二
水が冷たくなるまでしばらく待ってから手と顔を洗った。首の後ろを濡れた手でなでると気持ちいい。ちいさなベンチは日向になってしまっていたので、木陰の地面に直接腰を下ろした。公園の金網にもたせかけた自転車が鈍く光っている。周りには止められる日陰はなかった。熱くなってしまうが仕方ない。
しずくが乾くのを感じながら、残り少ない茶を飲んでしまい、空のボトルを捨てた。ごみ箱のまわりにはジュースの匂いにでもひかれたのか、蜂が黄色と黒の胴体に眠くなるような羽音をたてて飛び回っている。幸いこちらにはなんの興味も感じなかったらしく放っておいてくれた。
「あっ、なにしてんのー。ひとりで」
公園の外から大声を出しながらクラスの女子が近寄ってきた。こいつは放っておいてくれない。
「いいじゃん。なんでも」
「びしょ濡れだね。汗かいたの」
隣に座る。
「水。どこ行ってたの」
リュックを背負っているからだいたい想像はついたが聞いてみた。
「夏期講習」
それから、塾の友達や先生の噂話がはじまったが聞き流した。母さんもそうだが、こういう時は聞いてやると機嫌よくなり、ややこしいことにならなくて済む。
「ねえ、なにしてんの。ほんとに」と、自分の話を一通りしてからまた聞いてくる。
「なにもしてないよ」
「もったいない」
「なんで?」
こんなところをほかの奴に見られたら困るが、あまり暑くてどうでもよくなった。話しながらハンカチで汗を拭くしぐさは男子の友達には見られない様子だった。
「だって時間の無駄だよ」
「そんなの分かんねえよ」
「帽子もかぶってないし」
「うるせえ」
「口、悪いね。先生言ってたけど、だめなんだよ。乱暴にしゃべったら」
髪を後ろでまとめて垂らしているのが帽子からはみ出ている。うっとうしいからひっぱってやろうかと思ったが、思っただけにしておいた。甘い匂いがする。
「飴かガム食ったの?」
「ひっどーい。香水。姉さんの」
「そういうの、つけていいのかよ」
「プリントには書いてなかったもん」
「蜂がくるぞ」
「え、うそ、蜂いるの」
「そこ」とごみ箱を指さした。黄色い点がふちにとまってなにかを探している。
「虻じゃん。もう」
よく見ると本当に虻だったので恥ずかしくなった。なぜ間違えたのだろう。
「じゃね。もう帰る。暑いし」
そういって立つと手を振ってあっというまに公園から出ていった。急に静かになって穴が開いたようだ。一休みできたし、そろそろまた自転車で走りたくなった。
日差しはまだ強い。ふと思いついて、帽子を濡らしてかぶってみた。走り出して風があたると気持ちいい。でも、格好悪いのですぐにかごに放りこんだ。ハンドルをきって土手の方向に向かう。もう少し下流に行ってみよう。
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