に聞いてないや」


 と、思い出す。


「............しかし、聞きづらいなこりゃ」


結とは違って望結はツンツンしてるからなぁ......もしかしたら、は? プレゼントにつけこんで私と付き合うつもり? きっも......兄妹なのに有り得なくない? とか勝手に妄想を広げて言ってきそう......


「───兄さん?」


 そんなことを思っていると、不意に後ろから呼び掛けられた。


「ひゃあ!?」


 望結に対して失礼なことを思っていた時に当の本人が話しかけてきたためか、そんなすっとんきょうな声を上げながら驚いてしまった駿。


「......?」


 そんな駿に望結は怪訝な顔をしながら、首を傾げる。


「ぁ......あ、あぁっ! どうした我が妹よ!」 


「......」


「ど......どうかしたかね」


 そう聞かれた望結はわざとらしく首を傾げる駿をジト目で見つめながら


「......そのしゃべり方キモいよ」


「ぐふうッ......!?」


 と一言で駿の心を粉砕する。


まさか......妹に言われるとダメージが大きく増量するというのか!? そんな馬鹿な話がッ......


 その事実の証拠は今現在の駿の心の傷つき度合いが物語っているのだが......と、顔色から思考を読めた人がここに他に居るならば苦笑しながらその事実を突きつけるだろう。


 心に負った傷を辛く思いながら、驚いてあんな口調になっていた自分を痛く思いながら、少し涙目で謝罪した。


「あ、あぁ......悪い。ちょっと気が動転してたみたいだ」


「......ふーん」

 

「......え? な、何?」


「え? いや? ......なんで普通に話しかけただけなのに、あんなにビックリしたのかなって気になってさぁ?」


「へぇ~......そ~なんだぁ~」


「うん~......そうなのぉ~」


 数秒間、じーっと顔色伺う望結。


 近くまで詰められた端正な顔と後ろめたいことがあるせいで駿は望結を直視出来ず、つい目を逸らしてしまう。


「......でさぁ~? ......何か失礼なことを考えてなかった~?」


 そして、的確に駿の図星を突く望結の能力は恐ろしいことだろう。


「......へ?」


どどどどうしてそれを......!?


 みるみると表情が固くなっていく駿。


「......」


「......っ」


逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ......


 真偽を確かめるような望結の鋭い目。


 駿にとっては死神から直視されているような恐怖だ。


「............」


「............!?」


 そして、見つめ合うこと数分───一方が睨み、一方が怯えている、一方的な心理上の攻防戦が、ついに決着する。


「───はい、確信犯だねっ!」


「......はい......スミマセンデシタ」


 と、そこで早々に心理戦の決着が追求側の望結の勝利に終わり、お前はどっかのメンタリストかっ! と、心の中で望結に畏怖した駿は


「お前......まさか異世界帰りなのか? 絶対それスキルだろ......」


 そんなあるはずのない根拠を望結に聞いた。


「は?」


「あっ......ハイ」


 しかし、望結がさらに目を鋭くさせて怒気を深くすると、一瞬にしてその質問は無かったことにされた。



「兄さん───いや、糞雑魚ナメクジさん」


「......ン?」


あれっ? おっかしいなぁ~......あの望結が糞雑魚ナメクジっていう悪口をいってた気がするぞ~?


「私ね、そういう影でこそこそ言う糞雑魚ナメクジみたいな人が一番嫌いなの」


「あ、あぁ......ハイ、そう、ですか......」


その呼び方で通すのね? ......りょーかい


「うん、それでね? 同級生にも居るんだけど、他人の悪口を影で言って、共感し合って、グループ作って、まるで権力を得たように周りへ威張ってる女子達......あ、違う。糞雑魚ナメクジ達を毎日見て苛立ってる私にね? 兄さんが───いや、糞雑魚ナメクジさんが───「あの......」───え? 何?」


「いやさ、そのk───「今私が話してるんだけど?」───あ、うん。......それは分かってる。それは分かってるんだけど......! ......その名前を言った後に一々糞雑魚ナメクジって言い換えるのは止めようぜ!? 本当にジリジリと心が削られてくから! ───「今! 私が! 話してるんだけど......?」───......オーケー。......もう糞雑魚でいいや」


