第164話 出稽古⑩
ソニーは一通り話し終えると自分の宿に戻るために夜道を歩いていた。
「ソニー様」
「なんだ、戻って来たのか。向こうは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。彼らは私を信頼してくれていますので問題ありません」
「それで、アクシズさん、どうしましたか?」
「いえ、対した事ではないのですが、ソニー様がさきほどスレイン道場にいらっしゃいましたので、皆の前ではできなかったご挨拶をとお待ちしておりました」
ルーク=ロジックにすら感知されないソニーの隠形魔道を簡単に感知で来てしまう、アクシズの魔道の腕はルークを超えている。
ロックたちの前ではアクシズ=バレンタインは魔道が使えないことらなっている。剣の腕だけで十分役に立つと思わせている。それがソニーの指示だった。
「挨拶などいいといつも言っているじゃないですか、本当にあなたは律儀ですね」
「そういう訳にも参りません。私の悲願にはソニー様のお力添えがどうしても必要なのですから」
ソニー=アレスとアクシズ=バレンタインは共闘関係であったが、どちらかと言うとアクシズの目的に対して絶大な権限を有する、というか有する予定のソニーの力を借りる為にソニーの意向の通り動いているのだ。
アクシズの悲願は単純にバレンタイン家の復興と汚名を晴らすことだった。
第二次レークリッド王朝の建国の王マーク=レークリッドに対して前王朝であるハーミット王朝で最後まで抗ったのは宰相を務めていたレリック=バレンタインだった。アクシズはそのレリックの直系だった。
マーク=レークリッドはレリック=バレンタインを朝敵として討ったのだが、それはあくまで相対的な事であって君主を守るレリックを憎んでいたわけではない。
ただハーミット王朝の末期には圧政が続き民は疲弊していた。その一端をレリックが担っていたことも事実だった。それに対して立ち上がったのがハーミット王朝に倒された第一次レークリッド王朝の傍系であったマーク=レークリッドだった。
第一次レークリッド王朝の主だった王族や貴族は幼子までほぼ皆殺しの憂き目にあっていたがマークの祖先は取るに足らない傍系であったため見逃され、というか見落とされて生き残ったのだ。
マーク=レークリッドはレークリッドの名を隠してガーデニアで農夫をやっていた父に育てられた。マークが16歳になった時、父から自分がレークリッド朝の傍系であることを聞かされて、苦しむ民を救う為に立ち上がったのだ。
その際、敵として立ちふさがったのがレリックだった。ハーミット王朝を打倒した後、マークはバレンタイン家も貴族の特権などは剥奪したが断絶させることはなかった。王族であるハーミット家も今でも公爵家として聖都セイクリッドに居を構えているくらいだ。
マークの建国時には民衆の敵としてレリック=バレンタインの名前を広く使わせてもらったこともあり、バレンタイン家は完全に没落してしまったのだった。
実際にはレリックは有能で私腹を肥やすこともなかった。ただ自身の責務に忠実に励んでいただけだったのだ。
アクシズとしては歴史の闇に葬られてしまったレリックのことをちゃんと正当に評価してもらい没落したバレンタイン家を復興したいのだった。
それにはソニー=アレスが、というよりは太守などの高い爵位を持った人間の推薦が必須だった。アストラッド侯の嫡男であるソニーにマゼランで偶然出会えたことは、アクシズにとって運命だとしか思えない。そうでなければ庶民として暮らしているアクシズに太守の嫡男と出会えるはずがない。
ローカス道場に入って剣士祭に出る、という任務というかソニーの頼みは、その真意を測りかねていたがアクシズにとってもいい刺激になっている。
ロック=レパードの父親は爵位こそないが聖都騎士団副団長のバーノン=レパード大将軍だ。シャロン公国の中枢に近い立場で間違いない。
ルーク=ロジックに至っては養子とはいえアゼリア公の息子になる。ロックとルーク、この二人と誼を結べたことはアクシズの目的にとって良い影響しかないだろう。
「まあ、事を性急に運んでもいいことはないと思うから、気長に行こう。僕も出来る限りのことはさせてもらうから」
「よろしくお願いします。では私は道場に戻りますので」
アクシズの立ち去る後姿を見送るソニー=アレスの顔には微笑みはなかった。
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