第85話 暗躍Ⅱ

「ソニーよ、よかったのか。あの者たちはお主の役に立つ存在ではなかったか。」


「そうですが、とりあえず今のところは特に何も利用するつもりはありません。もっと周到に様々なことを張り巡らせてからでないと意味はありません。老師にわざわざエンセナーダにご足労頂いたのはノルン老師とザトロス老師を見ておきたかったからなのですが、二人とももう居ないようですね。」


 ソニーは数字持ちの魔道士の全てと誼を得たいと思っていた。


 水のキスエル老師には図らずしもロスで出会うことができた。ただし、その塒から賢者の石を持ち帰ったことが知られたら敵対されてしまうかも知れない。


 影のガルド老師とは既に師弟関係のような関係だった。但し、他の数字持ち魔道士の所在は全く手掛りを持っていなかった。


 氷のノルン老師はグロシア州に付いているらしく、シェラック=フィットの後ろ盾になっている。


 大地のザトロス老師は終焉の地に付いたわけではないが弟子であるルシア=ミストとの関係で、やはり終焉の地との関連は切れないだろう。


 数字持ちの魔道士がそう呼ばれるようになってから久しいが弟子を取るものは今まであまりいなかった。その辺りにも何か変動の時期が来ているのかも知れない。


 他にも時のクローク老師の名がルーク=ロジックから聞けたのは収穫だった。ラグに滞在しているとのことだったが、今でもそこに居るとは限らない。


 同じようにルークから炎のドーバ老師がアドニスに居ると聞いたが、たまたま二年ぶりに戻った時に少しだけ修行をつけてもらった、とのことだったので、やはり今もアドニスに居るとは限らない。


 これでやっと半数の六人である。他にも太陽のグレン、風のフレア、雷のプロスト、石のサイロス、鉄のアステア、海のシレンは、噂さえ聞こえてこない。



 そもそもソニーにしてもガルドと知り合えたのは偶然というか、ある意味必然というべきか。ソニーが闇魔道の研究を誰にも知られないように苦心しながら続けていくうちにある文献に探す過程で、その文献を同じように探していたガルドと出会えたのだった。


 その文献は遥か昔、建国の魔道士とも呼ばれるオーガが封印したとされる文献だった。文献の名前は伝わってはいない。ただオーガの「この本は決して触れてはいけない。決して利用してはいけない。決して夢見てさえもいけない。」と言う言葉だけが密かに伝えられていただけだった。


 その文献はノスメニア砂漠の北西の街シュタールにあるシャロン公国ではセイクリッドに次ぐ二番目に大きい図書館に保管されていた。


 乾燥しており雨や地震による災害があまりないシュタールにはシャロン公国の頭脳とも言うべき魔道士育成学校もあった。一般的には剣の修行ならガーデニア州マゼラン、魔道士の修行ならバウンズ=レア州シュタールと決まっていたのだ。


 ソニーがその本を見つけたのは良かったのだが、ソニーの知識では本を読むどころか開くことすらできなかった。オーガが封印した、という伝説は本当だったのだ。途方に連れているソニーに声を掛けたのがガルドだった。一足違いで先にソニーに見つけられてしまったのだ。


「老師、老師ならこの本を開けられるというのですか?」


 当時のソニーはまだ15歳、まだまだ魔道も修行の途中であり、アストラッド州太守である父や周囲には魔道の修行をしていることを隠している身なのでシュタールにも砂漠を見たい、と観光目的と偽ってきていた。付き従う従者には偶然見つけた図書館をついでに見てみたいから、その間は観光など自由にしていいと言いつけ一人で来ていた。


「儂ならなんとかできるかもしれん。そもそも儂もその本に用があってここまで来たまじゃからな。だが、お前ももし本が開けたとしても内容は読めんのではないか?」


 確かにソニーには読めない可能性が高い。


「多分読めないでしょうね。老師、できればこの本はお譲りしますから開けて読んでいただけませんか。内容を教えていただくだけで結構です。」


「馬鹿を言うでない、この本の中身を知っておるのか?」


「いえ、でも僕が必要なものではないか、と思ってここまで来たのです。どうかお力をお貸しくださいませんか。」


 ガルドは少し考えて答えた。


「判った。但し、その後、儂の弟子となるがよい。その過程の中で追々と話してやる、それでどうじゃ。」


「僕は実はアストラッドから来ているので、明日には戻らないといけないのです。老師はシュタールに住んでおられるのですか?」


「いや儂の住まいは今はガーデニアじゃな。但しガーデニアの中ではアストラッドに近い地方でもある。よし、お前が見込みがあるのなら儂がアストラッドに行ってやってもよいぞ。」


 ガルドの申し出は願ったり叶ったりだった。ちゃんとした魔道の師匠が居なかったこともある。そもそもアストラッド州にはあまり魔道を重要視する風潮が無い。どちらかと言うと剣の強さを褒めたたえる気質の州だった。その中で太守の嫡男が魔道の修行をしたいなどとは言い出せなかった。


「この本を持ち出すには色々と手を回さないと無理なこともある。また開けるにしても手間がかかるだろう。お前が明日ここを立つのなら儂が残ってこの本を開けてから追いかけるとするが、それでよいか?」


 ソニーには他に選択肢は無かった。


「判りました老師、よろしくお願いします。僕の名前はソニー、ソニー=アレスと申します。」


「なんと、アストラッド侯の子供であったか。儂はガルド、影のガルドと他人は呼ぶが、まあそう呼ばれるのは嫌いではない。」


 ガルドがアストラッド州都レシフェにソニーを訪ねたのは、その丁度1年後だった。

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