何かもう激オコプンプン丸だし......止められないや


「話を戻すんだけど、学校でグループ作って影でこそこそとしてる糞雑魚ナメクジ達が威張ってるのをいつも見てストレスを感じてる私に、今回みたいなことされるとそいつらの事思い出して本当にイライラするの」


「......そっか。色々と大変なんだな」


「だからさ......その......言いたいことがあればはっきりと面と向かって言ってくれない?」


「お、おう......分かった」


「......ふん。まぁそういうこと。分かってくれればそれで良いよ。今回は見逃すけど、次やったら本気でずっと糞雑魚ナメクジって呼ぶから」


「......それは本当に止めて欲しい」


毎日毎日呼ばれるだけで心が抉られるのは本当に勘弁してほしい......


「大丈夫。次やったらだから。それまでは兄さんだよ」


「あ、なんだかその呼び方懐かしく思えてきた......だからもう一回呼んでくれない?」


「え? ......に、兄さん?」


「......お、おぉッ!」


やばい......心が洗われていくっ! 糞雑魚ナメクジに侵された心が兄さんによって浄化されていく! ......あ、そうだ......


「......?」


 呼んだだけでいきなり感嘆し始める駿に望結は困惑していると、何か思い出したような顔をした駿は


「そうだ望結。覚えてるか? 今の兄さんじゃなく、昔お前が俺を呼ぶときに使ってた言葉」


 と、質問した。


「昔? ......うーん───......!!」


「ふふん。何顔赤くしてるんだよ? さぁ、その思い浮かんだ呼び方で呼んでみてくれ」


「はぁ!? 何いってんの? 呼べるわけないでしょ恥ずかしい!」


「なんで? 良いじゃん。というか結構傷ついてるんだぜ? ......糞雑魚ナメクジって言われたこと」


「......そ、それは兄さんがそう呼ばせるほど私を怒らせたのが悪いんでしょ」


「でもさ......別にあの場でわざわざそう呼ばなくても良かっただろ?」


「駄目といったら駄目ッ! 絶対呼ばないんだから」


「別に恥ずかしくないんじゃね? 昔の呼び方。結構全国的に見ても呼んでる兄妹とか俺らみたいな義兄妹とか居ると思うぞ」


「そういう問題じゃないでしょ! 私が恥ずかしいから嫌だって問題だから!」


「ちぇっ......ケチ」


「やかましい!」


「いけず」


「意味一緒!」


「はぁ......もういいや。じゃあ呼びたいとき呼べよ。昔の呼び方で」


「ちょっと......呼ぶ方は私だからね? 何自分が優位に立ってるような言い方してるの? それを言うなら『呼んでくれよ』でしょ?」


「そういえばさ───」


「......いきなり舵を切らないでくれる?」


「え、あぁごめん。だけどちょっと気になってることがあってな」


「......で、何?」


「ほら、俺もお前ら二人もクリスマスプレゼントが無かっただろ? なんか欲しかったものとかあったのか?」


「えぇ? 欲しかったもの? ......うーん───」


おお......我ながら素晴らしい自然な欲しいものの聞き出し方だな......


 自分の話術に感心しながら、望結からの返答を待っていると「───あぁ!」と、思い出したのか笑顔になった望結に再び問う。


「なんだ?」


「欲しかったものはね」


 子供のように無垢な笑顔を見せながらスマホでとある画像を見せてきた。


「このバック! 今も欲しいんだけどね!」


「ふむ......」


生地は革で、全体的に白いな......ポケットは両側に二個付いていて、それから───


 一通り画像のバックの特徴と形を見て覚えたあと、「可愛らしいバックだな」と言ってから、画面から顔を遠ざけた。


「でしょ? でも結構高くて......」


「ん?」


 再び見せてきたので、覗き込むと、望結は見計らったのかバックの画像を下にスクロールさせた。


「あぁ......」


 するとそこには定価16980円と表示されていた。


「確かに望結の今のお小遣いじゃ厳しいラインだな......」


「うん。だからクリスマスプレゼントにもしかしたらって思って母さん達がよく居るリビングの目立つところに欲しいものを書いたメモを置いたんだけど......」


「今日見たら無かったと」


「そういうこと......」


「......まぁ俺もしっかりもので家に貢献してる結だって無いんだ。何か事情があるんだろ」


「そうだよねぇ......今年は我慢我慢っ! だね」


 そんな言葉に、駿は思わず笑みを溢した


「因みに俺は先日新発売されたBS4が欲しかったな! 特に来年の目玉であるデビルハンターワールドっていう狩ゲーがマジで楽しみで仕方がないッ!」


「相変わらずゲームが好きなんだね......」


「まぁな......自他共に認める筋金入りのゲーマーさ」


「それで何で成績は良いのか......はぁ」


「おいおい望結。人生もゲームなんだぜ? だったら勉強だってスキルみたいなもんだよ。カンストしたいに決まってるじゃん」


「なんだろう......無償に言ってる事に腹が立ってきた」


「真のゲーマーとは、リアルでもゲームでもカンストをするために時間を費やす奴を言うんだよ。俺はそれを目指して、日々努力してるぜ?」


「語らんでいい。やかましいっ!」


「まぁまぁ。話に付き合えよ。議題はゲーマーとは何か? にしようか」


「遠慮しますというか退いて! 一階に行くから」


「え? あ、了解。じゃあいつでも昔の呼び方で呼んで良いからな~?」


「呼ばないし! もうっ......」


 望結は廊下から素早く駿から逃げるように、階段を降りる。


 そして降りる途中で


「にぃに......だなんて恥ずかしくて呼べるわけないでしょ!」


 と、口を尖らせた。




> > > > > >


 


 ────あの後



 現在は昼前の11時半。



「───こっちかな......」


 隣街の繁華街。


 駿は電車を幾つか乗り継いでこの街の駅に降りてから、今はおよそ5分歩いたところに並ぶ、まだ昼だと言うのにキラキラと点灯しているイルミネーションが多く目立つ、道路脇を歩いていた。


 スマホを片手に、インターネットの地図機能を見ながら、少々覚束ない足取りで目的地を目指している。


最初は望結が欲しいって言ってたあのバックを買い行かないとな......あれ絶対人気商品だし


 そう、目指している目的地とはファッションを取り扱っている店である。


ここら辺だと、あのでかいデパートが望結が欲しいバックを置いている本格的な店がありそうだな......


 ───クリスマス当日なのか、多くの人で通りは賑わっている。


 家族連れや、女友達同士や、男子数人のグループや、肩を寄せあっているカップル等、どれをどう取っても幸せムード全開の雰囲気だ。


 しかし、駿は途中途中で


───あぁ......あの奴らが繋いでる手と手の間を走り抜きてぇ......!


───あぁ......セルカ棒で自撮りしてる奴らに写り込みてぇ......!


───あぁ......もはや関係自体を切り裂きてぇ......!


 と、隣を通り抜けていくカップルや、道端の大きいツリーの前で抱き寄せあっているカップルや、二人の片手で合わせてハートを作って自撮りをしているカップルを見かける度にそんな黒い野望を抱いていた。


家族ぐるみで手を繋いで歩いているのは見てて微笑ましい......女子同士で手を繋いで歩いているのは見てて仲良しだなって思える......男同士でふざけ合って笑いながら歩いているのは見てて同情する......しかし、少女漫画ばりのキラキラオーラを出しながら固く手を繋いで歩いているカップル......お前らは駄目だ! 見てると幸せになって欲しいと表面上では顔をひきつらせながら言うが、裏では早くその関係が引き裂かれろと思って、そして思ったと同時に、圧倒的な劣等感が襲ってくるんだよ......だから外出禁止! お前らは家デートでもして、イチャイチャし合って、ベットの上でチョメチョメでもしてろ!


