第23話 ドワーフ族には使いにくい家③

 翌朝、研吾とミルファー、それとバルドールは依頼をしてくれたモロゾフの家へと向かった。



「本当なら俺一人で十分なんだけどね」

「そういうな。時間が余るようならこの足で素材採取にいけるんだ。得をしたと思えば良い」

「でも、バルドールさん忙しそうでしたから」

「がっはっはっ、なんだ、そんなことか。こっちの仕事を優先しろと言われているからな。ケンゴがそんなことを気にする必要はないぞ!」



 大口を開けて笑いながらケンゴの肩を叩くバルドール。がたいのいい彼にかかると相当な衝撃を与えるようでケンゴは少し痛そうな表情を浮かべる。



「ケンゴさん、ここみたいだよ」



 道案内をしていたミルファーが一軒の家を指さす。そこはこの国では至って普通の魔法のかかった石造りの建物だった。パッと見ただけでは何も不思議なことはなく、何も手を加える必要がなさそうに見える。



「うーん、それほど劣化しているわけでもないし、おかしなところは何もないようだけど……」



 研吾は少し首を傾げながらとりあえず扉をノックしてみる。



「おう、空いてるぞ! 入ってくれ」



 中から渋い男の人の声が聞こえてくる。



「失礼します」



 研吾たちが中に入る。内装も特に今のところ不便そうには見えなかった。しかし、それも普通の人間である研吾から見たら――だった。


 手の加えないといけない場所はモロゾフの姿を見ておおよそ判断出来た。


 背丈は小学生の子どもくらい――しかし、顔つきから大人の人だと判断がつく。長く伸ばされた茶色い髭と体格の良さ、他にも色々と子どもっぽくない部分がある。



「ドワーフ……でしたね」



 依頼書の中身を思い返す研吾。よくある小説のように小柄な種族のようだ。



「おう、そうだ」

「珍しいな。ドワーフといえば南方のラズコッチャ山岳方面の穴倉に住んでいると聞いたぞ」



 バルドールが興味深そうにいう。



「そうだな。恐らくこの王都に住んでるドワーフ族は俺たちだけだな。色々と不便なことも多いからな。たとえばほれっ」



 モロゾフは必死になって背を伸ばす。それでようやくドアノブに手が届く。



「部屋に入るだけでこんなに苦労するんだ。まぁ納得した上で住んでたんだが、もし解消出来るならしてもらいたい」

「なら、扉を小さくするだけで良いんじゃないのか?」



 バルドールが不思議そうにいう。



「いや、俺だけならそれでいいのだがな――」



 顎を弄びながら何かを言いづらそうにするモロゾフに首を傾げるバルドール。すると、部屋の奥から普通の女の人が出てくる。



「あなた、お客様?」

「あぁ、茶の準備をしてくれるか?」

「わかりました」



 女の人は奥の部屋に戻っていった。



「今の人は?」



 研吾が聞くと観念したようにモロゾフが答える。



「あぁ、俺の家内だ。見ての通り普通の人族でな。俺のサイズに合わせるわけにもいかず、かといって妻に合わせるとそれはそれで大変なんだ。だから、何かいい知恵がないかと思ってな」



 そう言いながらも半ば諦め気味なのだろう、乾いた笑みを浮かべていた。置かれている家財道具とかも普通の人用でモロゾフには扱いづらそうなものばかりだ。しかもイスに座ろうとすると踏み台が必要になるし、お皿を取ろうにも全然届かない。


