アマダレカノン

a-stone.

第1話 てのひら

寒さと言うのは、特に疲れていると堪えるもので。

そんな日は、どこかでじいっと、暖を取るに限る。


ああ、ぬくぬくのんびりしていたい。

暖かい部屋の中で、何の心配もなくごろごろしたい。


ってな感じで、こたつの猫がうらやましくなる訳なんですが

雇われの身としては、そういう訳にはいきません。


暑いなら暑い中、寒いなら寒い中

毎日ご苦労様ですと、働く皆さんに、頭が下がる訳です。


ところで皆さん、根は良い人達ばかりなのですが

忙しくなると、どうも様相が変わるようで。


最初は仲良くしているのですが

同僚とせめぎ合ったり、上司に叱られたりするうちに


だんだん表情が険しくなる。


何を、負けるものか!

いつか見返してやる!


とこう、元気なうちは良いのですが

そのうち


妬ましい、うっとおしい

誰それが悪い、あいつの所為だと足の引っ張り合い。


こうなって来ると

雲行が怪しい訳で。


人を責めるといじめになって

ご自分を責めると鬱になってと


だんだん表情が暗くなっていくのですね。

酷いと誰か亡くなったり。


普段は陽気なあの人が

気付けば無口になっている。


話題を振っても今一つで

返って来るのは暗い返事。


久し振りに会った知り合いがそんなだから

心配になって声を掛ける訳で。


いろは「おい、最近元気がないじゃないか」

にほへ「・・・」


いろは「何だ、俺だよ俺!忘れちまったのか?」

にほへ「・・・」


いろは「おーい。聞いてますかー?」

にほへ「・・・」


いろは「はーい、聞いてまーす!」

にほへ「お前が答えるのかよ」


まあ、こんな感じで

漫談が出来ると良いのですがね。


…にほへは無いな。

すいません。名前を考えるのが面倒だったもので。


いろは…色は匂えど散りぬるを…ぬるを…ないな。

はえど…りぬる…えどり…えどりだな、うん。


えーと何だっけ…

そうそう、友人を元気づけるところでしたね。


いろは「えどり!」

えどり「久し振り」


いろは「何だか元気ないね?」

えどり「お前は元気だな」


いろは「あたぼーよ!」

えどり「いつから江戸っ子になったんだよ」


いろは「先月からですが?」

えどり「異動かよ」


いろは「えどりはいつから?」

えどり「3年目だよ、知ってるだろ」


いろは「手が冷たい」

えどり「冬だからな」


いろは「おねーさんがあっためてあげやう」

えどり「やめんか」


いろは「もー冷たいなー。いいじゃんちょっとくらい」

えどり「学生かよ」


いろは「手の冷たい人は、心があったかいんだって」

えどり「柄じゃねーよ…」


いろは「ねえ、体の冷たい人は?」

えどり「ん?えっ…えええええ!?」


☆ ☆ ☆


ぬるを「ううう」

えどり「大丈夫ですか!?」


いろは「意識なし!」

えどり「あるから!救急車!」


☆ ☆ ☆


サイレンの音と共に

ぬるをは運ばれて行った。


「間に合って良かった」


外灯の灯る通りに佇んで、少し感傷に浸るえどり。

やり切った感があるのか、表情に血が通っています。


「・・・」


いろはは妙に黙りこくって

遠ざかって行く救急車を見送ります。


「びっくりだったな」

そんな姿が気になって、えどりは声を掛けました。



「これがドップラー効果か」

「おまえ…」



寒さを忘れるくらいには、元気が戻ったようです。


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