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「――と、こんなもんかしら」

 すらすらと紙の上を滑っていた筆を一旦休め、私は息をつく。なんだか難しい地の文になってしまった。プロローグなんてこんなものか。

 文章を書くのは手慣れた作業だ。たとえ暗くて何も見えなくても、紙に文字を起こすくらい訳ない。何せ私は『作家』代表なのだから。

「さあて、どうしよう」

 暗闇の中、膝に乗せた原稿用紙の上に万年筆を置く。場面が進展しないことにはこれ以上の執筆は不可能だ。

 真っ暗闇。

 手を杖代わりに探索したところ、どうやらこの暗い空間は一辺が五メートル四方の部屋のようだった。しかし窓や扉らしきものは見つからない。腰かけている椅子も床とぴったりとくっついていて離れない。

 ここに連れてこられて何時間経ったのだろうか。

 電子時計も携帯していたはずだが、その辺りの電子機器は押収されてしまったようで、私物のリュックには『作家』らしく万年筆と原稿用紙の束しか入っていなかった。これでどうしろと……なんてそんな文句も今更出てこない。

 普段から何事にもルーズなためか、こういう事態には慣れている。こんなことなら常日頃からきちんとしておくべきだった、なんていうのは次に力を発揮出来るタイプの人間だけだ。私にそんな資格はない。

 そう。

 いつだってそうだ。

 失敗から学ばない。その失敗を話のタネくらいに考えて生きている。だからきっと私はこの窮地も、イベントか何かだと捉えて、現実逃避しているのだ。

 たとえそれが、著名な大先生の身代わりという形であったとしても、売れない小説家は縋って生きていくしかない。

 突然。

 ごーん、と。

 私の自己分析を肯定でもするかのように、低い鐘の音が鳴り響いた。

 同時に、一条の光が差し込む。暗闇にいた私は眩い光に目を細めた。扉の開く音と共に徐々に光源が幅を広げていく。

 眩んでいた目が慣れてくると、外の景色が映る。コンクリートの地面が伸びていて、その先には派手な原色の建造物が複数見える。

 私はようやく自分のいた場所が屋外に建てられた小屋だったということを理解した。

「それではルールを説明します」

 透き通った女性の声。

 滑らかな発音ではあるが、きっと『機械』の発する合成音声だろう。スピーカーらしきものは見当たらないが、別段、驚くような技術でもない。

「あなた方にはこれより『職』によって培われた、技術と知識と素質を最大限に活かし、殺し合いをして頂きます」

 そう。ついに始まるのだ。

「制限時間は二十四時間。会場はこのスタート地点を含む塀に囲まれた施設内です。この期間、この空間において、あらゆる手段を行使して頂いても問題にはなりません。他の参加者と協力して頂いても結構です。時間切れと同時にこの会場で生存していた方が勝利となります」

 存在を賭けた、生き残りの戦い。

「ご健闘を」

 ぷつり、と音が途絶えた。

 そして。


 轟音が鳴り響き、私のいるプレハブ小屋が土砂に埋まった。

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