十字架を背負った悪魔

はやしばら

本編

プロローグ:家族へなった日、その娘/過去

 プロローグ


『悪魔の少年』

 少年は悪魔の子と呼ばれていた。

 ある日の夜、両親を殺した少年をとある教団が保護をした。

 平凡そうな一軒家の中は赤色が散々、白い電灯が照らす部屋が地獄と化した。


 悪魔は目を開けているが、意識は飛んでいる。最初、返り血で染まった悪魔が子供であるのか、ただの置物であるのか判らなかった。

 それが子供だと気づいたのは、ダルマのような小さな身体の先に髪の毛が生えていたからだ。


「悪魔が現れたのか‥…?」――と教団の一人が呟く。


 生存者は二名、男の子と女の子だけだった。

「もし悪魔がいるとしたら、彼の心の中かもしれない…」


 そう呟いたのは、今さっきこの部屋へ脚を踏み込んだ悪魔祓いの男。

 その背筋が高い男はなんの躊躇もなく少年へと手を伸ばす。



 その時、確かに悪魔は存在していた。

 意識が飛んでいる少年の身体の中で、心を争い悪魔と戦っているのかもしれない。

 ボロボロに破けた青のポロシャツを赤黒色に染め上げ、彼自身の手には凶器と思われる刃物が刃ごと握られている。


 教会のほとんどの人間が少年に話をかけようとはしない。

 だからと言って、悪魔を宿したかも知れない彼を見過ごすわけにはいかないというのが教会側の決定だった。



 保護されて何日か後に少年の意識が戻った。

 少年の両手は鎖に繋がれていた。とりわけ、誰も少年に近づこうとしない。


 それを見ていたのは『鏡恭二』という教会のエクソシストだ。


 彼は特別オバケが見えるわけではない。

 エクソシストとは、悪魔祓い――


 先人に幾つかの呪術的な魔法を教わり、師が亡くなってからは彼一人でお祓いや封印をしてきた。

 だが、その呪術はあくまで形式的な話。祓いとは人の話を聞き、その心を和やかにすることがこの時代の悪魔祓いと言える。


 大体、ココらにいる人間が悪魔と言っているのは心の風邪やおたふく、悪くてインフルエンザのようなもんだ。

 何度か本当の悪魔にも出会したことがあるが、教会の人間の考える悪魔と見ている悪魔は別の生物――悪魔とは人の心だと考えている。


 そして、人間の嫉妬や執念、僻みから形成される。

 それは、それを行った人間だけへと現れる感情ではない。



 そんなことよりもだ!

 今現代に死刑などでこんな小さい子供が殺されることなんて許していいのか?

 恭二は少年を助けたいと考えていた。悪魔を助けるなんて、ありえない……というのは百も承知。

 だが、そのままではいずれこの子は悪魔の子と見なされ、無残な死を遂げるだろう。


 もし本当に少年が悪魔だったとしても救う術があるはずだ。

 恭二はその可能性を捨てきれないでいた。

 少年の名は、唯心と書いて「いしん」と呼ぶらしい。



 少年は親が事故で死んだと聞かされも泣きもしない不思議な子に思われていた。

 しかし、夜な夜な心は牢屋の中で誰にもバレないように一人で泣いているのを知っている。


 10歳くらいの子供が親を亡くして平気なはずもない。

 悲しみや苦しみに悶え、それでも人前では弱さを見せようとしない。

 誰もこんなことには気づこうともしない。


 はたして神父や他の者は何のためにいるのだろうか。

 自分の身分や立場、それしか考えられない人間に飽き飽きとしていた。

 

