第一章 ようこそ風俗店“桃色ドラゴン”へ

01:触れられただけで妊娠しちゃう系女子



 気がついたら、町の通りに立っていた。


 道の左右には果物や肉を売る露店があり、中には盾や剣の描かれた垂れ幕をさげた建物まである。行き交う人々も、フード付きのローブをまとっていたり、革や鉄の鎧を着ていたり、腰に剣とか杖を装備している人だっている。


 頭にツノを生やした少女。

 鳥のような翼を生やした少女。


 そんなのまでいる。

 本当に異世界に来たんだ。空には二つの月が――それはなかった。



「ちゃんと、人と魔族が共存した世界なんだね」


 焼きリンゴいかがですか――という呼び込みの声も聞こえる。



「言葉も通じるのか。いいぞ。だいたい、思い描いたとおりの異世界だ」


 あとはえっちなお店を見つけるだけだ。いや待て。お金がないぞ。

 ズボンのポケットから、財布を取り出してみる。着ているのは学校の制服なのに、財布は革袋に変わっていた。中には金貨、銀貨、銅貨――この世界のお金が入っている。

 不思議と、単位もわかる。



「やった! じゃあさっそくお店を探そう!」

「やったじゃないですよーっ!」


 女神様が肩をぽかぽか叩いてきた。



「急になに? 怖い怖い」

「どうして私を巻き込んだんですか!」

「だって、いきなり転生しろなんて言われても……」

「転生というのは、いつだって急にはじまるものなんです! あーっ、もうっ! 信じられません! 女神である私を巻き込むなんてーッ!」

「大丈夫。そんな感じのラノベもあるから」

「現実と二次元を一緒にしないでくださいッ!」



 またビンタされた。

 なにこの美少女、すっごいキレてくる。



「あ、ひょっとして生理――」

「ああん?」


 ギロリ。ナイフみたいな視線が俺を射抜いた。



「な、なんでもないです」


 女神様は、いきなり手をブンブン振ったり、その場でぴょんぴょん跳ねはじめた。

 動きに合わせて、スカートがフワフワ。太ももがチラチラ。



「ああもう、転送の魔法が使えない! 空も飛べない! ここじゃ私の女神としての力が発動されません!」

「えっと……つまり、女神様も普通の女の子に、なっちゃった……?」

「どうして目線を斜め下に向けながら喋るんですか」

「あ、いや、それは……」


 女神様が何を勘違いしたのか、慎ましやかな胸を両手で隠した。もちろん、服は着ている。



「ち、違う! む、胸は見てない! ……です」


 弁解しつつも、俺の目はすっかり胸に注がれてしまった。



「ああ。貴方は人と話すのが苦手なんでしたね。目線が合わせられないんですね」


 悲しいけど、その通りだった。

 さっきだって、わざと太ももを見ていたわけじゃない。

 というか、女神様は俺の個人情報も把握しているのか。そりゃそうか。俺の善行と悪行の度合いを判断して、転生(身体も記憶もそのままだが)させたんだから。


 あ、じゃあもしかしてオナニーの回数とかも知られているの?




「って! そんなことはどうでもいいんですよ!」



 女神様が俺の両肩を掴んで、揺すった。

 思わず、顔を上げてしまった。


 うわっ、顔が近い。背が小さいので見下ろす形になるけど、顔が近いことには変わりない。近距離で改めて見ると、本当に可愛い――ぬおおおおい。


 このアングルだと、胸元が!

 こう、服の隙間から、大切な部分が――!

 つまり、マジで乳首が見えそ――。



 バン!

 両頬を手のひらで挟まれた。



「言っておきますけど、女の子は男子のそーゆー視線、わかるんですからね」


 女神様が胸を押さえながら、距離を取った。



「す、すんません……」


 とすると、俺が脳内でえっちなことをさせるべく眺めていた太ももや首筋も、ぜーんぶクラスの女子たちにはバレていたの?

 影で、「あいつきっもーい。うちらのことイヤラシイ目で見て、あとでしこってんだよ絶対」とか言われてたのかああああああああ~~~~~。


 頭を抱えて唸っていると、



「それで、どう責任を取ってくれるんです?」

「違う! 毎日おかずにしてたわけじゃない! 二次元のときだってあった!」

「……は? なんの話です?」


 女神様の声で、我に返った。



「いや、なんでもない。……え? 責任って? 女神様、孕んじゃったんですか?」


 おかしいぞ。やった記憶が無いんだけど。

 俺が女神様にしたことなんて、手首を掴んで、えっちな目で見たくらいだ。


 まさか!

 男に触れられただけで妊娠してしまうのか!


 三度目のビンタをくらった。



「私、もう女神界に帰れないみたいなんですけど」


 女神様が、目を細める。



「女神界……?」

「さっき私がいた白い世界です」

「ああ、精神と時の部屋もどきのことね」


 女の子の口から“白い”だなんて。なんかえっちだなぁ。



「……ん? えっと、他にも女神は?」

「他にも? いますけど」

「なら大丈夫なんじゃ……」



 社員の一人や二人消えたくらいで成り立たなくなる仕事は、ブラックさ。

 今度は、脛を蹴られた。


 美少女になら蹴られたいと思ったこともあったけど、暴力ヒロインが可愛いのは二次元の世界だけだね。痛いのは嫌です。



「私の! 帰る場所が! なくなったんです!」

「あ、ああ……。家なしになったのか。それはまずいですね。あ、じゃあ俺の家は……」



 そうだ。身体も歳も生前のままで転生したってことは、だ。

 俺、この世界で産まれたわけじゃないってことだよね。となると、親とかいないし、家だってないじゃん。


 えっ、やばくね?





「どどど、どうしよう女神様! 俺、異世界に来てまでホームレスは嫌だよ! なんとかしてください女神フラン様!」


 不安になって、女神様の両手を掴んだ。

 うわっ、女の子の手柔らかい。慌てて離した。



「……はぁ。貴方を見ていると、なんだか怒る気も失せます」


 よくわかんないけど、許されたみたいだ。



「じゃあ、助けてくれる?」

「お金は自分で稼いでください」


 稼ぐ、か。バイト経験もないコミュ障には、重い言葉だ。



「住み込みで働けるところを探しましょう。そういうのもある世界のはずです」


 でも、女神様も一緒に働いてくれるなら、頑張れるかも。



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