「......あぁ、糞。マジ糞......羨ましいなこんちくしょう......」


 何かしたわけでもないのに嫉妬から理不尽な悪口を世間(駿)から言われるカップルには同情する他ないだろう。


 道行くカップル達に睨みを利かせ、その度に嫉妬して歩いていると、目的地であるデパートに到着した。


 今朝は大降りだった雪が、現在は小降りになっていた。


 その影響で服についた粉雪を入り口で適当にはたいてから入店する。


 中は暖房で暖かく、少し肌寒かった体が解されていくように感じた。


 早速、店内の案内板を発見し、ファッションショップが何処にあるのかを探す。


「えーっと......」

 

あ......あった。三階だな


 後は直行するだけ、そのままエスカレーターに乗り込み、三階へと上がる。


「にしても外の広場にもでかいツリーがあるのに、こっちのホールでもでかいツリーを飾るって......二度手間じゃね」


というかデートスポット増やすなよ。なに考えてんの? リア充の巣にでもしたいんですか?


 そんな愚痴を溢しながら三階に着くと、多くの本格的なファッションショップが立ち並んでいた。


「さて......確かこのバックは......────へぇ......フィルミーナって店に置いてるやつなのか」


スマホ便利だな~......


 フィルミーナという店を探して、見渡していると英語で『Phlimina』というロゴを見つけた。


「おぉ......良かった......ここに無かったら面倒臭いことになってたぞ」


 検討違いでまた店を探すとなると、ここ以外の本格的なファッションショップを知らない駿にとって、時間を物凄く消費してしまうことになってただろう。


 早速入店すると───


「......」


どうしよう。めっちゃ気まずい


 と、殆ど中高生か若い女性と、数組のカップルしかいない光景に思わず回れ右をしそうになる。


 しかし、妹が欲しがってるバックを買いに行ってるんだぞと、心の中の駿が叫ぶと


あ、それなら仕方がないか


 と、もう妹の為なら割りきってしまう駿には準シスコンの称号を与えるしかない。


「さーってと......ふんふふーん♪」


 先程までの緊張感がまるでない。これはもう末期だ。本格的にシスコンの称号を与えるか検討しよう。


 ────店の奥まで行くと、リア充ひしめくバックコーナーに辿り着く。


「......」


出たな悪の組織......


 一度立ち止まってから楽しそうに話をしているカップルに苦そうな表情を浮かべた瞬間、とある考えが頭に過(よぎ)る。


あれは高価なもので、男の、しかもファッションにまるで興味のない俺でさえ可愛らしいと思ってしまう程のバックだ......彼氏は可愛い彼女には当然可愛らしいものを着て欲しい筈だ。そして、彼女に特別なものと思って欲しいのか、高価なものを買う可能性が高い......即ち、必然的に、あの可愛くそして高価なバックを見つけた瞬間に、購入する可能性も非常に高い。......あの三つのカップル達より先にあのバックを見つける必要があるということだな......


「......勝負と行こうじゃねぇか......」


 不敵な笑みを浮かべながら、小さく呟いた駿は早歩きであのバックを探す。

 

先ず、妥当なのは端から順に探す方法だな......でもこれじゃあ時間がかかる......


「───あの、会計お願いします」


「......っ!?」


何ッ!?


 店員に声をかけた女性に驚愕しながら歩いていた足を止めて振り返ると、その手に持っていたのは目的のバックとは違うバックだった。


「ふぅ......」


ちっ......考えてる暇は無いってことか。あぁ~もうビックリした......


 大きく深呼吸した後、また歩き始める。


......何か......早く見つける方法......


 両側を流れていく棚に置いてあるバック達に素早く目配せして探しながら、黙考する。


「......何処にあるんだ───あっ」


 カタッ


 何かの拍子にぶつけてしまったのか、そのバックの定価が書かれている板を落としてしまう。


時間が無いってときに......


 嘆息しながら、それを拾って元のところに戻す。


よし......────ん? いや待てよ?


 また定価が書かれている板を手に取り、暫し凝視する。


これは約5000円だよな......


 さらに、数歩横に歩いた先の適当なバックの定価が書かれている板を手に取る。


これは約5500円......


 そこでもう一度、黙考して数秒。


 ......あ、あぁ! ......そうか! 値段だっ!


 再び、その板をあるべきところに戻してから、歩く。


6000......7000......8000......9000......10000円!


「やっぱり......値段で分けられてる!」


ということはこの先に! 


「15000円......16000円......16980円───お?」


 定価が書かれている板から目を離し、その値段のバックに目を移すと


「......!」


革で出来ていて、白い。そしてポケットは両側に二個付いている......このバックだ!


