02:えっちなお店……行きたいです




 そうと決まれば、まず先にしておきたいことがある。



「女神様。働き場所を探す前に、したいことがあるんですけど……」

「なんです?」

「え、ええ、えっちなお店……行きたいです」

「ゴミ野郎ですね」



 傷ついた。

 人付き合いがないってことは、耐性もないってことだ。

 俺のハートはガラス細工よりも脆いのだ!


 肩を落とし本気で気落ちしていると、


「……冗談ですよ。貴方がえっち目的で来たのは知ってます。いちいち傷つかないでください、めんどくさい」


 女神様が憐れみの目を向けてきた。



「じゃあ先にお店を探しても――あ、でも女神様、俺がお店を堪能している間に、俺を置いてどこかに行ったりしませんよね?」


 考えてみれば、住み込みで生活できるのなら、女神様が俺と一緒にいる理由もないもんね。

 こんな知らない異世界で一人ぼっちなのは、ぼっちに慣れている俺でも心細い。



「……どこにも行きませんよ。貴方には責任をもって、私の生活費まで稼いでもらいます」


 だけど、女神様はそう言った。



「ええ? 一緒に働いてはくれないの?」

「一緒にいてあげるだけでも、感謝して欲しいものです」


 まあ確かに、見捨てられるよりはマシだよね。



「わかりましたよ。女神様の生活のためにも、働かせてもらいます」

「ん、よろしい」


 女神様がぺったんこな胸を張った。



 人付き合いは苦手だから、働くのは怖い。でも、美少女のために働くってのも、悪くないかもしれない。とでも思わないと、やってられないよ。

 って、あれ?

 それって、なんか結婚しているみたいじゃない?

 口にしたらまた蹴られそうなので、言わないけど。



「働き場所探しが控えているんです。さっさとプレイしてきてください」


 女神様が急かす。



「……じゃあ、えっちなお店の場所、誰かに聞いてきてもらえますか?」

「……は?」

「いや、だって。知らない人にえっちなお店の場所聞くの、恥ずかしいし」


 女神様がジト目になった。



「……はぁ。そんなメンタルでよくもまぁ17年も生きてこられましたね。仕方ないですね。その代わり、家事担当も貴方の仕事ですよ」


 女神様ってば、口は悪いしすぐ手が出るけど、案外優しくて面倒見がいいみたいだぞ。

 俺は頷いた。家事とかしたことないけど。





                   ❤❤H❤❤




 というわけで、女神様の仕入れてくれた情報を頼りに、風俗店の並ぶ裏通りへと移動した。



「わっ、わっ。ピンク色の看板がいっぱいだぁ」




【夜のスライム】

【魔王・床上手】

【聖剣ビンビンカリバー】

【ヌレータの酒場】

【ヘルスギルド】



 などなど、えっちな感じの店名がいっぱい並んでいる。


 だが不可解なのは、お店の壁にはどこも男のイラストが張られていること。

 ムキムキのお兄様や、勇者っぽい格好をしたおっさんとか、そういうの。



「あの、女神様……?」


「なんです?」


「これ、なんていうか、女性向けのお店じゃないですか?」


「……みたいですね」


 いや、みたいですねって。



「女の子がいっぱいのお店の場所を聞いてきてくださいよ」


 女神様は唇に手を当てて、なにやら考え込んだ。


 なんでここで長考なの?

 ヤダ、なんか怖い。

 ブオン、と音を立てて、女神様の前にホログラムのウインドウが出現した。



「なんです、それ?」


「今の私が唯一使える女神の力みたいです。これでちょっと、この世界のことを調べてみます」


 なにやらウインドウに指を走らせること数分。

 女神様が、しまった、という顔になった。




「ごめんなさい」


「えっ? なにが?」


「本当に申し訳ないです。でももう、転生のやり直しは効かないんです。再度死ぬのは、善行ポイントがゼロになっているのでオススメしないです」


「えっえっ、なんの話? 女の子のお店はどうなってるの?」


「すみません。責任持って、貴方のことを見捨てないようにするので、許してほしいです」


「怖い怖い怖い。なに? なんなの?」


「実は、ここ、男女のパワーバランスが逆転している世界なんです?」


「…………というと?」


「女のほうが強い世界なんです。力も、魔法も。もしかしたら、数も女性の方が多いかもです」



 なるほど。元々俺、ひ弱だし。別に力関係の逆転は気にならない。

 女のほうが多いなら、むしろ嬉しいことじゃないか。



「つまり、この世界でいう痴漢とかセクハラというのも、女性が男性にすることをさすのです」



 それも、まあ、ご褒美かな?

 電車に乗っていると見ず知らずの美少女に逆痴漢されてしまう――とかね。


 そーゆー妄想もしたことあるし。

 まあ、異世界には電車なんてないかもだけど。


 だけど女神様は、言いにくそうに、けれどはっきりと言った。





「つまり、えっちなお店も逆転しているんです。男性が女性に対してサービスするのが普通なんです」




「……え? じゃあ、客としてプレイを楽しめないってこと?」


 女神様が頷いた。



 ええー。それはちょっと話が違いすぎるよ。

 ということは、男である俺がえっちなプレイをするには、働く側にならないとダメってことだ。

 正直なところ、お店で遊ぶのだって怖さもあったんだ。


 なのに、店員になれって?

 ご冗談を。


 コミュ力ないって言ったじゃないですかー。



「ちなみに、力関係が逆転しているので、女性に乱暴されても男性が抵抗するのは難しいです。しかもこの世界、魔法があるので、魔法を使えないトモマサさんは最弱ですね」


 ひいいっ、怖すぎる。

 女の子にセクハラされてみたい願望はあるけど、痛いのと怖いのは勘弁だ。



「あれ、でも、戦争はない世界なんだよね?」


「戦争は、ないです」


 なにその意味深な言い方。



「でも、悪人はいるの?」


「小程度には」


 小ってどのくらいだろう?

 ゴミのポイ捨て程度ならいいなあ。



「……申し訳ないです」


 女神様が頭を下げた。

 いやでも、前向きに考えれば、これでもう女神様に見捨てられる可能性はなくなったわけで――。




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