第9話 「薫る桜花(1) - 食えない男」 - “Scents of cherry blossoms chapter 1 - Foxy man”
噂には、聞いていた。
これほどの惨状が待ち受けているとは、予想だにしなかった事だ。
東国を発って以来、この地にたどり着くまで、ほとんどの国が"死んで"いた。
姫君が向かったとされるこの国も、例外ではなかった。
国境近くからこの市街跡地に至るまで、目に入るものは廃墟か、屍体か、動く屍体だけである。
前方に、もう一人。
装いから察するに、賊が堕したものか?
こちらの接近に感づいたか、向き直り、短剣を構えて迎え撃つ姿勢。
拙者相手に防戦とはいい度胸だ。
駿足の姿勢からさらに加速し、突撃の姿勢へ。
あまりに前かがみになりすぎて、顔が地面に近い。
走りながらの、苦無手裏剣3連投擲。
たどたどしい動きでかわすが、賊の肩に1本着弾。
此奴、さては雑魚かな?
腰の刀に手をかけて、走り抜けざまに袈裟斬り。
手応えはあった、振り返る必要なし。
崩れ落ちる音が響き、静寂が戻る。
刀の血を払い、ゆっくりと鞘に収める。
やはり拙者、天才か。
幼少より鍛えし忍術の腕、些かの狂いもなし。
狂い… しかし、この地に来て、連戦続き。
ひたすら屍体を斃しては来たが、疲れからか技に緩みが生じていないとも限らない。
拙者、ただ賢く強いだけでなく、抜け目ないのである。
念のため死体を確認しよう。
振り返る先に見えたのは、倒れ伏した賊と、その傍らに座り込んだ兎の姿。
…兎?
「そ、そなた何処から参った…!?」
「あれ?うわぁまだいた!!」
兎はこちらに気づくと慌てた様子で姿を消す。
比喩ではなく、文字通り突然その空間から消えたのだ。
「どこへ行った!?さてはAYAKASHIの類?!」
短刀二振りを同時に構える。
拙者が二本目を抜くのは、本気で
相手の実力が読めない時は、相手を侮らず、常に全力を出すのが忍びの心得である。
気配に真剣を研ぎ澄ます…
おかしい。
一切気配がない。
確かに今、そこに兎がいて、しかも言葉を発した… はずだが…?
「ええい、名を名乗れ! 拙者は東国より参りし上忍ケンゾーにござる!」
名乗るのは、大将首を取った時に自身の功名を周囲に誇示するための行為である。
一瞬で気配を消す手並み、尋常の使い手ではあるまい…
どこから来る… さらに感覚を鋭敏にし、あらゆる角度からの攻撃に備える。
「おじさん、屍人じゃないの?」
声!どこから!?まさかの懐中!
装束の首襟から、かの兎がこちらを覗き、声をかけてくるではないか!
「ぬおォッ」
全く予想外の出現に、思わずのけぞり尻餅をつく。
東国に残してきた後輩たちにこんな姿を見られたら、中忍降格は免れまい…
再び襟を覗くも、既に兎の姿はない。
またどこかへ消えたのか…?
すると、そばの瓦礫の陰から、顔を出しながらひょこひょこと歩み出てくるではないか。
唖然とする私に、兎は丁寧に礼をした。
「こんにちは、おじさん。僕は、ワーラビットのピエトロだよ」
「なるほど、西方にはおぬしのような者もいるのか…」
“夢や空間の隙間に住まう兎"など、東方ではどの文献にも記録はなかった。
「こっちの人でも、僕の事知ってる人は少ないよ」
兎はまた、どこからともなく取り出した砂糖菓子を頬張っている。
「いや、こちらに来てから様々なものを見聞きしはしたが、おぬしの存在が一番の驚きであった」
「え、えへへ…」
別におぬしを褒めたわけでもないのだが、まぁ別にいいか。なんでも。
それよりも…
「おぬしのような兎なら、どんな場所にでも行けそうじゃのう」
「そんな事ないよ、隙間に入れるだけで、遠くに行けるわけじゃないし」
「そういうものなのか。それでも十分便利そうだが… 拙者以外にも、誰かに会ったりはしたのか?」
「うん、たまにね。この間は、おじさんと同じ東方から来た人に会ったんだ」
「ほう? それは、東方の衣類を身にまとった女性か?」
「え、おじさんどうしてわかったの!? そうだよ、サクラさんって言ってた すごく優しい人」
まさかとは思ったが、ここで糸口をつかめるとは。
「動く屍人に追われていたところを、助けてくれたんだ。また会えたら、お礼が言いたいなぁ…」
「これを運命と呼ぶべきか。奇遇も、ここに極まれりといった具合だな」
「え?どういうこと??」
「そのサクラ様こそ、拙者が東方からわざわざ出向いてきた、探し人である」
「え、そうなの!?」
「そうとも!サクラ様は、東方の由緒正しき姫君なのだ。拙者は、危急の事情故に姫を連れ戻しに参ったのだ」
とても深い、事情ではあるのだが。
「すごい!すごいねー!お姫様だったんだ、サクラさん…」
「それで、姫とはどちらにて?」
「うん、隣町の廃墟の地下に空いた洞窟で迷子になってた時に、会ったよ。先週くらいだったかな?」
思わず癖で、正座に座り直して身を正す。
「ピエトロ殿、折り入ってお願いがあるのだが…」
「サクラさんを探しに行くんだね!僕も一緒に探してあげるよ!」
この子、素直か。
思わず肩の力が抜ける。
「皆まで言わずとも、わかるか。さすがピエトロ殿」
「うん!僕も、またサクラさんに会ってお礼が言いたいから!」
「さてはピエトロ殿、サクラ様を好いておられるな?」
「え、そんな事は…!」
「冗談でござるよ!冗談!耳が赤いぞピエトロ殿!それよりも、もうひとつお願いがあってだな…」
「え、なに!?もうひとつは、わかんないなぁ」
「神出鬼没は忍者の専売特許、おぬしのような兎がいるとわかれば、無視はできぬ…」
「…つ、つまり…?」
「"隙間"に入る術とやらを、是非拙者にも教えてくだされ!」
「え、えぇ~… 教えてできるようになるのかな、これ…」
苦笑いするピエトロ殿。
高笑いする拙者。
二人の笑い声が、廃墟に響き渡った。
彼には、価値があるだろう。
今は、まだ…
~つづく~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます