ファイト・ウィズ・ファット・スキッパー

 ジョン・スミスは、ブリーフィング・ルームまで、迷いに迷った。ブルネット級の戦闘航宙艦は始めてだった。

 決して、冷凍睡眠の影響で見当空間認識障害になったのではない。

 ルームナンバー3-2。

 部屋は、<フレキシブル・ビッチ>の迎撃用搭載機タービュランスのクルー用のブリーフィング・ルームだった。

 部屋に入ると

 タービュランスのコックピット・シートがそのまま、ブリーフィング・ルームのシートに使われている。

 軍隊によくある、ミッション時の緊張感をちょっとでも取り去る取り組みだろうが、マッチョ感が半端じゃなくて、こういうのは、好きになれない。

 3D表示の多機能ボードの前には、先程の情報将校。階級は、、、、とよく見ようとしているうちに促されて、コックピット・シートに座った。ちゃんとみた。

 軍人の基本&習性。情報将校はスタン・フラワー大尉。年齢相応の出世と経歴、後方勤務に多いタイプ、時々、ペンっとワープ航法みたいに出世するやつがいるがごくまれ。大概は退役までギアはローのまま。

 まさか、このコックピットのシート、インジェクション式ではあるまい。

 その情報将校に近いところに、この航宙艦<フレキシブルビッチ>の艦長。テッド・デイビス中佐。年のころは、50代ギリギリ手前か、肩幅広く胸板は厚いがそのぶん腹も出ている。全体として、ビア樽みたいな印象を受ける。自分の摂取カロリーをコントロールできないものに、広域行政軍の戦闘航宙艦をコントロールする能力はない筈。この船で、広域行政軍人としてのキャリアが終わりそうな人物だ。これより大きな責任を任すと本当に軍に被害が出るような失態を侵すタイプ。

「エージェント・スミス、君は広域行政軍の元軍人かね」

 艦長が、フロー・2D・タブを見ながら尋ねた。情報将校が勢い良く喋ると思っていただけに虚を突かれた。

「どの名義の記録をお読みですか、艦長」

「一つしか貰っておらん。エージェント、ジョン・スミスのだ」

「元広域行政軍、空間機動歩兵、第67特殊師団所属、師団名の通称は<デス・ブリンガーズ> 特別功労報奨受賞一回、ファイネスト・ソルジャー賞受賞四回、元大尉。ただし、降格が三回。そして、一等兵で不名誉除隊とあるが」

 ジョン・スミスは不敵な笑みも見せずにただただ黙っていた。

「我々も君の任務の一翼を担う、君について知っておく必要がある。質問してもいいかな」

「どんな権限をお持ちです?おそらく、任務の性格上、答えられる範囲で、しかも元同じ軍隊に所属し軍人同士ということで、特別に許可しましょう」

 エージェント、スミスは嫌味たっぷりに言ってのけた。

 <フレキシブル・ビッチ>艦長デイビス中佐の表情が変わった。

「君を軌道上まで運ぶのは、我々の重要な任務だ」

「軌道上まででしょう、降りるのは、私一人だ。それとも援護の艦砲射撃をしてもらえますかイオン砲で二三発でも」

「私は、<フレキシブル・ビッチ>の艦長として、この艦の129名のクルーの命の責任をになっている、無駄にクルーの命を危険に晒すことは出来ない」

「無駄ではないと思いますが、じゃあ、この会話も質問も無駄ですな」

 艦長の表情が更にけわしくなった。

「キセノン機関のエージェントはみな、君の様なのかね、元一等兵の不名誉除隊め、年金ももらえず、そのためエージェントとして契約してどうにか食いつないでおるのかね」

「どうやら、これ以上、お互いの感情がこじれると、任務と私の命に支障をきたしそうなので、質問をどうぞ、答えられる範囲で答えますので」

「<デス・ブリンガーズ>というと、ロンバル戦役での虐殺が噂になっとるが、君も参加したのかね、スミス元一等兵」

 艦長の出っ張った、腹が”2D・フロー・タブに引っかかっていた。

 スミスは、少しも考えず、答えた。

「参加しましたよ、女も、子供も、見境なく殺しましたよ、艦長が担っておられる崇高な任務と同じでしたからね」

「軍の面汚つらよごしのベビー・キラーbaby killerめ」艦長は、吐き捨てるように小さくつぶやいた。

「女も子供も超爆裂破砕カフス弾をもって笑いながら、近寄って来ましたからね、艦長も私の立場なら同じことをしたと思いますよ」

「私が知っている限り、あんなもんは、戦争とは呼ばん、虐殺だ」

「それが戦争ですよ」

 実は、その後の、そこの軍歴に書かれていないことこそ、真の地獄だった。罪悪感にかられ今でも、スミスは悪夢を見ていた。

 どうやら、この艦長は、軍歴とはきれいごとしか記録されないことを知らないらしい、相当におめでたい人間だ。

「最後ですよ、次はなんですか、お互い不快な時間になりそうですから早く終わらせましょう」

「不名誉除隊の理由はなんだ?痛い質問じゃないのかね」

「いや、軍にとって、不名誉なだけで、私にとっては、名誉ですが、それに軍そのものに辟易してましたからね。これでも、人の心を持った人間なので」

 間があった。

「クソを丁重に処理しただけです。デイビス中佐殿」

「自分の年金受給資格と引き替えにか」

「クソは、年金受給資格どころか命も失いましたよ。人によって、価値観と必然はそれぞれで違いますから」

 艦長には、この男を規則を尊重しない、サイコパスとまではいかないまでも、ソシオパス(社会不適応者)と受けとった。

 すくなくとも、広域行政軍からは、三回も降格されて年金も受け取れず裏口から蹴り出されている。

 クソを丁重に処理したのは、軍の方だ。艦長のデイビス中佐はそう確信していた。

 情報将校のフラワー大尉が咳払いをした。

「エージェント、スミスの降下に際しての、注意事項を説明します、、、、」

 情報将校フラワー大尉は、冷静に職務を遂行していた。こういう男が、軍ではきっちり生き残る。

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