第9話 新たなる旅立ち②

 ヴォルフ=ロジックが、命の恩人であり、

自らが名付け親となって自分の性を名乗らす

ことになったルーク=ロジックを訪ねた翌日

のことだった。気分が優れないヴォルフは気

晴らしに城の中庭を散歩していた。


「ロックよ、詳しく御前試合のことを話して

くれんか。」


 ロック=レパードは城の中に居る間は、護

衛としてヴォルフに付きっ切りだった。いつ

どんな形で命を狙われるか判らないからだ。


「いいですよ、本選の最初から話をしましょ

う。」


 ヴォルフは剣の試合の話が何よりも好きだ

った。興奮して身体に障るといけないから、

とレムス侍従長に止められていたので、いま

まで聞けていなかったのだ。ロックはシオン

=イクスプロウドとの決勝戦までの経過を事

細かに話した。


「そうか、あのガイアの息子がそこまでやる

とはな。しかし、お前の腕なら余裕で勝てる

筈だろうに。」


「いいえ、それがなんとか勝てたような、も

しかしたら僕のほうが負けていたかもしれま

せんよ。」


 謙遜ではなかった。御前試合に出るまでは

かなり自分の腕に自信を持っていたロックだ

った。事実、ヴォルフから見れば、シャロン

公国内にロックに敵う者がいるとは想像でき

ない程になっていたのだ。そう云えば、確か

今はホーラの長官をやっているリードという

青年はかなりの腕だった。ロックはそれと同

等か、修行によってはリードを凌ぐであろう。

少なくとも全盛期のヴォルフを超えているの

は間違いない。


「一体どんな修行をしたのか。それを妹のレ

イラにさえ知られずにあのレベルに達っする

には何をどうしたものか、想像も付きません

よ。」


「そうではあるな。お前の話はもっともだ。

本人に問いただしてみたらどうだ?」


「セイクリッドに帰る途中にラースに寄って

みますよ。」


 一頻り話が終ったとき、レムス侍従長がや

ってきた。


「ヴォルフ様、クォレル様がお戻りになられ

まして、お目通りを申し出られております。

お体の具合はいかがでしょうか。」


「クォレルが戻ったのか。今、ロックに御前

試合の話を聞いて調子はいい。呼んでくるが

よい。」


 クォレル=ロジックはヴォルフのたった一

人の肉親である。両親を初め主な血縁の者は

殆ど他界してしまった。ロジック家としては、

ヴォルフが死んでしまったとしたら残るのは

クォレルだけだ。


 ロックも顔見知りなのでそのまま残ってい

るところへクォレルが入ってきた。ヴォルフ

と年はかなり離れている。背丈はヴォルフは

ほぼ変わらないが、体重は今の痩せてしまっ

たヴォルフと比べると優に2倍を超えるだろ

う。


 ロックは、ヴォルフは剣の師匠でもあり尊

敬もしているのでその弟を悪く思いたくは無

かったのだが、クォレルについてあまりいい

印象がなかった。使用人を鞭で打っている場

面に出くわしたこともあった。


「今戻りました。お加減はよろしいのですか。

おお、これはロック君だったか、御前試合で

優勝したらしいね。さすが兄の弟子だけのこ

とはある。」


 一気に言いたいことだけを言って相手の返

事は聞いていない。声が甲高い所為もあって

軽薄な印象を他人に与える。ヴォルフとは到

底兄弟には見えなかった。ロックは知らない

ことだったが、実は母親が違う兄弟だった。

城の中でも限られた範囲の人間にしか知らさ

れていないことだ。


「儂の代わりに御前試合に立会いに行ったお

前が、ロックより遅く帰ってきたのは何処か

に寄り道をしておったのか。」


「ええ、マゼランに行って、聖都騎士団の修

行場を視察して参りました。とても参考にな

りましたので、我がアゼリア州騎士団にも取

り入れたいと思っております。」


 レムス侍従長は不思議に思った。騎士団の

ことなど全く興味が無かった筈なのだ。自ら

の快楽を求めつづけることだけに一生を捧げ

ているかの様にしか見えなかったのに。マゼ

ランに立ち寄って戻ることも、出発前には聞

いていなかった。


 ヴォルフの寝室で久しぶりに戻った弟との

対面が行われていたとき、レイラ=イクスプ

ロウドは暇を持て余していた。ロックはヴォ

ルフにつきっきりだし、アドニスについてか

らほとんど何処にも出かけていなかったから

だ。


 実際、ヴォルフの病気というか魔道の呪い

による騒ぎもあって、観光して回る訳にも行

かなかったのだ。侍女のフローリアと共に何

もすることがなく城の中の花壇で覆われてい

る中庭を散歩することが唯一の楽しみだった

のだ。


 そこへ、顔見知りの侍従に連れられて歩い

ているルークという青年をレイラが見つけた。


「ちょっと、あなた、確かルークとかいった

わ。ヴォルフ伯父様のところに来たの?今は

弟とかが帰ってきて会えないと思うわよ。こ

こで私の相手をしてくれない?」


「そうですか、いいですよ。ヴォルフ公の弟

さんが帰ってこられたんですか。」


「そう。でも確か私と一緒で御前試合を見に

セイクリッドに行っていた筈なのに、一度ラ

ースに戻ってからアドニスに来た私達よりも

遅く帰ってきたのは、何処かに寄り道でもし

ていたのかしら。」

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