 歓喜の余り、ガッツポーズを取っている駿は


これで望結へのクリスマスプレゼントは買えたな......


 と、安堵する。


 早速、そのバックを手に取ろうとすると不意に───


「「───え?」」


 と、そのバックを持とうとして掴んだ先には二つの重なる手、重なる声。


 そして同時に、隣を見ると


「こ、ここ近藤君......!?」「峯崎さん......!?」


 互いの名を呼んだ。


「「......」」


 そして、途切れる会話。


 時間が止まったように、二人は重なる手を退けない。


 何故なら、互いに赤くなっている顔を見つめ合っているからだ。 


 絡まる視線、重なっている手から伝わる自分とは違う温もりと鼓動。


「「......!? ────ぁ」」


 同時にその絡まっていた視線を逸らし、そして同時にその逸らした先あった互いの重なっている手を見てさらに赤くする。


「わぁッ......! ご、ごごめんっ!! み、峯崎さん!」「ごごごめんなさいっ! 近藤君......!」


 手を同時に引っ込めて、同時にまた目を逸らす。


「「......」」


 再び途切れる会話。


 そして、それぞれが心の中で今の状況について本音を吐き出す


どうしよう! 近藤君と出会って......近藤君と見つめ合って......挙げ句には手をっ......! あ、近藤君の私服だ......なんだか大人っぽいな......格好良い。しかも私と同じように恥ずかしがって顔が真っ赤になってる......手触っちゃったから嫌だったのかな? ......私は嬉しかったけど......でもなんかじっと見てると赤くなってる近藤君、可愛いなぁ......


 今さっきの状況について考えてみるみると赤くなっていく伽凛。


 一方───


峯崎さん!? え? マジで峯崎さん!? マジもん峯崎さん!? チラ見してみよう────あ、やっぱり峯崎さんだ! なんか目をうるうるさせて赤くなってもじもじしてる峯崎さんだ! 可愛い! まじで可愛い! もうヤバイよ! てかあれじゃん! 嫌だったのかそれで恥ずかしかったのか後ろに隠して組んでる手バッチリ触っちゃったよっ! 柔らかかった......そして温かかった......ヤバイぞ、峯崎さん親衛隊にボコボコにされちまう! だけど......そんなことはどうでもいい! というか峯崎さんの私服......あれ? 天使かな? うん、きっとそうに違いない。目の前に降臨せし者は天使なんだ。だってほら、せなかに大きな翼が見えるよ! しかも周りにキラキラと光が見える! 全てが眩しい!


 ───駿は末期だった。


 互いに思い合っていることは知らないが、互いにこうして思い合っているこの状況は、明らかに来る途中に駿が散々愚痴を言っていたカップル、リア充に世間から見えるだろう。


何か話さないと......


「......峯崎さん!」「......近藤君!」


「「あ───」」


 二人してそう思い立って言った言葉がまた重なり


「み、峯崎さんからどうぞ!」「先良いよ! 近藤君!」


「「......!」」


 全ての言動と最後にした気まずい表情も、全てが連動しているかのように重なる。


「「......」」


 又々会話が途切れる。



うぅ......上手く話せない......




おいおい......この会話の流れといい、この無限ループの仕方といい......ラブコメのテンプレじゃねえか......このままだと埒が開かない。ここは男が無限ループを断ち切るのがセオリーだ......


 益々緊張する伽凛だが、一方そこで決心した駿は「えーっと......」と、話し始める。


 また話し始めが被るのかと思いきや今回は来なかったようだ。


「峯崎さんも......買い物?」


 その質問に、伽凛は胸に響く爆音の鼓動をうるさく思いながら、口を開いた。


「......うん。新しいバックを買いにきたんだ......」


「そうなんだ......」


「近藤君も......買い物?」


「うん......まぁ、そんな感じ」


「へぇ......バック?」


 と、伽凛は白いバックに目を移しながらそう聞いた。


「そう。俺のじゃないんだけど......プレゼントにしようと思って」


「え? プレゼントに?」


も、もしかして......彼女さんなのかな......?


