ボッチ、試合を見る

 ───『王城・近衛魔法剣士隊本部』




 選ばれた者しか入ることが許されていないこの本部は他の軍団本部とは一回り小さい部屋に置かれている。


 人数は約500人で、作戦時には一個大隊か125人単位の四個中隊か50人単位の十個小隊に分かれる。


 他の各軍団の平均兵力は1500~3000の大人数だが、近衛魔法剣士隊、通称『魔剣隊』は僅か500と少人数で構成されている。


 兵力的に見ると圧倒的に見劣りするが、『魔剣隊』は量より質を優先させた部隊だ。


 兵士一人一人が騎士、戦士、兵士の三つの職業の中で剣を特に極めた者が転職できる魔法剣士という職業になっている。


 その三つの職業は、普通は魔法は使えるが適性上初級魔法しか使えることしかできないのだが、剣を極めし者に天から魔法剣士という職業を授けられる。 


 理由は不明だが、剣術熟練度が7を越えると魔法剣士に転職できるようになれる。


 そのため魔法と剣術を扱える精鋭達が集められた部隊なのだから必然的に人数は少ないのだ。


 そんな精鋭達の巣である『魔剣隊』を率いる隊長、アリシア・レイス。


 本部の専用席で資料を処理しているその人は、現時点で言えば、騎士団長に続く最高戦力の一人である。


 団長に次ぐ剣術の腕と、王国最強の魔法使いに次ぐ魔法の腕を持つという近(きん)、遠距離ともにほぼ完璧な実力を持っている。


 『魔剣隊』の戦力5分の1に相当する強さは計り知れない。


 世界中でも有名なその名と強さ、美貌は『グランベル王国』の第一印象ともいえよう。


 世間からは『炎髪の魔剣士』と恐れられているそんなアリシアだが、今は事務の仕事をしている最中だった。


 その苦戦のしようは、ぐったりとしてる表情が物語っている。


「......はぁ」


どうしよう......やる気が出ない......


 アリシアは魔術学園を首席で卒業したエリートで事務は得意なはずだが、アリシアを苦戦させているのはやる気の問題だった。


「だってさぁ......」


 そう溜め息を着きながら一瞥したのは側に大量に置いてある資料の山。


この量を......一人でだなんて......


「無理があるわ......本当に」


まぁ一ヶ月山に籠ってやってこなかった分、この量はしょうがないと思うけど......でもさ......


「なんで誰もやってくれなかったわけ......? 私ってそんな人望がないの?」


 そんなアリシアの嘆きに、側に控えていた人物が反応した。


「いやぁ......人望がない訳じゃないっすけど......」


「......そういうならなんでやらなかったのよ......ねぇ? ファブリシオ?」


「す、すみません! 時間がなくて......ハハハ」


「へぇ......私、あなたにそんな時間を圧迫するような仕事を増やした覚えがないんだけど......本人が言うなら本当のことなんでしょうね......?」

 

「ほ、ほんとッスよ! 信じて下さいッス!」


「......」


「そんな睨まないで下さいッス......」


 側に控えていたのはファブリシオという見るからに平凡な騎士だった。


 しかし、それは見かけだけで本当はアリシアの秘書兼小隊長を務めている立派な幹部だったりするこの人物は、普段のその軽い口調と面倒臭がり屋の性格で周りからは『小怠長(しょうたいちょう)』と呼ばれられている。


 ファブリシオはアリシアにジト目で睨まれながらもこう返した。


「自分は副隊長の補佐をやってたッスよ」


「へぇ......じゃああとで補佐をやってたその副隊長に時間をどれだけ圧迫してた仕事内容だったか聞いてみようかしら?」


「......ひっ」


 そうペンをミシミシと音が鳴るほど握りしめながら言ったアリシアに、ファブリシオは畏怖をする。


「......まぁ、それはあとででいいわ。それより、この頃の周辺状況報告してくれる?」


「あっ......はいッス......えっと......」


 後の祭りになってしまったファブリシオはげんなりとしながらそう肩に掛けていた鞄から大きな地図をアリシアの前に置き、順に報告を始めた。


「まず、街道を占拠していた盗賊団ッス。こいつらは二週間前に重騎兵隊が殲滅したッス。被害は騎士七名が重傷だけッスね」


「その騎士達に後遺症はあるかしら?」


「ないッスね。確か......後三日で任務に戻れるらしいッス」


「そう......では次」


「ほい。次は王都近くに存在するアスター迷宮の探索帰りで疲弊した冒険者だけを襲撃していた盗賊団ッス。こいつらは洞窟でたむろしていた所に魔法を一斉射。盛大な爆発に巻き込まれた盗賊団は全員死亡したッスね。被害は皆無。結果は大勝利ッス」


