地球side・近藤 望結

 今日も一日が通り過ぎていく。


 ───楽しい学校生活。


 ───楽しい家族との日常。


 ───部活、勉強ともに両立できている充実した生活。


 そして







 


───近藤 駿という、一人の存在が消えてしまった毎日。


 

 ぽっかりと空いた穴のように、兄という存在が急に消えてなくなってしまった。


 一日前までは、会話できていたのに。


 一日前までは、その温もりを側で感じていたのに。


 一日前までは─── 







 ───互いに笑っていたのに。


= = = = = =



「───......ん......ぁ」


そうか......寝てたのか......


 揺れる電車内。


 その度に鳴るガタンゴトンという騒音は乗り慣れると一種のBGMのようだ。


 徐(おもむろ)にバックからiPhoneを取り出し、時間を見るとそこにはまだ八時五分と写っていた。


 どうやら、五分くらいうたた寝していたらしい。


 現在は通勤ラッシュの時間帯。


 つまり、満員電車内に彼女は居た。


 しかし問題はない。


 理由は単純、シートに座っているからだ。


 ぎゅうぎゅう詰めで隣の人とくっついてしまうことはしょうがないものの、立っているときの四方八方からの圧に比べたら百倍ましだと彼女は思っている。


それにしても......


 寒くなってきたと、窓の外を流れていく枯れ木に変わりつつある紅葉や若葉の木を一瞥した。


あ、LINEだ。誰からだろ


 不意に通知から開くと、〈姉〉のトークが開かれる。


『望結(みゆ)、今良い?』


 少し遠慮している文面から、望結(みゆ)とLINEから呼ばれた彼女は何かあるのかと予測して返答する。


『何かあったの?』


 そう打つと、直ぐに姉から返ってきた。


『駿のことなんだけど......』


『あぁ......兄さんのこと。で、進展とか?』


『それが......分からないって......第一に現場の証拠が余りにも少なすぎて』


 その返答に望結は少し心が沈んだが、不安に思わせないようにまた直ぐに返答した。


『分かった。ありがと、結。また何かあったら連絡して』


『うん。じゃあ文化祭の準備あるから。......望結も何か連絡あるんだったら四時以降にして。その時間まで触れないと思うから』


『了解。じゃあね』


 そこでLINEを閉じて、溜め息を着いた後、望結は少し黙考する。


普通有り得るのかな......全員が突然消えるなんて


 ───あの事件から、もう一ヶ月の月日が流れていた。


 世間からは『集団神隠し』と呼ばれている。


 その事件内容は、全国を唖然とさせた。


 それは名前の通りの出来事が起こったからだ。


 消えた時刻は分からないものの、八時二十分に教室に来た担任が見た光景。


 それは不気味な静寂とともにあった乱れに乱れた机や椅子達だけで、生徒達が忽然と姿を消していたのだ。


 最初はボイコットか、誘拐かの選択をした通報を受けた警察は市内放送等で呼び掛けて周囲の人に協力を求めるということをしたが、何時間経っても周囲の地域に生徒達の姿を目撃したという情報が舞い込んでこなかった。


 それからかれこれ二時間が経過した。


 が、身代金の要求の電話や目撃情報の電話等からっきしだった。


 警察もやっと事態の重く受けとめ、本格的な捜査に取り掛かるも、捜査線上になにも浮かばかった。


 証拠がないのだ。


 現場に、何も。


 あるのは精々生徒達が触れた指紋や服の付着物、私物だ。


 少数の生徒が愉快犯で生徒達を誘拐したという推理が上がったが直ぐに取り消された。


 生徒一人一人の家庭に、包丁などの凶器が持ち出されたのか確認しに行くも何も取られた形跡がなかった。


 勿論、近くの包丁などの凶器を扱っている店の購入履歴を探してみたがそれも無かった。


 事実、警察は何も手立てがなくなってしまった。


 鑑識に回してみるもそこには生徒達のモノしか一致しない。


 八方塞がり。


 現在も警察は捜査を続けているものの、未だ何も進展はない───



 そして、取り残された家族達も心に整理をつけられていなかった。


 それは望結も同じこと。


 沢山涙を流した。


 母、姉と一緒に。

 

「......兄さん」


 秋が終わりを迎える。


 そして季節の変わり目の曇天の空を見上げながら、望結は消え入りそうな声でそう嘆いた。


= = = = = =


 一時限目が終わり、10分休みを迎えていた。


「......」


 無言のまま机に置いてある問題集に突っ伏した望結は数学の問題をぼーっと眺めている。


朝からこんな調子だな......