「うん。妹が前々からこの白いバックが欲しいって言ってたから」


「あ......そ、そうなんだ」


......妹さんか......良かった


「そういえば峯崎さんもこれにしようとしてたよな? もしよかったら譲ろうか?」


「い、いや。ちょっと気になって手に取ろうとしてただけだから......」


「え? 良いのか?」


「うん......だから、妹さんにプレゼントしてあげて?」


「......! ありがとう峯崎さん!」


「ふふっ......妹思い......なんだね?」


「え?」


「良いなぁ妹さん。こんな優しくて妹思いの兄さんが居たら幸せだよ」


「俺優しくない気がするんだが......」


「ううん。優しいよ。───私、近藤君みたいな兄さんが出来たら嬉しいと思うもん」


「......!」


 その何気ない言葉に、駿は思わず胸を跳ねらせた。


 そんな駿をいざ知らず、可憐な笑顔を浮かべながら


「じゃあね近藤君。三学期でまた会おうね?」


 と、伽凛は踵を返して、店から出ていってしまった。


 遠ざかる背中を目で追いながら、死角に入った途端にあの白いバックを見つめる。


......


 一人残された駿は、あの短くて長かった甘酸っぱい時間が終わってしまったことに、寂寥感を感じながらも、伽凛が譲ってくれた白いバックを大事に持ち上げて


「......ありがとう」


 と、静かに呟くのだった。











 ───会計を済ませ、白いバックが入ったリボンを結んである紙袋持って店から出ると、時計が十二時半を指していた。


 普通はここで昼食を取るのだが、出る前にそれを済ませた駿は次の目的である、結のプレゼントを探すことにした。


と言ってもなぁ~......何を買うかなんて目星ついてないし......


 望結からは欲しいものを聞き出せたものの、結からは何も要らないと言われ、聞き出せてないのだ。


「うーん......」


 と、唸りながらとりあえず三階から一階へとエスカレーターで降りる。


 一階に着くと、ホールへ向かって、大きなツリーの脇にある椅子に座り、一旦考えることにした。


結か......そしたら......望結と同じようにバックでも良いかな......? ......いや、でも結ってそんなにお洒落しないからな......バックを貰ったとしても古いのがあるからこっち使うねって言いそうだ。だったら服なんてどうだろう......あいつ元々が整ってるから何でも似合うと思うんだが。あ......駄目だ。いくら何でも似合うとかいっても俺が選んだものだったら駄目になると本能が言ってる。これも却下だな......────




 暫し考えること一時間。


「......駄目だ......思い付かない」


最高のプレゼントにしたいから、どうしても自分の中でハードルを高くしちゃうから考えてるもの全て駄目に感じる......


 何か良いものは無いか。


 その議題を元に考えること一時間。


 ────結果は何も無し。


「まずい......これは非常にまずい」


このままだと本当に俺の良心が死んでしまう......


 確かに、望結だけプレゼントを渡して、結には自分の何も思い付かなかったせいで何も無しというのは、誰でも気が重くなるだろう。


「考えなければ......考えなければ......」





 そこから考えること、約二時間 


 時刻はもう十五時半を指している。


「......」


 ───椅子の上で沈黙してる人の像。


    モデル・近藤 駿


 そんな風に美術館に出品される石像みたく、完全に動きを停止させている駿である。


 しかし、外観止まっていても、脳の動きはそれと比べ、計り知れないほど活発に動いている。



───もうダメだもうダメだもうダメだもうダメだもうダメだもうダメだダメだダメだダメだダメだダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ───



 そう。ネガティブの方へ活発に動いている。


「───ハッ!? 俺は一体何を......」


 そこで気付いた駿はネガティブの思考を停止させて、一度周囲を見渡す。


「へ? ..................三時?」


いつの間にッ!?


 時計がすぐに目に入った時、焦燥感に襲われ───


ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ


 ───と、また考えるのを止めた。



 そこからさらに一時間後、漸く活路を見出だす。


あ、そうだ......結って家事してるし、それに関係する何かだったら良いのでは?


「......よし。早速」


考えるより先ずは動こう!


 スマホのメモ帳を開き、自分が思い出した範囲の家事の関連がある物を打ちなぐった。


・フライパン


・ボウル


・ピーラー


・エプロン


・アイロン


・コップ


・カップ


・皿


・包丁


・三角巾



───こんな感じか......



