森は読めない

 仕事から帰る車の中、牧草地の間を走り抜けていると目に入るものがあった。目に入る、というよりかは日々それを探しながら走っていたので〈見つけた〉といったほうがいいかもしれない。ワラビである。ようやくのおでましだ。

 雪解けから数えて順々に食べ頃になっていく山菜。ふきのとう味噌。クレソンの天ぷらとおひたし。行者ニンニクの天ぷらと醤油漬けとジンギスカン。コゴミはマヨネーズ和えが基本だけれども、天ぷらは食べ過ぎてしまうくらいにおいしい。山菜は天ぷらにしておけば間違いない。とはいえ、ワラビのようにそうはいかないものもある。

 いったん家に帰って荷物を片付け、袋だけを手に長靴をはいた私は再び外出する。車で行こうかとも思ったけれど、強いくらいの風が心地よかったので徒歩でポイントまで向かうことにした。踏切や線路の写真を撮りながら、木の葉のこすれる音と鳥の鳴き声に満ちる森の中を歩く。食べられる野草の名前・姿形ばかりを覚えている私は、道の脇に生える草たちを〈食べられる〉か〈食べられない〉かでカテゴライズしていく。草花や木の名前がわかる人たちが見る、この景色と、私が見ているものは全く違ったものになるのだろう。例えば本のページに並べられた言葉からそれぞれ様々な意味をくみ取るように。きっと草木の名前をたくさん知る人たちは森を読んでいくのだ。楽しいだろうな、と思う。私は他になにを読めるだろうか。食べられる景色ならわかるのだけれど。

 知っているということは、楽しみに直結する。私は食べることが好きなので、食べ方を知ることに余念がない。するとまた楽しくなり、好きになり……。

 そんなことをぐるぐると考えたところで、ポイントに到着した。太いもの、まだ開ききっていないものを見つくろってぽきん、ぽきんと手折っていく。車が背後を走り抜けていった。この時期は袋を片手になにかを探している人がたくさんいるので、怪しまれてはいない、はず。

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