「ふむ......被害がなくて良かったわ。じゃあ次」


「次は───」


 それからアリシアはファブリシオから周辺地域の情報を一つ一つ確認をしながら聞きだした。



 数分後





「───これで以上ッス」


 一言一句違わずに無事いい終えたファブリシオは安堵し、アリシアは微笑んだ。


「報告ご苦労様。......もし噛んでたら拳が飛んでたわよ?」


「え? 労いの言葉の後に普通そこは礼を言うんじゃないッスか? 微笑みながら脅迫するなんて一番怖いやつッスよ?」


「大丈夫、次も噛まなければいい話よ?」


「次もやるんスか!?」


「あ、そういえば......」


「話を切らないでもらえます!? 」


「ここに置いてあったサリネの実......誰が食べたのかしらね?」


「知らないッスよ! というか一ヶ月居なかったから腐ってたんじゃないッスか? だから見かけた人が捨てたんスよきっと」


「あー..................じゃあ買ってきてくれるかしら?」


「お断りするッス!」


「......殉職する?」


「理不尽じゃないッスか!?」


「───あ、じゃあ次いでに私の分もお願いね~」


「あら副隊長。ほらファブリシオ、多数決で決まりよ。いきなさい」


「多数決制だったんスか!? というか都合が悪い時に来ないでッス。副隊長!」


 ───そう扉を開けて話に割り込んできたのは、黒い長髪にぱっちりと大きい紫の瞳をした小柄な少女だった。


 外見は銀の籠手、胸当て、膝当ての軽装の下に白いワンピースを着ている。


 見た目は15才位に見える天真爛漫な少女。


 可愛らしく整った顔立ちにその小柄な体格にしては出てるところも出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。


 しかし、背中には少女から醸し出す可愛らしい雰囲気を一蹴するように、その体格に似合わない長剣が二本差さっている───



「もー。私は副隊長じゃなくてデリアって呼んでって言ったでしょ~? アリシア。あ、ファブリシオは許してないからね~」


「いや聞いてないッスから。てか呼んでと言われても呼ばないッスから!」


「ふふっ......ごめんなさいデリア。元気にしてた?」


「うん! この頃遊び相手が一杯居たから退屈しなかったよ~!」


「遊び相手?」


いつの間にデリアに友達が出来たのかしら......?


 アリシアは首を傾げると、直ぐにファブリシオの言葉で真意を理解した。


「副隊長......盗賊団を遊び相手と言わないでくれないッスか? 因みに俺も入ってますからね? 隊長叱って下さい。敵を遊び相手と勘違いしてる人がいるッス!」


「あーっ! ファブリシオずるい! というか遊び相手は遊び相手じゃん! あれを戦いって呼べる方がおかしいよ! というか私なりの解釈に首を突っ込まれたくないよ!」


「確かに副隊長が居る戦場は一瞬で氷付けにされて呆気なく盗賊団の野郎共は開始早々永遠に動けなくなってて終わった戦いを戦いと呼べるかは疑問だったッスけど......あれでも戦いなんスよ! というか戦わせてくれませんッスか!? 実戦経験が少ない兵士を育成出来ないじゃないッスか!」


「いやいや! 初陣の人が居たんだから逆に考えると命を助けたことになるんだよ? あ、もしかしてファブリシオは仲間が怪我しても構わないって言いたいんだね? サイテー! アリシア! 叱ってよ! ファブリシオはヒトデナシだよ!」


