第86話 暗躍Ⅱ②

「お久しぶりです老師。てっきり忘れられたのかと思っていました。」


「そう言うでない。割と時間がかかったのじゃ。流石にオーガが封印したというただけのことはある。儂が半年以上手を妬いていて未だ解けておらんのじゃからな。」


「そうでしたか。とすると本物である可能性が高い、ということですね。」


 ガルドのような高位の魔道士が半年も掛けてもまだ解けない封印なのだ期待しない方がおかしい。但し、ガルドのいう事には、それすらトラップだと言う可能性もあるらしい。


 伝説のオーガと言う魔道士は何を仕出かすか判らない個性的な、あまりにも個性的な魔道士だったらしい。ガルドも直接の面識があるわけではなく自分の師匠に聞いた話だった。今健在な魔道士でオーガと面識がある者はグレン、フレア、ドーバの三人だけだろう。数字持ちの魔道士たちもオーガと同世代の魔道士は既に逝去しており、その弟子達の世代になっていた。


「あと少しではあるのじゃ。あるものが足りん。それさえありば直ぐにでも解けようものを。」


「あるもの、ですか。それは手に入らないようなものなのですか?」


「そうじゃな。儂も今のところ何処にあるのかすら判らん。どうしても封印を解きたければ、公国中で情報を得ないと無理かも知れん。それに魔道士連中でないとそんな情報は持っておらんじゃろうて。」


 魔道士同士の情報交換は貴重だろう。魔道士ギルドも大きな街ならあるはずだ。但しソニーが直接言って情報を探すわけにも行かない。


「その辺りは儂に任せておくが良い。儂もここまでやって途中でツ放り出すもりもないしな。それにこの容も気になるし何よりお前の行く末に興味がある。儂にできることなら何でも手伝うことも吝かではないわ。」


 ガルドのような高位魔道士の協力を得られるのであれば、これほど力強いことはない。自分一人では限界を感じていたソニーには魔道の指導を受けることよりも有意義な事だった。


「それで、お前はアストラット侯の跡を継ぐのか?」


「いいえ、それは弟に継がせるつもりです。僕の悲願のことを考えると僕が継ぐわけには行かないと思います。神々もお許しにはならないでしょう。」


「なんだ、信仰をもっておるのか。」


「いいえ、僕は特定の信仰は持ち合わせてはおりません。敢えて言うのならばカースの信仰が近いのかもしれません。」


「闇の王、絶望の神、邪悪のカースか。それも良かろう。我も影のガルドと呼ばれる身だ、それほど遠い存在ではない。」


「老師はカースの力を使役されるのではないのですか?」


「儂が主に使役するのは月の女神サラじゃな。あとは忘却のルーズあたりじゃ。カースの最高司祭と呼ばれる魔道士は他に居る。」


「カースの最高司祭。聞いたことがありませんね。数字持ちの魔道士の中にはそんな二つ名を持った魔道士は居なかったはずですが。」


「うかうかとその名を口にするではない。あ奴を呼び寄せてしまうぞ。闇に落ちたければ、逆に呼び寄せた方がよいがな。」


 影のガルドは確かに闇魔道や黒魔道と呼ばれる系統の魔道を得意とはしているが、その生来の本質は闇ではない。闇に染まった魔道士は数字持ちの魔道士と呼ばれることは無いのだ。


 こうして影のガルドはソニー=アレスの協力者となり公国中を駆け回ることになった。その間ソニーはガルドから与えられた魔道書を読み解き父やお弟には内密に魔道の修行に明け暮れて行くのだった。 


「ソニー、またお前はこそこそと何をしているんだ?」


 アーク=ライザーだった。ソニーとアークは太守と騎士団長の息子同士で年も同じだったので幼いころから仲が良かった。少し身体の弱いソニーの弟とウィルと三人で悪戯をしてはアークの父であるルネア=ライザーに叱られたものだ。ソニーの父であるアストラッド州太守ディーン=アレスは息子の動静に興味が無かったので躾はメイド長に任せており、ソニーを叱ったことは一度もなかった。ソニーの母親はソニーが2歳の時に病死していた。弟は後妻の子供でありソニーとは腹違いの兄弟ということになる。


「アークか、人聞きが悪いことを言わないでくれ。君には話してあるだろう。」


 ソニーが魔道の修行をしていることは内密だった。ただアークには見つかってしまっていた。ソニーの部屋に案内も無しに勝手に入ってきてしまうのだ、隠し通すことは至難の業だった。


「魔道の修行か。ほどほどにしないと父上に怒られるぞ。」


「父は僕を怒らないよ。怒るほど興味がないしね。」


「そんなものか。」


「そんなものさ。」


 アークにはそのあたりのことはよく判らなかったがアストラッド侯はソニーに冷たい、という噂はよく聞いていたし、自身もそう感じていた。同じ広間に居てもアレス侯がソニーを見ることがなかったからだ。基本的に無頓着なアークにすら判るくらいだ、本人のソニーは肌で感じていることだろう。それがどんな感情なのかアークには想像もできなかった。


「で、どうした?」


「ロス行きの父上の許しが出た。」


 アストラッド州を出たことのないアークは父親に成人(18歳)になる前に見分を広めたいとロスに行くことを申し出ていたのだ。ソニーは勉強のためと称してセイクリッドやエンセナーダ、シュタールあたりには行ったことがあった。


「そうか、よかったな。」


「多分そのままカタニアまで足を延ばせると思う。」


「いいじゃないか、アストラッドを出るのは初めてだろう、いい経験になる。」


「それでだ。」


「それで?」


「付いてきてくれないか。」


「えっ。僕がか。」


 意外な言葉だった。アークは魔道は全く使えなかったが剣の腕はかなりのものだ。一人旅での心配はない。普通なら荷物持ちの従者が御者を兼ねて一人だけ付いて行くというところだろう。馬車ではなく馬で行くなら一人旅かも知れない。いずれにしてもソニーがついて行かなくてはいけない事情はなかった。


「何かを探しているんじゃなかったか。その役には立たないのか?」


 アークはアークなりに気を使っているらしい。ソニーをアストラッドから連れ出したい、とも思っていた。ソニーにとってアストラッドは息が詰まる場所のように見えるからだ。


 こうしてアークとソニーはロスを経由しカタニアまで旅をした。カタニアでもソニーの探し物は見つからなかった。そしてロスまで戻って来た時、あの黒死病騒ぎに遭遇したのだった。

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