第3話 家族の形

 家族のことを、話そうか。

 とは言っても、実は、俺は自分の家族についてすら、そんなに多くを語れない。生まれたときから何となく一緒にい続けて、どことなくわかってもらえている? そんな関係がダラダラと続いている。


 まぁ、世間一般に言えば、とても健康的な家庭なのだと思う。俺がいい歳してフリーターだってことを除けば(でも、これって悪いことかな?)、むしろ、テレビドラマにだって出てきそうな、理想的な家庭とすら言えるのかもしれない。仕事熱心だけど家庭も顧みるお父さんと、明るくて優しい、多才なお母さん。健康で家族思いの兄妹。


 まぁ…………内実はもう少し複雑ではある。誰もあえて立ち入ろうとしないだけで、ちょっとでも深みに手を伸ばせば、今見えているものよりもずっと入り組んだ、根深いものが見えてくるはず。

 そうだな。例えば、俺と父さんのこととか、捩じれているポイントだろう。


 俺の父さんは基本的に海外にいる人だ。物心ついた頃から、まるである種の神様みたいに、遠くから俺や母さんたちにお告げを降らしてくるだけの存在だった。お告げの内容は大体正しくて、いつだって俺たちがする以上に俺たちのことが考え抜かれている。俺は父さんを尊敬こそすれ、反発はしなかった。

 だけど、これがもし普通の家庭のように、父さんが毎日家にいたらとなると、事情は違っていただろう。


「お前は、何がしたいんだ?」


 会う都度尋ねられるこの質問を、毎日顔を合わせる度にされていたらと思うと、気が気じゃない。


 父さんが思い描いている「家」と、俺が生きてきた場所とは、きっと結構異なっている。それは、母さんにも、妹にも言える。その齟齬が表面化してくる時、本当に健康的な「家」なのかどうかが試される。俺はそう思わないこともない。


 …………ついでに思い出してしまったから、幼馴染の家のことでも話そう。その方がいくらか、「詩」に近い気がする。


 ヤガミの家のことは、無関心な俺でも少しぐらいは知っていた。小さい頃に本人から直接聞いたのと、母さんたちが話していたのを小耳に挟んだ程度のことではあった。だが、それでもアイツの家が、いわゆる「貧乏」であることはよくわかっていた。


 ヤガミの家は、外国から来たそうだった。(そう言えば、ヤガミは少し外国人っぽい顔をしていた。彫りが深めで、端正な目鼻立ち)父親はおらず、母親とアイツと弟の三人暮らしだった。薄幸そうな面立ちの色白のお母さんが、遊びに来た俺をいつも優しくもてなしてくれていたのが懐かしい。おばさんは細い声を、さらに切なげに細くして、こう俺に言ったものだった。


「コウ君。セイをよろしくね。…………ずっと、仲良くしてあげてね」


 俺は大きく頷いて答える。「もちろんだよ!」


 おばさんが仕事に出ている間、ヤガミは幼い弟の世話を任されていた。仕事が昼の日には、俺もついて行って世話をした。懐かれていたのかは知れないけれど、案外仲良くやれていたつもりである。ヤガミはまだよちよち歩きの弟をからかったり、小突いたりしながら、無邪気に笑っていた。それは風のように屈託の無い笑顔。京都のときとは、似ても似つかない笑顔。


 俺は夕方になると、自分の家へ帰る。帰りしなに、「一緒に夕飯食べる?」と、何度か誘ったけれど(母さんが、誘いなさいと強く言っていた)、彼らがついて来たことは一度として無かった。ヤガミはいつも、大人びた微笑みを浮かべて返す。


「また明日。学校でな」


 俺の家には毎日、母さん(か、俺)のお手製の温かいご飯が並ぶ。幼い頃から、大人になった今日も変わることなく。俺はいつだって勢いよく手を合わせて、美味い食事にありつく。


 煌々と明るいリビングの灯の下で、たまにヤガミのアパートのことがよぎる。アイツの家の、暗がりになった流し台の、古びた清潔な景色。あんまり使われていなかったんだろうなと、今ならわかるのだ。台所の隅の方に、こじんまりと積まれたレトルト食品やフルーツが、今も俺の心の内にしんみりと色づいている。


 兄弟が慎ましく、夜遅い母親の帰りを待つ間、子供の俺は、友達と一緒にご飯を食べたなら、きっともっと楽しくなるだろうと無邪気に残念がっていた。

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