*****


『二人が家族になった日』

「殺すには若すぎる!」


 神父たちは包み隠さずこんな議題を話しては、決まって同じ人間が唯心の頭を撫でるのであった。


「お前は悪魔なんかじゃない」


 エクソシストを名乗るこの男は恭二と呼ばれるらしい。

 他の大人たちが口を挟むも恭二に肩を押され唯心は庭へと出た。


「僕って悪魔なの?」

 ふと、大人たちの言葉から疑問に思い袖を引っ張りながら恭二に質問した。


「唯心? それがいるとしたら、お前とは違うのお前の心だ」

 飛躍した話だが、こんな哲学じみた話をするのが恭二の性格だった。


「心ってみえないじゃん! 恭二には見えるの?」

 その言葉に、恭二は少し迷った顔を見せたが庭の真ん中にあるリンゴの木に触れ、目を合わさずに答える。


「心や感情はみようと思って見えるものじゃない。

 大切な人に何かを伝える時に見えてしまうものだ」


 子供だった唯心にはその言葉が難しすぎた。

「わからないよ」と言うと、恭二は何故か嬉しそうに笑い、「また早いな」と付け加え、髪をぐちゃぐちゃに揉み回した。



 ここに来て一ヶ月ほど経った。

 この年で親が死んだと聞かされた唯心は途方にくれる以前に、悲しみに耐えることができずにいた。

 親殺しの汚名を記され牢屋にいた唯心は、夜に一人で誰にも見せることなく泣いていた。


 いつの日にか泣き疲れて寝たかと思っていたら――目が覚めると、知らないソファーに横になって寝ていたのを唯心は今でも覚えている。


 開いた目を擦っていた少年に、恭二は「コーヒーでも飲むか?」と話かけてくれた。


 免疫がないと耐えれないほど部屋はタバコの臭いで充満しており、物は子供目でも分かるぐらいに散らかっていた。

 そもそも、子供に対してコーヒーは飲めた代物でないというのに……。


 この部屋の煙草の臭いに慣れてからも、唯心は恭二と一緒に何日も過ごすことになった。

 その時、いつか終わるかもしれない時間を受け入れるしかなかった。



 そして、唯心は彼の息子になった。――それを知ったのは随分と先のことだ。


*****


『恭二の娘』

 何日もしないある日、恭二は一人の少女を紹介した。


 春の木洩れ陽が眩しい教会には一本のリンゴの木がある。

 そこで、唯心は恭二が訪れるのを待っていた。


「歳が同じで、明日から教会の高学年向けな勉強を一緒に受けることになるだろう。

 名前はハルな。まぁ、よろしくね」


 と、言ってもハルという名の少女はあまりに人見知りなのか、恭二の背中から姿を現そうとしない。

「あの、恭二? よろしくねといっても後ろに隠れてよくみえません」


 唯心からは、教師の膝にしがみついた少女の手だけがひょこっと見えた。

「そうだよな」恭二はいい、「大丈夫だ。目は怖くても中身は良い奴だ」とこそこそ言いながら、お尻の両サイドを掴み離れようとしない女の子を無理矢理俺の前へと押し込めた。