「うーん」


 余計な時間掛けてしまったので、これ以上掛けたくないためにこの中から一つ選ぶことにした。



フライパン......微妙だな。ボウル、ピーラー......エプロン。んでアイロンか......アイロンはまだ使えるからな......食器類は間に合ってる気がする。......包丁。......プレゼントに包丁って怖すぎだわ......後は三角巾か。うーん......そもそも結が料理中にしてるの見たこと無いわ......てか調理実習かっての


 急いで後先考えずに打ったちょっと前の自分に突っ込みを入れると「......待てよ?」


 画面を凝視しながら、考えていると、ふと何かを思い出した。


そういえば今結が使ってるエプロン、あれお母さんのじゃなかったっけ......


「......」


うん......絶対そうだ。ということはもうエプロンに決まりだな。というかこの中じゃエプロンぐらいしかプレゼントに妥当な奴なんて無かったな......


 よくよく考えればこのリストの中だったらエプロンと即決出来たことに少々自分の馬鹿さ加減に苦笑していると、こうしちゃいられねぇと、直ぐに自分を叱咤し、エプロンを買いにいくのだった。



= = = = = =



「そういえば兄さんの言ってた親の仕事をやるってどういう意味なんだろ......?」


 と、自室で雑誌を読みながらふと今朝のことを思い出す。


 あの時は誤魔化され、親からどういう仕事をさせられるのか分からなかったままだ。


......


 雑誌のページを呼んでもない世話しなく捲りながら、足をパタパタする。


「......」


 望結はこれまで、駿が誤魔化したその先へ侵入したことは一度もない。


 秘密、プライベートを尊重してきた。


......


 隠すほどのものなら、きっとその仕事は面倒なことだ。


 だったらたとえ義理でも妹として、駿と言う義兄を慕う妹として。


「......よし」


 ───駿と言う一人の男性を慕う一人の女性として力になりたい。


......今回だけは許してね


 部屋から出て、結の部屋を通り抜けて、一番奥の駿の部屋に入室する。


意外と綺麗にしてるんだ......


 感心したあと、親が旅行に行く前に書いて残した、駿宛の置き手紙を探す。


「あ......」


 ───いや、探さなくても充分だった。


 机の上に、ポツンと裏にして置いてあった一つのメモ用紙。


 結や望結に渡された置き手紙も、あれと同じ種類のメモ用紙だった。


あれかな?


 机から、そのメモ用紙を手に取り、表に返すと同時に


「......!」


 望結は瞠目した。




= = = = = =







「よぉおし!」


写真の結を見ながら一番似合いそうなエプロンを選んだぜ......ふっ俺ってば......中々の上級者だろ?


「後はケーキだ! さっさと買って帰ろう!」



と、二つのそれぞれリボンで結ばれた袋を満足げに持ち上げながら、走ってケーキ屋に急ぐのだった。













「ただいまー!」


 家の玄関に着き、そう声を張り上げた。


「───おかえり! 駿。なんか突然居なくなってたけど何処に行ってたの?」


 母の黒いエプロンを着た結が、奥から笑顔で駿を出迎える。


「あぁ......まぁ色々と野暮用がありまして。終わらせてきたんだ」


「へぇ......そうだったの。お疲れ様。......あ、早く上がってお風呂入っちゃって。ケーキはないけど......今日は豪華な夕食だから!」


「おおマジ!?」


「うん! ......ってあれ? それって......」 


「......まぁ、な......チョコかチーズかアイスか迷ったが......生クリーム、これが無難かなってな」


 そう言ってホールケーキが入った袋を微笑みながら前に出す駿に、結は「......もうっ。野暮用ってそう言うことだったんだね? ふふっ......ありがとう駿」と、笑みを溢した。


 結のその笑顔で、一日の疲労が一気にすっ飛んだように思える。


 体が軽くなって、心は温かくなった。


 「あぁ......」


 そして、心を込めた返事をする。


 後ろで二つのプレゼントを隠しながら。






 






 ───それからの近藤家の聖夜は、神のみぞしる。


 ただ一つだけ言えることは、夜深くまで談笑が絶えなかったことだろう。

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