 どう直せば良いのか皆目見当もつかないバルドール。

 しかし、研吾はそれに対して自信たっぷりの表情を浮かべる。



「わかりました。何とかしてみましょう」

「ほ、ほんとうか?」



 流石に驚いたモロゾフが研吾に聞き返す。



「えぇ、お任せください」



 それに対して研吾は笑顔で答える。




「いったいどうするんだ?」



 流石に何度か改装に付き沿っていたバルドールでも今回は想像つかないようで道を歩きながら研吾に相談してくる。



「今回はちょっと特殊な素材を使おうかと思っています。そのためにマルティネスの方角にある大森林に行こうと思うのですが――」



 期待の込めた眼差しでバルドールを見る研吾。大体の見当がついたバルドールは呆れ顔を浮かべる。



「わかった。ただ、そこから荷物を運ぶとなると俺一人じゃ足りない恐れがある。今日は素材があるかの確認とかだけにして本格的に作業をするのは明日からにしようか」

「はい、わかりました」



 素直に話を聞いた研吾はその足で大森林を目指し歩いて行った。




 グラディウス王国の東側に位置する大森林。

 ここは以前研吾たちが木々を集めた西側とは違い、まっすぐに伸びた木々は少なく、幾重にも曲がりくねった、そのままでは建築に使えないような木々ばかり植わっていた。


 そして、様々な特性を持ってる木が多く、その影響からか、空気がどんよりと濁っていた。



「少し不気味な感じがするね」



 ここに初めてやってきた研吾はどうにも違和感のようなものを感じていた。あまり光が届かないのはわかるが、それ以外にも空気が変な気がしていた。



「昨日触られた雑貨、覚えてますか?」

「さすがに昨日のことだよ。忘れないさ。魔力を使って効果を発揮するものだよね?」

「そうだよ。魔力を使って効果を発揮するのは何も雑貨になってからだけじゃないからね」

「ということは今この木々も?」

「うん、魔力を吸って特殊な効果を発揮してるよ。下手に触らないでね。危険な効果のやつもあるから……」



 木を触ろうとしていた研吾に注意を促す。

 それを聞いて研吾は慌てて手を離した。



「まぁこの辺の木は危ないと言っても手がかぶれたりする程度だから大丈夫だよ」



 笑顔でいうミルファーだが、研吾はそれっきり触ろうとはしなかった。



「それでどういったものを探してるの? やっぱり魔力を流すと大きくなる木?」

「うん、それは欲しいけど、今後のことを考えるとそれ以外の種類の木も取っておきたいかな。そっちは少しずつでいいから——」

「わかったよ。それじゃあ私は木を倒していきますのでバルドールさんはそれらを集めてもらえますか?」

「おう、任せとけ!」



 自慢の腕っ節を見せてくるバルドール。

 そして、ミルファーが風の魔法を使い木々を倒していくが、以前の木とは違い、どうにも倒しにくそうだった。

 少し息を荒げているミルファーを心配し、研吾は声をかける。



「大丈夫? すごく切りにくそうに見えるけど……」

「はぁ、はぁ、は、はい。この木々は魔力を吸収しますので切るにはその吸収以上の魔力が必要で……、ちょっと大変だね……」



 それなら今こそあの道具の出番ではないだろうかと研吾は腰に携えた剣を手にかける。

 剣というには歪な刃先全てにギザギザがついたノコギリに近い形状をしたそれは、どうにも切れ味が悪かったのでガリューに頼み少し改良を施していた。



「あの……、さすがにそれよりは魔法の方が早いよ——」



 呆れ顔を浮かべるミルファーに見せつけるように研吾は木の根元にそれを当ててなんども横に引いていった。




「はぁっ、はぁっ……」

「ほらっ、言ったでしょ」



 一本倒して息も絶え絶えになっている研吾に対してミルファーが呆れながら言ってくる。

 確かに切れ味も上がり、一本倒す速度も上がった。でも、研吾自身の体力がそこまで追いついていなかった。



「んっ、どうした?」



 そこまで言われて黙っていられない研吾は手に持っていた剣をバルドールに渡す。それを不思議に思い、バルドールは首をかしげる。



「今みたいにしてもらえますか?」



 研吾の体力で追いつかないならこの中で一番力のあるバルドールに任せれば……。そんなちょっとした考えから渡したのだが、成果は想像以上にあった。



「おい、これサクサク切れるな」



 ミルファーの魔法以上の速度で木を伐採していくバルドール。それに負けじとミルファーもたくさん切っていき、いつしか研吾のそばには予定以上の木が集まっていた。



「本当に凄かったんですね……」



 伐採が終わった後、ミルファーが感心したように言ってきたので研吾は少し嬉しくなった。




 そして、日も暮れてきたので今日はこのくらいでしておいた。



「あれだけ集まれば材料は十分だよ。あとは運んでいって直していくだけだね」

「なら運ぶのは俺に任せてケンゴたちは先に依頼人のところに行っておいてくれ」



 胸を強く叩くバルドール。その自信を見て研吾は頷いた。



「わかったよ。バルドールさん、明日はお願いします」

「おう」




 翌日、研吾とミルファーは先にモロゾフの家へとやってきていた。



「すみませーん、モロゾフさーん? いらっしゃいますかー?」



 一応中に入る鍵は預かっているものの念の為に扉をノックする。



「おう、いるぞ!」



 中から鎧に身をまとったモロゾフが出てくる。



「モロゾフさん、その姿……」

「あぁ、今からちょっと仕事にな」

「あれっ? モロゾフさんの仕事って……?」

「道具屋だぞ? それがどうした?」



 少し不思議そうに首をかしげる研吾。それを見かねてミルファーが説明をしてくれる。



「ケンゴさん……、道具を売るにもそれを採取しに行ったり、別の町に買い付けに行ったりしないと駄目なんですよ」

「そっか……、そうだよね。どのくらい出られますか?」

「十日くらいか? まぁ道具収集の度合いによってまちまちだかな」



 モロゾフは高笑いして家を出て行く。そして、それを追いかけるように女の人が研吾に一礼したあとに出て行った。

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