 急に彼女は前に追いやられ、唯心と少女――ハルという少女の距離が鼻と目ほどの距離まで近づく。


 肌は白く痩せているが、同じ歳とは思えない黒くボサボサの長い髪のせいで彼女は鬱々とした性格が更に誇張されていた。

 夏なのに厚そうな黒の修道服を着ている。首には、赤と青のスカーフ。


 見て分かるどおり、人見知りで不衛生な奴だと、それが最初の第一印象だった。


 唯心の前に出る際にあたって既に泣きそうな顔を浮かべている。

 果たしてどうするべきか答えは出なかった。

 それでも、震える掌に汗をかき、半べそで震えながらもハルは「友達になろう」としている。


 それにしても、いきなり近づいたせいで、唯心もハルの顔も見る見るうちに顔が赤くなる。――でも、風が木陰の下に吹いたと思ったら、恭二が二人を抱え込んでいた。


 尚もいっそうに距離が縮まる。

「――わぁ!!」とハルは驚いた声を出した。

 恭二が瞳を閉じたまま、「仲良く頼むぞ。」と言うのが聞こえる。

 こんな中でも、彼に抱かれると不思議とハルが笑っているのが分かった。


 恭二も軽く微笑み一層強く二人を抱く。

 恭二の心が見える。ハルの心もなんとなく見えている気がする。

 そんな二人の出会いだった。


*****


『ハルの昔話』

 それは、ハルの心の中で繰り返される夢だ。

「はる? こっちにおいで?」

 ハルはその声で目を覚ます。

 まだフラフラしながら部屋を出るとそこにはお姉ちゃんがいる。


 朝食を残すと怒られた。

 だけど、出かける前には髪を砥いでくれた。


 ハルより少し背が高く、髪質や肌の色が義理とは思えないほど似ていた。

 あの時、彼女は運命など知らず、本当の家族は姉だけだと思い込んで生きてきた 

 だが、いつものように遅く起きてきた朝、姉はいなくなる。


 ハルはどろまみれで町中を走り回った。

 ――ユキ……ゆきちゃん。

 だけど、町の中を探してもユキちゃんを見つかることはできませんでした。


 家に帰ると、そこには知らない大人たち。ハルは彼等に囲い込まれて、知らない言葉を浴びされ、よくも分からないまま教会へ連れてかれた。


 そこで始めて、恭二という父親を名乗る男と出会った。

 彼は「食べ物に困ったら、うちに来なさい」とだけ話してくれた。

 そして家に帰ると、ハルにはたった一人の姉のいない暮らしが用意されていた。


 この日の夜、ハルは食べ物に困った挙句家で倒れこんだのをよく覚えている。

 居なくなった姉の事を考えると、壊れそうな胸が破裂しそうになった。


 次の日、恭二がいつものお姉ちゃんの席を陣取っていた。

 少女は変えられた世界で目を覚ます。


 これから先は少女にとっては、嫌な思いでしかない。

 そして、理由もなく恭二という男をとても疑い、憎んだ。だけど、彼になんて言っていいのか、どう追い返せばいいのかさえ判りません。


 そもそも帰って欲しいとも思わず、まるで親猫と引き裂かれた子猫の気分になる。――そして、ただユキちゃんが居なくなった理由が知りたくて……でも、出る言葉がでませんでした。


*****


『世界』

 飴細工のような身体にゆきの影を縫い合わせて、そこにドッペルゲンガーを呼んだ。


 形が崩れないように一ヶ月の間ユキごと地下の冷蔵庫に監禁をした。

 開いたとき、ユキとその奇妙な生き物はまるで双子の姉妹であるかのようにくっつきあい、お互いを護り、体温を温めていた。


 その生き物にユキの名とは逆の意味となるようなハルという名前をつけた。


 昔から代々受け継がれてきた複製人間をつくる儀式である。

 今でいうクローン人間の技術ではあるが、その方法を科学的に認められない方法が以前から発明されていた。

 しかも、そこからできた子供は、歳関係なく、鏡に映したような遺伝子レベルに近い二子が誕生する。

 だが、それでもこの過程で作られるドッペルゲンガーには欠点がある。


 人類はそれを『二世クローン』と名付けて、人より低級な存在として扱った。



 ユキは世界を救うための礎としての生まれてきたが、重い病気を抱えていた。

 生存率は10%以下と言われた手術を成功させるためには、複製を作り彼女に臓器提供させようという考えが我ら一派の考えだった。


 恭二は彼女の偽物のハルを作った。

 だから、ハルは恭二が作った子供であるということは変えられぬ真実のはずだ。



 研究所側から彼らに会うことは禁止されていた。恭二は父親でありながら、一度も彼女にそのことを話せずにいた。



 そんなとき、ユキの死んだことを聞かされた。

 埋葬も葬式もなく、彼女の身体は、施設によって遺伝子レベルの調査が必要だった。

 そのあと、不必要になったハルを恭二が受け取ることになったが、ハルは娘になることを拒み、一人であの家に暮らし続けている。


 ドッペルゲンガーは、もう一人の片割れをずっと探し続けるのだ。

 そう、彼女は一人で何もできないと知りつつも、ここで姉を帰りを待ち続けるしかない。


 それでもハルの父親としての責務を果たそうと必死だった。

 彼女と、普通に話せるようになったのはいつの事やら思い出すことはもうできない。


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