「子供は一回黙ってくださいッス!」


「なっ!? 私は歴(れっき)とした17才ですぅ! というかヒトデナシに言われたくないよ! ヒトデナシー!」


 互いに睨み合っている二人に、アリシアは苦笑する。


「二人とも一旦落ち着きなさいよ......二人の言い分は正しいから私がどっちかに加担することは出来ないわ」


「えぇ~隊長~......」


「うーんアリシアがそう言うならしょうがないか~。じゃあ模擬戦でどちらの言い分が正しいか勝負するよファブリシオ!」


「あっ......いや、遠慮するッス。どうせ瞬殺なんで」


「あ、じゃあファブリシオはヒトデナシということでいいんだね? じゃあヒトデナシ、サリネの実買ってきて~」


「それはお断りするッス!」


「いや、それはいきなさいよ」


「え......隊長言ってましたッスよね? どちらにも加担出来ないとか......」


「私が言ったのは二人の言い分について加担しないと言っただけで、それ以前については言ってないわ」


「ここに俺の仲間は居ないんスかぁ!?」


「居るわよ? ここに。あなたここの騎士団所属でしょ? 当然のことを理解してなかったわけ?」


「そうだよ。何いってんのヒトデナシ」


「......」


「何? 間違ったことを言ったかしら?」


「......? どうしたの? なんか間違ったこと言ったかな?」





「......このヒトデナシっ!」


 そんな今日一番の声が、城に響いたのだった。 


= = = = = =



 ところ変わって、ここは王都最大の闘技場。


 闘技場の名前は決まってないが、闘技場と言えばここと言われるほどの知名度を誇っている。


 特筆すべきはその規模だ。


 円形闘技場であるここは、広さが他の闘技場と比べ、段違いに大きい。


 半径40メートルにもなる選手たちが戦う台は、色んな用途で使用できる。


 一つ目はデュエル。


 トーナメントの抽選で決まった相手と一対一で試合し、最後まで勝ち抜いた者が勝利する。


 二つ目はデュオ。


 トーナメントの抽選で決まった相手と二対二で試合し、最後まで勝ち抜いた二人が勝利する。


 三つ目はロワイヤル。


 一つの台の上で60人を完全なる個人戦で戦わせて一人勝ち残った者が勝利する試合。


 四つ目はレイド。


 獰猛で強い魔物一匹を相手に30人の選手が戦い、魔物が勝つか、誰が一番討伐に貢献できたかを競う試合。

 

 このように、様々な形式の試合が観れるため万人受けし、他の闘技場を寄せ付けない程の人気を集めている。


 そんな闘技場に駿達が来たときには満員に近い状態だった。


 観客席の人混みを掻き分け、試合をみると二つの影が互いに武器を向けあっていた。


 丁度今は一対一の試合形式であるデュエルをしているようだ。


「す、すごい人混みだよね......」


「そうだね......」


 少し疲れた様子の伽凛に駿は苦笑し、他にも疲れた様子の皆に目を向けた。


コミケ並みだな......この人口密度は


 観客席の一番前に行き着くまで凄い人波におされた駿達は一様にげんなりとしていた。


「でもしょうがないと思うわ。ここ一番大きい闘技場だから」


「いやさ、お前ここ行こうって言ったときこの人混みのことを言っておけよ......流石にごった返す入り口見たときは震え上がったぞ......」


「すまんすまん。俺もこんな所だとは思わなかったんだよ......師匠に聞いたときは闘技場の規模とかしか教えて貰えなかったから」


「まぁ、次頼むぞ。それより......凄いな。あれ」


 文句を言い終わった後、優真は会場を沸かせる激しい剣戟が繰り広げられる試合の方に視線を向けた。

 

 皆も思わずその剣戟に注目する。


「わぁ......」


「......速い」


「......っ」


「あれって......」


 と、夕香を筆頭に女性陣は驚嘆する。


 ───駿達を含み、観客達が注目する試合。


 いや、『死合』と言った方がいいのかもしれない。


 片方のローブを深く被っている人物は小柄な体格から少女だろうか? その短刀から繰り出される剣筋が見えないほどの斬撃をもう片方の大きな体格をした戦士は特大剣を盾のように扱って捌き、それでもできた隙を狙う斬撃を体を少し傾けて上手く回避している。


 それからもローブの少女は短刀を逆手に持ち、上段、中断、下段あらゆる方向からのあり得ない速度の剣筋を戦士に見せつけるも、戦士は上手く回避し、時々蹴りを入れて間合いに入り込まないようにまた上手くいなしている。


