海とぼくの彼女の話

圃本 健治

海とぼくの彼女の話

 茹だる夏、安い下宿の一室。古い冷房設備の軋みながら動く音、洗濯機の回転音、外からは恒久的とも思える蝉の声と、時折車の通る音が届く。なので、ぼくと彼女のの音は誰に聞かれることも無く、それらの音の中に埋もれていた。

 乱雑な部屋の中、唯一整っているベッドの上で、さらに言えばぼくの腕の中で、彼女は暴れる。嫌なのではなく、とてもいい時の反応だとぼくは知っているので、そのまま続けながら煩い彼女の口を塞いでやる。ぽろぽろと涙を零す綺麗な瞳が一段と開かれて、幾らか落ちついた頃に離してあげると、息をふぅふぅと切らしながらも、

 「後で、見てなさい……」

 と、消え入りそうな声で。これも何時もの事だ。彼女は余裕が無くなると、よくぼくに突っ掛かる。本当に後で何かされたことは、実は一度もないのだけど。

 

 一時間くらいは経ったかもしれない。ぼくらは夏の暑さに茹でられて、一人用のベッドの上に二人で寝ころんでいた。遠くから、やっぱり蝉の音が聞こえる。

 彼女の手が冷房のコントロォラに伸びる。ぼくはそれを止めて、足元の扇風機をつま先でつけてやる。生温い風でもないよりはましで、彼女は上体を起こしてその前に陣取った。

 「海、今日は良く見えそう」

 「そうだね、夕方頃にちょいと涼みに行こうか、缶ビィルなら買ってあるよ」

 「ふふふ、私達みたいなのが他に居ないといいけれど。他人の恋愛模様の海なんてつまらないものね」

 二人して服を着ないまま、服を着ている時と同じような会話を取る。ぼくはベッドの縁に置いたシガレットケェスから煙草を一本取り出すと、マッチを擦って火を点ける。

 彼女は目を閉じて、何やら音を聞いてるらしい。毎年通りの夏の音しか聞こえないのに、と思って、僕はラジオに手を伸ばした。

 何処かで風鈴が鳴っている。

 「今年も、夏が来たなぁ」

 彼女が呟く。丁度押したラジオの電源を合図に、ラジオから海のさざ波が鳴った。

 机の上の青いグラスが海色を広げる。

 

 「ビィチパラソル、何処に仕舞ったっけね」

 ぼくが言う。目をゆっくりと開けた彼女が、

 「さあ、どこだったっけ」

 

 と、まるで海の音みたいに。

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