 そう溜め息を着いてると、不意に話しかけられる。


「望結、大丈夫?」


「ん? あぁ、三花(みか)......大丈夫じゃない? 多分」


「いや私が聞いてるんだけど......」


 疑問に疑問で返された三花は苦笑し、そのまま望結の前の席に座った。


「それで、何があったの?」


「いや......何もないって。大丈夫だよ」


「うーそ。分かるんだよ? 昔から見てきたんだもん」


「......実は」


「うん」


「失恋して......」


 ペシっ

 

 と、三花から軽く叩かれる望結。


「いっ───」


「───たくない。随分弱めにやったはずだから。もーお見通し! 大体、恋に夢中になってないでしょ? 望結は」


「え? い、いやそんなことないよ? 恋は青春を送る上でとても大切な要素だと思うし......」


「だったら何で来る人来る人フってるのかな?」


「えっ」


「ねぇ望結。校舎裏に一週間に一回のペースで呼ばれてるの、私知ってるんだけどなぁ......」


「......」


「毎回恋が実るのかなって観察してたんだけどー毎回望結がフっちゃうからさぁ......」


「............」


「ふっ......望結、顔すごい驚いてるよ? バレてないと思ったんでしょ?」


 そう笑った三花に望結は負けじと胸を張ってこう言った。


「い、いや。別に? バレてたと思ってたし? だって学校中の噂になってんでしょ?」


「え? まぁ......学校中ではないけど......女子のなかではね」


「でしょ? 何を今更って感じだよ?」


「......はいはい」


「な!? なにそれ!」


「───それで、なんかあったんでしょ?」


「え? いきなり?」


「友達のこと気になるもん。話してみてよ」


「えぇ......」


「いいから」


「............」


「はーやーくー」


「......」


「じゃ望結が校舎裏に呼ばれてること言いふらしちゃおっかな~?」


「や、やめなさいっ 分かったから! 言うから!」


 望結はそう言って、深呼吸をした。


言ってきてなかったけど......


 意を決して、口を開いた。


「私ね......兄さんがいるんだ」


「え? 望結に? ......てっきり結先輩だけかと思った......」


「まぁ......言ってなかったし。でね? 『集団神隠し』って知ってる?」


「......あぁ、確かこの学校より少しグレードが高い海南高校の方で一クラス丸ごと突然消えちゃったやつでしょ?」


「そう。それでね......」


「うん」


「その『集団神隠し』に遭ったクラスに......兄さんが居たんだ」


「......え?」


「今日ね......結から連絡が来たんだけど、まだ最初から進展がないみたいで......」


「......」


「一ヶ月経った今でも......進展が」


───どこに居るの? 


「だからちょっと落ち込んでたのかな?」


───どこに行ったの?


「何でなんだろうな......どうして兄さんが......」


───何してるの?





───兄さん 「......兄さん」


 心の中で嘆いたその声は、果たして届くのだろうか。


 そして口から出したその声も果たして届くのだろうか。


 無理だと知っている。


 いや、届かない。



 そんな無意味な自問自答を繰り返してきた。


 



 幼い頃に優しく、それでいて無邪気に望結の心を育て、そして支えてくれた存在。


 私の自分勝手な行動に、目をつむってくれた。そして時には叱ってくれた存在。


 どんなに私が八つ当たりしたって、怒ることもなく繰り返す文句にすべて頷いてくれた存在。


 普段は頼りないけど、大切なときは無茶をして姉や私、そして周りの人を助けてくれた存在。


 側に居てくれた。


 そして、笑い合った。


 時にはぶつかることもあったがそれでもなんやかんや側に居てくれた。


 私の大切な存在。


 しかし、もう側には居ない。


 生きているのかは分からない。


 だけど、それでも私は世界でたった一人の兄の存在を忘れることはない───





「兄さんには......生きていて欲しいなって......思ってる」


 三花を真っ直ぐと見つめながら、そういった。


「......そっか。望結のお兄さんは......」 


 三花はそう呟いたあと微笑んだ。


「生きてるよ絶対。私が言えることじゃないけど......」


「三花」


「ん?」


「ありがとね」


「うん......」


 望結は微笑みながら、雨が降りしきる外に目を向けて小さくこう呟くのだった。




「......ありがとね」 












 しかし、その教室の床には微弱な光を放つ文字が浮かび上がっていた。


 時刻は九時四十四分。


 全員が二時限目が始まるために、チャイム前席を心掛けて席に座っていた。


 その時だった。



───学校の一つの教室の窓から、膨大な光が溢れ出したのは。

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