 見た目からでも経験豊富に見える戦士は、戦い慣れているのか柔軟に対応し続けているものの、まだその得物を一回も触れていないことに少し歯がゆく思っていた。


 鳴り響き続けていた甲高い剣戟の音は一旦少女が距離を取ったために鳴りやんだ。


 恐らく正面からでは無理だと踏んだのだろう。


 少女は間合いを計るように、特大剣を下段に構えている戦士の周りをゆっくりと歩き始めた。


 一方、戦士はと言うと特大剣の剣先を地面に着けて、そこから円を地面に描いた。


 その行動にさらに会場が湧く。


 駿達もその行動の意図が理解出来、思わず瞠目する。


 ───特大剣で描いた円は大きく、大振りになってしまうことは明らかだが、それでも戦士が一番得意としている間合いだと。 


 ───この円に入った瞬間、この特大剣が体に飛んでいるだろうと。


 これは所謂、少女への威嚇、或いは挑戦。


 駿はその行動に、思わず「かっけぇ......」と呟いてしまう。


 戦士は円を描き終わり、再びその特大剣を肩に背負い、少女からの攻撃を待つ。


 少女はそう戦士が構え終わると、周りをゆっくりと回っていた足を止め、戦士に向き合う形で剣を突きつけた。


 その後、少女は小振りな唇微かに動かした。


 瞬間、少女の足元に青い魔法陣が出現する。


 どうやら詠唱をしているようだ。


「あれは......水か?」


 駿は青に光輝く魔法陣を見てそう判断する。


どんな攻撃魔法だろ......俺の場合ここで【身体強化(ブースト)】して一気に詰めて不意を突くけどな......身体強化魔法をするにしてもそれは付加属性魔法に属してるから色は白に発光する筈。光が青いってことは水属性魔法だよな。うーん......この場合遠距離からの魔法かな?


 そう憶測をたてつつ、試合の行く末を見守る。


 少女は数十秒間動かしていた口を止め、詠唱を完成させた。


 すると


「あれは......」


 誰もが目を見張った。


 突如、膨大な光量を放った青い魔法陣から40メートルにもなる水で生成された巨大な蛇竜が出現したのだ。


 鳴き声は聞こえない。


 しかし、その巨体からただならぬ威圧を放ち、見るものを怯えさせた。


 蛇竜はそのまま高く飛び上がり、やがて少女が高らかに上げた短刀に激突したかと思えば、短刀の刃に吸い込まれていった。


 ───そして短刀に、青白い輝きが灯った。


 それを確認した少女は、高らかにあげていた短刀をこれまで片手で握っていた鐔を両手で力強く握った。

 

 それと同時に、どんどんと短刀の青白い輝きが増していく。


「......っ!?」


 やがて戦士も駿達も観客達も目を瞑らずにを得ない程に輝きが増した。


「───はぁああああああああああっ!」


 そしてこれまで閉じていた口から、少女は咆哮する。


 




 その構えは大上段。


 

 



 戦士に向かって、その咆哮と共にその短刀を思い切り振り下ろす。


 刹那、振り下ろした短刀からあの水蛇竜が放たれ、数秒も経たずに戦士を飲み込んだ。


 戦士は成す術もなく、自慢の特大剣ごと水蛇竜に飲み込まれ、生き絶える寸前で解放された。


 水蛇竜は観客席にぶつかることもなく、そのまま少女の胸の中に吸い込まれ、やがて姿を消した。


「......」


なんだ......あれ


「「「「......」」」」


 静寂が闘技場を支配した。


 しかし、ここはあくまで闘技場。


 勝ち負けを競うところでもあり、試合を観て一喜一憂するところでもある。



「「「「────わぁああああああああああああああああああああ!」」」」


 


 静寂からすぐに、大歓声が響き渡った。



= = = = = =


「───すごかったな! あれ!」


「な! 俺も使ってみてえ!」


 駿達は、闘技場を出た後もあのローブの少女についての話題で持ちきりだった。


「あんな魔法見たことなかったな~! ね、三波」


「うん! よく見るとなんか綺麗だったし」


「そうだね! あんな忠実に魔法で再現するなんて凄いよね」


「どんな魔法だろう......調べておかないと」


 夕香達三人は笑い、あの少女と同じ水属性魔法が適正である伽凛はそう黙考する。


「いやぁ......戦いも凄かったよな。剣をあんな速さで振るなんてとてもじゃないけど真似できないわ」


「だな。でもいつかあの域に達することも出来るわけだ」


「俺今の熟練度は4」


「俺は5だな」


「流石優真だな」


「だろ? その代わり魔法は全然だけどな」


「ははっ......」


「なんだその愛想笑いみたいなやつは」


「いや、それで合ってるよ......いやさ、パラディンであるお前がさぁ......光属性魔法を育てないでどうするんだよ」


「しょうがねぇじゃん。だって......アースレル騎士団長だぞ?」


「ん? それがどんな理由に? ────あっ......」


あの人か......いかにも脳筋に見えるよな......


 駿は優真から言われた意味不明な理由の真意を感じとる。


多分、アースレル騎士団長の訓練には肉体改造か剣術しかなかったんだな......気の毒に


「そ、そっか......そう、だな」 

 

「おい駿。なんだその同情した目は」


「いや......想像できただけだ。気にすんな」


「そうか。想像か。確かに俺達男子の多くは想像を絶したな」


「......」


「......」


「語るか」


「だな」



 後ろで黄色い声を上げている女性陣に対し、駿と優真はその後、訓練の内容について愚痴を言いまくったのだった。






 






 そんな城下街散策を楽しんでいる駿達6人の背中を怪しく見守る三つの影。


 三人は不敵に口を釣り上げて、それぞれ得物に手をかけていた。



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